top of page

2024年1月10日

「ヨハネの黙示録を黙想する18~天にある神の神殿が開かれて、その神殿の中にある契約の箱が見え~」

ヨハネの黙示録11章15~19節

牧師  井ノ川勝

1.この世の国は、我らの主よ、そのメシアのものとなった

(1)ヨハネの黙示録を読んでいて、一つ気がつかされることがあります。天上の礼拝において、ラッパが繰り返し吹かれていることです。天上の礼拝の欠くことの出来ない楽器になっています。ヨーロッパの礼拝では、トランペットが吹き鳴らされることがあると聞いたことがあります。パイプオルガンはラッパの音色を奏でる楽器でもあります。ラッパが吹き鳴らされると、私どもの心は緊張し、心を高く上げます。神の御業の開始を告げる音色だからです。本日黙想する11章15節は、第7の天使がラッパを吹くことから始まっています。愈々第三の災いの幕が開きます。

 ヨハネ黙示録は、ローマ帝国の迫害の時代、流刑されたパトモスの島で主の日、数名の者と礼拝していた伝道者ヨハネに、甦られた主イエス・キリストが天上の幻、礼拝を見せたものを書き留めたものです。天上の礼拝の中心に神がおられる。その手に七つの封印をされた巻物があった。その封印を開くことが出来るのは、小羊キリストだけです。神が手にしている巻物は、歴史で起こる様々な出来事の意味、歴史はどこへ向かい、歴史の終末に何が起こり、歴史を支配しているのは誰なのかが記されていました。第7の封印を開いた時、7人の天使が順番にラッパを吹きました。既に第1の天使から第6の天使がラッパを吹き、第1の災い、第2の災いが起こりました。そして愈々第7の天使がラッパを吹き、第三の災いが起こります。第三の災いは長く、やがて頂点に達します。その序幕が11章15~19節の御言葉です。

(2)15節「さて、第7の天使がラッパを吹いた。すると、天にさまざまな大声があって、こう言った」。天にこだまする様々な大声。それは7章9節以下に記されていました。「この後、わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、種族、民族、言葉の違う民の中から集まった、だれにも数えきれないほどの大群衆が、白い衣を身に着け、手になつめやしの枝を持ち、玉座の前と小羊の前に立って、大声でこう叫んだ。『救いは、玉座に座っておられるわたしたちの神と、小羊のものである』」。天上の礼拝において、種族、民族、言葉の違いを超え、一つの礼拝の民とされている。大声で力強く信仰告白、讃美を捧げる。「救いは、玉座に座っておられるわたしたちの神と、小羊のものである」。

その礼拝の民、大群衆、聖歌隊の大声が、第7の天使がラッパを吹いた時に、再びこだまする。それが11章15節の御言葉です。「この世の国は、我らの主と、そのメシアのものとなった。主は世々限りなく統治される」。地上の歴史においては、11章7節で語られたように、「一匹の獣が、底なしの淵から上って来て彼らと戦って勝ち、二人を殺してしまう」現実が展開されています。底なしの淵から上がって来た一匹の獣とは、ローマ皇帝を指しています。地上の歴史は残虐な王、ローマ皇帝が支配しているように見える。しかし、天上の礼拝では、大群衆である礼拝の民がこう讃美して告げます。「この世の国は、我らの主と、そのメシアのものとなった。主は世々限りなく統治される」。7章10節の讃美と響き合っています。地上の権力者が歴史を永遠に支配されるのではない。我らの主、そのメシアこそが、世々限りなく統治される。教会の土台にある「基本信条」に、「使徒信条」と共に「ニカイ信条」があります。十字架にかかり、甦られたキリストは、天に昇られ、天の父の右に座し、終わりの日、「生けている者と死んだ者とをさばくために、栄光をもって再び来られます。その御国は終わることがありません」。「その御国は終わることがない」。その基になった言葉が、「主は世々限りなく統治される」。御使いガブリエルがマリアに告げた受胎告知、ルカ1章32「その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない」。

地上ではローマ皇帝による獣の支配に、伝道者ヨハネも、教会員たちも苦しめられている。しかし、天上の礼拝を仰ぎ見る時、歴史を支配しているのは、我らの主と、そのメシアであると確信するのです。

2.神の御前で、24人の長老はひれ伏して神を礼拝し、

(1)16節「神の御前で、座に着いていた24人の長老は、ひれ伏して神を礼拝し、こう言った」。「神の御まで、座に着いていた24人の長老」は、4章4節の天上の礼拝で登場していました。「また、玉座の周りに24の座があって、それらの座の上には白い衣を着て、頭に金の冠をかぶった24人の長老が座っていた」。24人の長老。24は12の倍数です。12は神の祝福に満ちた完全数です。共同体が成り立つ数です。一つは神の民イスラエル12部族を現します。もう一つは主イエスが。召集された12弟子、12使徒、新しい神の民・教会を現します。旧約の民と新約の民が一つになって、24人の長老として、神の御前で、ひれ伏して神に礼拝を捧げている。長老は何よりも、全ての民の先頭に立って、神の御前で、ひれ伏して神に礼拝する者です。「神の御前で」は「神の面前で」という意味です。礼拝は神の面前で行われる御前礼拝です。神の面前でひれ伏して神を礼拝することです。その緊張感と姿勢を失ってはなりません。

 金沢教会は今年、教会創立143周年を迎えます。1881年(明治14年)5月1日、大手町において金沢教会建設式が行われました。しかし、金沢教会の歩みはここから始まったのではなく、既にその前から始まっています。「教会員手帖」の「教会の年表」は、ここから始めています。1879年(明治12年)10月4日、アメリカ合衆国北長老教会宣教師トマス・ウィン宣教師夫妻金沢に来住。10月5日(日)長町4番丁で最初の礼拝。金沢伝道の開始。今年は金沢伝道開始145周年です。換言すれば、礼拝開始145周年です。迫害の時代も、太平洋戦争の時代も、教団紛争の時代も、どんな嵐の時代にあっても、神の面前でひれ伏して神を礼拝することを止めず、神を礼拝し続けて来た神礼拝の歴史が、金沢教会の歴史・歩みを形造って来たのです。

 神の面前でひれ伏して神を礼拝して来た私ども教会の先達・礼拝者が、今、天上の礼拝の聖歌隊、24人の長老の一人となって、神を讃美しています。歴史の荒波に翻弄される私どもは、心を高く上げて、天上の礼拝を仰ぎ見、天上の礼拝の大合唱に声を合わせて、讃美するのです。「この世の国は、我らの主と、そのメシアのものとなった。主は世々限りなく統治される」。

(2)神の面前で、24人の長老はひれ伏して神を礼拝し、讃美しました。16b節「今おられ、かつておられた方、全能者である神、主よ、感謝いたします。大いなる力を振るって統治されたからです」。ヨハネ黙示録はこのような告白から始まっていました。1章8節「神である主、今おられ、かつておられ、やがて来られる方、全能者がこう言われる。『わたしはアルファであり、オメガである』」。「今おられ、かつておられ、今将に来たりつつある方」。ヨハネ黙示録が大切にしているキリストへの信仰告白です。ところが、11章16節では「今おられ、かつておられた方」で、「今将に来たりつつある方」がありません。何故でしょうか。今将に来たりつつあるキリストが、約束通り来られたと強調していると言えます。我らの主とそのメシアの支配は確かなものとなり、大いなる力を振るって統治されていると確信しています。

 18節「異邦人たちは怒り狂い、あなたも怒りを現された」。「異邦人」は神を信じない人を代表しています。地上の歴史は権力者の怒りと怒りのぶつかり会いです。お互いが自分たちの正義をかざし、相手を裁きます。自分たちの正義を疑わず、一歩も退くことをしません。しかし、「ニカイア信条」で告白されているように、唯一の正義であるキリストが、生きている基の死んだ者とを審くために、栄光をもって再び来られます」。神の正義を貫かれます。18b節「死者の裁かれる時が来ました。あなたの僕、預言者、聖なる者、御名を畏れる者には、小さな者にも大きな者にも、報いをお与えになり、地を滅ぼす者どもを、滅ぼされる時が来ました」。

3.天にある神の神殿が開かれて、その神殿の中にある契約の箱が見て

(1)19節「そして、天にある神の神殿が開かれて、その神殿の中にある契約の箱が見え、稲妻、さまざまな音、雷、地震が起こり、大粒の雹が降った」。天上の神の神殿が開かれ、契約の箱を伝道者ヨハネは見ました。神が神の民を代表するモーセと結んだ「十戒」の契約の板が納められている箱です。エルサレム神殿の至聖所に置かれ、そこに神が御臨在されると信じられていました。しかし、紀元前587年、新バビロニア帝国のネブカドネザルによって、エルサレム神殿は破壊され、契約の箱も破壊されました。しかし、その契約の箱が天上の神の神殿の真ん中に置かれています。「契約」で想い起こすのは、神が人類を代表するノアと結んだ虹の契約です。創世記9章12~16節。神は二度と大地を呪うことをしない、人類を滅ぼすことをしないと誓われた虹の契約、「永遠の契約」です。ノアは虹を見ました。伝道者ヨハネも虹を見ています。4章3節「玉座の周りにはエメラルドのような虹が輝いていた」。10章1節「わたしはまた、もう一人の力強い天使が、雲を身にまとい、天から降って来るのを見た。頭には虹を抱き」。伝道者ヨハネはノアを想い起こした。「もう二度と滅ぼさない」という虹の契約、神の「永遠の契約」を想い起こしたに違いない。虹のかかった契約の箱を見て、神は生きておられることを確信した。嵐のような地上の歴史に、神は虹の契約を懸け、「わたしは二度と滅ぼさない」という神の勝利を告げる「永遠の契約」を現して下さる。それこそが、今おられ、かつておられ、今将に来たりつつある方、否、今」将に来られたキリストによって現されたのです。

4.御言葉から祈りへ

(1)ブルームハルト『ゆうべの祈り』(加藤常昭訳)1月10日 マタイ9・2 「主よ、われらの神よ、あなたの愛は、あなたに助けは、なんと大いなるものでしょう!われらが親しくみ手のうちにあることを、われらの誤りも、脆さも、もはやなにものでもないことを、われらすべてに感じとらせてください。われらは自分の誤りや脆さにもかかわらず、まっすぐに目標をめざしてまいります。あなたがこの目標をたててくださいました。そしてその目標をめざすわれらを、罪のゆるしと、われらの心に与えてくださるすべてのよきことによって、」助けてくださいます。それゆえにわれらと共にいてください。われらは誠実になりたいのです。あなたの大いなる慈愛への信仰に堅く立ちたいのです。そのことにより、あなたのみ名がわれらの間で崇められ、どの人の心にも慰めが入り来たり、万物がみ名をたたえて更によきものとなるようになりたいのです。アーメン」。

bottom of page