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2024年3月13日

「ヨハネの黙示録を黙想する27~倒れた、大バビロンが倒れた~」

ヨハネの黙示録18章1~20節

牧師 井ノ川勝

1.倒れた、大バビロンが倒れた

(1)私どもがヨハネの黙示録を黙想する意味とは何でしょうか。私どもが生きている歴史を見るまなざしが与えられることです。黙示録のまなざしが与えられることです。黙示録のまなざしとは何でしょうか。ヨハネの黙示録を学ぶ前、旧約聖書の預言書を黙想して来ました。預言者が歴史をどう見ていたかを学びました。黙示録のまなざしと預言者のまなざしは一つです。私どもの肉眼に、歴史の出来事が飛び込んで来ます。しかしそこで、歴史の中で神がどのような御業を行っているのかは、霊のまなざしでないと見ることは出来ません。霊のまなざしこそ、黙示録のまなざし、預言者のまなざしです。

 私どもが本日、黙想する18章は厳しい審き、災いが語られています。黙示録の中でも最も厳しい御言葉です。このような御言葉に触れることは、厳しいことです。しかしそこで、私どもは歴史を見るまなざしが与えられるのです。ローマ帝国のキリスト教会迫害の時代、パトモスの島に流刑された伝道者ヨハネは主の日の礼拝で、甦られたキリストによって天の幻を見させられました。それを書き留めた御言葉がヨハネ黙示録の御言葉です。18章1節で、「大きな権威を持っている別の天使」が降って来るのをヨハネは見ました。その時、闇で覆われていた地上は、神の栄光によって輝きました。ルカ福音書2章が描くクリスマスの出来事を想い起こします。闇の中で佇んでいた羊飼いに、天使と天の大軍が現れ、御子の誕生を告げ、神を讃美しました。神の栄光が輝いた時、地上の闇の現実、深さが明らかにされました。ヨハネ黙示録も、大きな権威を持っている別の天使が降って来て、地上に神の栄光が輝いた時、地上の闇の現実、深さが明らかにされました。

(2)天使は力強い大声で叫びました。2節「倒れた、大バビロンが倒れた。そして、そこは悪霊どもの住みか、あらゆる汚れた霊の巣窟、あらゆる汚れた鳥の巣窟、あらゆる汚れた忌まわしい獣の巣窟となった。すべての国の民は、怒りを招く彼女のみだらな行いのぶそう酒を飲み、地上の王たちは、彼女とみだらなことをし、地上の商人たちは、彼女の豪勢なぜいたくによって、富を築いたからである」。17章で、赤い獣にまたがっている大淫婦が登場しました。「大淫婦」とは、ローマ帝国を表していました。人々を魅惑する存在です。この大淫婦とみだらなことをし、栄えたものとして、地上の王たち、商人が挙げられています。大淫婦であるローマ帝国は、悪霊どもの住みか、汚れた霊の巣窟となった。それが歴史の現実として、ヨハネに見えて来ます。しかしそこで、天使から与えられた神のまなざしで、もう一度、歴史の現実を見た時に、驚くべき出来事を見ました。

「倒れた。大バビロンが倒れた」。既に14章8節で語られていた御言葉です。「大バビロン」とはローマ帝国を表しています。旧約の時代に登場し、南王国ユダ、都エルサレムを滅ぼし、バビロン捕囚をもたらした新バビロニア帝国に匹敵するのが、ローマ帝国です。ヨハネの目にはローマ帝国は絶大な権力を誇り、世界の富が集中し、栄華に輝いています。ところが、霊のまなざしで見た時に、「倒れた、大バビロンが倒れた」という神の現実が見えて来たのです。「ローマの平和は永遠に」と謳われた難攻不落のローマ帝国が倒れるのです。どんなに強大な権力を誇る帝国も永遠には続かない。倒れるのです。ローマ皇帝を神として拝まないキリスト教会に迫害を加え、苦しめるローマ帝国が倒れた。神の審きが降る。

これは今日の私どもの文明、世界に対する警告でもあります。造り酒である神を忘れ、富に支配され、汚れた霊の巣窟となっている私どもの文明、世界への警告でもあります。

2.不幸だ、不幸だ、大いなる都、強大な都バビロン

(1)4節で、天から別の天使の声が聴こえて来ました。「わたしの民よ、彼女から離れ去れ。その罪に加わったり、その災いに巻き込まれたりしないようにせよ。彼女の罪は積み重なって天にまで届き、神はその不義を覚えておられるからである」。神は語られます。「わたしの民よ、キリストに連なる者よ、大淫婦の魅惑から離れ去り、その罪に加わるな。大淫婦の罪は積み重なり、天まで届いている。神はその不義を覚えておられる。

6節「彼女がしたとおりに、彼女に仕返しせよ、彼女の仕業に応じ、倍にして返せ。彼女が注いだ杯に、その倍も注いでやれ。彼女がおごり高ぶって、ぜいたくに暮らしていたのと、同じだけの苦しみと悲しみを、彼女に与えよ。彼女は心の中でこう言っているからである。『わたしは、女王の座に着いており、やもめなどではない。決して悲しい目には遭いはしない』」。大淫婦であるローマ帝国は女王であることを誇っている。地上の王、地上の商人たちを愛人とし、やもめでないことを誇っている。ローマ帝国の時代は奴隷制度の時代です。多くの奴隷がいました。また戦乱の日々、多くのやもめがいました。大淫婦は奴隷、やもめを人間として扱っていません。しかし、奴隷、やもめを同じ人間として受け入れたのが、教会であったのです。ガラテヤの信徒への手紙3章27節「洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。そこではもはや、ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです」。テモテへの手紙一5章3~16節「身寄りのないやもめを大事にしてあげなさい」。

8節「それゆえ、一日のうちに、さまざまの災いが、死と悲しみと飢えとが彼女を襲う。また、彼女は火で焼かれる。彼女を裁く神は、力ある主だからである」。

(2)9節以下は「地上の王たち」が大淫婦の滅びに直面し、嘆きが語られます。「彼女とみだらなことをし、ぜいたくに暮らした地上の王たちは、彼女が焼かれる煙を見て、そのために泣き悲しみ、彼女の苦しみを見て恐れ、遠くに立ってこう言う。『不幸だ、不幸だ、大いなる都、強大な都バビロン、お前はひとときの間に裁かれた』」。地上の王たちは大淫婦であるローマ帝国が焼かれる煙を見て、泣き悲しみ、悲痛な叫びを上げる。「不幸だ、不幸だ、大いなる都、強大な都バビロン。お前はひとときの間に裁かれた」。「不幸だ」という言葉は、「ウーアイ」という呻き、悲痛な叫びから生まれました。「ウーアイ」と鳴いた鷲の声が人間の悲痛な叫びとなったと言われています。主イエスが十字架の死を目前とされ、律法学者、ファリサイ派の人々に語られた厳しい言葉があります。マタイ福音書23章13~36節。そこで繰り返されているのが、「ウーアイ」(不幸だ、災いだ)です。主イエスの悲痛な叫びです。27節「律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。白く塗った墓に似ているからだ。外側は美しく見えるが、内側は死者の骨やあらゆる汚れで満ちている」。37節「エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。見よ、お前たちの家は見捨てられて荒れ果てる」。

 11節以下は、「地上の商人たち」の嘆きです。「地上の商人たちは、彼女のために泣き悲しむ。もはやだれも彼らの商品を買う者がないからである。その商品とは、金、銀、宝石、真珠、麻の布、紫の布、絹地、赤い布、あらゆる香ばしい木と象牙細工、そして、高価な木材や、青銅、鉄、大理石などでできたあらゆる器、肉桂、香料、香、香油、乳香、ぶどう酒、オリーブ油、麦粉、小麦、家畜、羊、馬、馬車、奴隷、人間である」。地上の商人たちが得た世界のあらゆる富が挙げられます。その最後に「奴隷、人間」があります。奴隷、人間も売買されていました。地上の商人に対する警告は、エゼキエル書27章の海上貿易で栄えたティルスへの警告と響き合っています。

 14節「お前の望んでやまない果物は、お前から遠のいて行き、華美な物、きらびやかな物はみな、お前のところから消えうせて、もはや決して見られない」。15節「このような商品を扱って、彼女から富を得ていた商人たちは、彼女の苦しみを見て恐れ、遠くに立って、泣き悲しんで、こう言う。『不幸だ、不幸だ、大いなる都、麻の布、また、紫の布や赤い布をまとい、金と宝石と真珠の飾りを着けた都。あれほどの富が、ひとときの間に、みな荒れ果ててしまうとは』」。

(3)17b節以下は、すべての船長、沿岸を航海するすべての者、海で働いているすべての者たちの嘆きです。19節「不幸だ、不幸だ、大いなる都、海に船を持つ者が皆、この都で、高価な物を取り引きし、豊かになったのに、ひとときの間に荒れ果ててしまうとは」。20節「天よ、この都のゆえに喜べ。聖なる者たち、使徒たち、預言者たちよ、喜べ。神は、あなたがたのために、この都を裁かれたからである」。天の栄光の勝利が讃美される。それは小羊キリストの勝利である。しかし、小羊キリストは神の身分をかなぐり捨てて、天から降られ、僕・奴隷の身分となり、十字架の死に至るまで低きに降られました。僕・奴隷として、仕えられるために来られました。そのようにして神の栄光を現されました。伝道者パウロは自らを表す時に、「キリスト・イエスの僕・奴隷」と語りました。ひたすら主に仕え、隣人に仕えることで、神の栄光を現しました。伝道者ヨハネもまた、天の幻を見、キリストの僕・奴隷として主に仕え、隣人に仕えて生きたのです。キリストの教会は、神が造られた世界が滅びないように、ひたすら世界のために執り成しの祈りに生きるのです。

3.御言葉から祈りへ

(1)ブルームハルト『ゆうべの祈り』(加藤常昭訳) 3月13日の祈り マタイ5・6

「愛しまつる在天の父よ、われらの心がひとつことばを見いだし、ともに手をたずさえてあなたを賛美し、共に心をひとつにして願うことができますように。自分が経験することも、自分自身もすべて含め、あなたとの交わりにはいることができますように。正と不正の中を、完全なもの、不完全なものの中を、今に至るまであなたは導いてきてくださいました。そしてわれらは、自分たちがあなたのものであることを意識しつつ、すべて手をたずさえて立っています。あなたが個人ひとりびとりになさろうとし、また義と真理とに飢え渇く多くの人々の中で、大きくなしとげようとしておられることを、今われらになしていてくださることをわれらは意識しているのです。霊によってわれらと共にあり、イエス・キリストの手を通じてわれらにふれてください。キリストはわれらの救い主です。われらはキリストに堅くすがり、キリストの名によってあなたを賛美することができるようになるのです。アーメン」。

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