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2023年11月22日

「ヨハネの黙示録を黙想する11~泣くな、見よ、ユダ族から出た獅子、ダビデのひこばえが勝利を得た~」

ヨハネの黙示録5章1~14節

牧師  井ノ川勝

1.わたしは玉座に座っておられる方の右の手に巻物があるのを見た

(1)間もなく待降節に入ります。待降節に読まれる御言葉の一つがヨハネの黙示録5章です。「泣くな、見よ。ユダ族から出た獅子、ダビデのひこばえが勝利を得たので、7つの封印を開いて、その巻物を開くことができる」。主イエス・キリストの到来を語る御言葉です。ヨハネの黙示録は、主の日、パトモスの島で伝道者ヨハネが僅かな者と礼拝をしていた時に、甦られた主イエス・キリストが現れ、天上の礼拝の幻を見、それを書き留めた御言葉です。4章より天上の礼拝の幻が語られています。その中心に玉座があり、わたしたちの神、主と、小羊キリストが座していました。その周りに4つの生き物(4つの福音書記者)と24人の長老(イスラエル12部族の代表、主イエスの12弟子を中心とする新しいイスラエル・教会の代表)が、わたしたちの神、主と、小羊キリストを賛美していました。「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者である神、主、かつておられ、今おられ、やがて来られる方」。

 地上の礼拝はローマ帝国の迫害により、一人また一人と捕らえられ、殺され、礼拝者が少なくなって行く。賛美の歌声も小さくなって行く。しかし、地上の礼拝は天上の礼拝と結び付き、天上の礼拝の大いなる賛美に支えられている。伝道者ヨハネは天上の礼拝の幻を見、そのことを確信しました。

(2)5章はこういう御言葉から始まります。「またわたしは、玉座に座っておられる方の右の手に巻物があるのを見た」。「玉座に座っておられる方」とはわたしたちの神、主です。わたしたちの神、主の右の手には巻物があった。その巻物の「表にも裏にも字が書いてあり、7つの封印で封じられていた」。2節「また、一人の力強い天使が、『封印を解いて、この巻物を開くのにふさわしい者はだれか』と大声で告げるのを見た。しかし、天にも地にも地の下にも、この巻物を開くことのできる者、見ることのできる者は、だれもいなかった」。天上の小羊キリストの右の手にある巻物とは何でしょうか。私どもが生きる歴史において、将来、起こる出来事が書き記されています。歴史は一体どこへ向かうのか。歴史の終末に何が起こるのか。それが書き記されています。しかし、その巻物は封印されていました。天使が「巻物の封印を解いて、巻物を開くのにふさわしい者は誰か」と問いかけましたが、誰もふさわしい者がいませんでした。

 

2.泣くな、見よ、ユダ族から出た獅子、ダビデのひこばえが勝利を得た

(1)4節「この巻物を開くにも、見るにも、ふさわしい者がだれも見当たらなかったので、わたしは激しく泣いていた」。伝道者ヨハネの激しい涙。これは歴史を生きる者の涙です。20世紀は二度の世界大戦に直面し、歴史の闇が最も深まった世紀となりました。平和を望んで新しい世紀を迎えましたが、21世紀も戦争の世紀となっています。ウクライナとロシア、イスラエルとパレスチナ(ハマス)との先の見えない戦いの日々にあって、多くの尊い命が犠牲となり、人々は激しく泣きながら叫んでいます。「神よ、助けて下さい。あなたの御心はどこにあるのですか」。私どもが生きる歴史の闇が益々深まり、歴史がどこへ向かっているのか分からず、不安に覆われています。神の御心が見えなくなり、激しく泣き、叫んでいます。

 5節「すると、長老の一人がわたしに言った。『泣くな、見よ。ユダ族から出た獅子、ダビデのひこばえが勝利を得たので、7つの封印を開いて、その巻物を開くことができる』」。激しく泣き、叫びながら、主の御心を問いつつ歴史を歩み、今、天上の礼拝へ移された長老の一人が、伝道者ヨハネに語りかけます。「泣くな、見よ」。涙の目で一体何を見るのか。「ユダ族から出た獅子、ダビデのひこばえが勝利を得た」。この御言葉は創世記49章の御言葉と響き合っています。族長ヤコブが死を前にし、12人の息子を祝福した言葉です。ヤコブは天の使いと相撲を取り、勝利し、「イスラエル」(主は支配し給う)という名を与えられました。イスラエル12部族の原型がここにあります。ヤコブが12人の息子一人一人を祝福します。49章9節「ユダは獅子の子。わたしの子よ、あなたは獲物を取って上って来る。彼は雄獅子のようにうずくまり、雌獅子のように身を伏せる。誰が之を起こすことができようか」。ユダは獅子に譬えられています。

更に、イザヤ書11章1節以下「エッサイの株からひとつの芽が萌えいで、その根からひとつの若枝が育ち、その上に主の霊がとどまる。知恵と識別の霊、思慮と勇気の霊、主を知り、畏れ敬う霊」。預言者イザヤが語るメシア預言です。ユダ族のダビデのひこばえ、根っこから救い主が誕生する。「ユダ族から出た獅子、ダビデのひこばえ」とは、主イエス・キリストです。主キリストが勝利を得た。歴史を生きる私どもは、権力者が勝利を得たように見えます。悪の力、闇の力が勝利を得たように見えます。しかし、ユダ族から出た獅子、ダビデのひこばえである主イエス・キリストこそ、犠牲の小羊として十字架につけられ、甦って、あらゆる力に勝利をされたのです。勝利者キリストこそ、7つの封印を開き、巻物を開くにふさわしい方なのです。5章より、主キリストが巻物の7つの封印を開いて行かれます。歴史に起こる出来事、将来の出来事、歴史が向かう終末、終末に起こる出来事。神の御心を紐解いて行かれます。

(2)6節「わたしはまた、玉座と4つの生き物の間、長老たちの間に、屠られたような小羊が立っているのを見た」。「屠られたような小羊」。主イエスは十字架につけられた犠牲の小羊、屠られた小羊です。屠られた傷跡、十字架の傷跡が残ったまま甦られました。弟子たちは十字架の傷跡を見て、主イエスが甦られたことを信じました。6b節「小羊には7つの角と7つの目があった。この7つの目は、全地に遣わされている7つの霊である」。「7つの角」は力の象徴です。「7つの目」は主のまなざしが地上に隈なく注がれていることです。

7節「小羊は進み出て、玉座に座っておられる方の右の手から、巻物を受け取った。巻物を受け取ったとき、4つの生き物と24人の長老は、おのおの、竪琴と、香のいっぱい入った金の鉢とを手に持って、小羊の前にひれ伏した。この香は聖なる者たちの祈りである」。

 

3.玉座に座っておられる方と小羊とに、賛美、誉れ、栄光、権力が、世々限りなくありますように

(1)9節「そして、彼らは新しい歌をうたった。『あなたは、巻物を受け取り、その封印を開くにふさわしい方です。あなたは、屠られて、あらゆる種族と言葉の違う民、あらゆる民族と国民の中から、御自分の血で、神のために人々を贖われ、彼らをわたしたちの神に仕える王、また、祭司となさったからです。彼らは地上を統治します』」。ヨハネ黙示録は讃美歌に満ち溢れています。神への賛美は天上の礼拝から地上の礼拝に鳴り響きます。その神への賛美は「新しい歌」です。「キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。見よ、古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた」(コリント二5・17)からです。

小羊キリストこそ巻物を受け取り、封印を開くのにふさわしい方。小羊キリストは十字架に屠られて、あらゆる種族、言葉の違う民、あらゆる民族、国民の中から代表し、御自分の血で、神のためにあらゆる人々を贖われた。小羊キリストの贖いの血を注がれ、新しく造られた者は、神に仕える王、祭司となって、地上を統治するのです。この御言葉は既に1章5b節で語られていました。「わたしたちを愛し、御自分の血によって罪から解放してくださった方に、わたしたちを王とし、御自身の父である神に仕える祭司としてくださった方に、栄光と力が世々限りなくありますように。アーメン」。ルターが『キリスト者の自由』で強調したことです。私どもはキリストにあって王とされた。どんな権力者にもひざまずかない王。たが神にのみひざまずく王。私どもはキリストにあって祭司とされた。あらゆる人々のために執り成し、祈る祭司。

(2)11節「また、わたしは見た。そして、玉座と生き物と長老たちとの周りに、多くの天使の声を聞いた。その数は万の数万倍、千の数千倍であった」。天上の礼拝は、4つの生き物、24人の長老だけではありません。万の数万倍、千の数千倍の天使が、賛美を捧げています。想像出来ない程の大音声、大音響が満ち溢れ、厳しい歴史を生き、地上で礼拝している私どもにも、その大音響がこだましているのです。私どももその大音響に声を合わせて、神を賛美し、涙を流しながらも讃美歌を歌うのです。

 12節「天使たちは大声でこう言った。『屠られた小羊は、力、富、知恵、威力、誉れ、栄光、そして賛美を、受けるにふさわしい方です』」。13節「また、わたしは、天と地と地の下と海にいるすべての被造物、そして、そこにいるあらゆるものがこう言うのを聞いた。『玉座に座っておられる方と小羊とに、賛美、誉れ、栄光、そして権力が、世々限りなくありますように』。4つの生き物は『アーメン』と言い、長老たちはひれ伏して礼拝した」。この2つの頌栄は、ヘンデルのメサイアの最後に歌われる御言葉です。全ての讃美歌を締めくくる頌栄です。

 

4.御言葉から祈りへ

(1)ブルームハルト『ゆうべの祈り』(加藤常昭訳) 11月22日の祈り ヤコブ5・7~8

「主イエスよ、われらの祈りを聞いてください。われらの日々にあってみ手を明らかにしてください。あなたの将来が近づき、この世が、われらをわれらの父に導く救い主としてあなたを見ることができるようにしてください。いっさいのことを行なってください。われらにあってみことばを祝福してください。われらの心を強めてください。常にみまえに生かしてください。われらはみことばから、あなたの約束から自分のいのちを汲むのです。そしてわれらはあなたにのぞみを抱くことをゆるされています。あなたはわれらの主であり、救い主なのです。全世界あって力あり、神のみ心を果たしてください。主イエスよ、そうして神の栄光が来るのを、み心が天に行なわれるとおりに地にも行なわれるのを、われらが見て、よろこぶことをゆるされるようにしてください。アーメン」。

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