「あなたは何を纏って生きているか」
列王記下 20章1~7節
コリントの信徒への手紙二 4章16節~5章10節
「主日礼拝」
井ノ川 勝 牧師
2026年8月30日
2026.8.30. 「あなたは何を纏って生きているか」
列王記下20:1~7,コリント二4:16~5:10
1.①主の日の礼拝で聴くべき御言葉は、2か月前に説教者が選びます。今日の御言葉も、5月の下旬に選んだ御言葉です。しかし、説教者が選ぶというよりは、神から与えられると言った方がふさわしいと思います。特に今、一回一回、聖書のあらゆる御言葉から説教をしていますので、その思いを強くしています。神が今日、聴くべき御言葉として与えて下さった御言葉である。今日の御言葉も、8月の最後の主の日の礼拝に聴くべき御言葉として、神が与えて下さった御言葉であるとの思いを強くしています。それは言い換えれば、聖書の御言葉は、私どもにとって一期一会の御言葉であるということです。私どもが地上で捧げる最後の礼拝で聴くべき御言葉となることです。
先週の日曜日午前3時、共に礼拝を捧げていた稲積志保さんが静かに息を引き取られました。月曜日に、ご遺体がご自宅から礼拝堂に運ばれ、祈りを捧げました。火曜日、稲積志保さんの棺を囲み、地上での最後の礼拝、葬儀を行いました。そしてご遺体を火葬に伏しました。まだ49歳の命でした。まだまだ生きたいと願っていました。一回でも多く礼拝を捧げ、御言葉を聴きたいと願っていました。
愛する家族を喪うことは、自分の体の一部がもぎ取られるような痛みと悲しみを伴います。親しい信仰の仲間を喪うことも、同じような痛みと悲しみを伴います。今朝の主の日の礼拝も、稲積志保さんを失った痛みと悲しみを抱えながら、神の御前に立ち、捧げられています。
2年前のクリスマス礼拝の直前に、お父さまの稲積學さんが亡くなられ、この礼拝堂で葬儀が行われました。その時には、志保さんの癌が発見され、しかもかなり進行していました。このままでは1年も持たないかもしれないとの診断を受けました。しかし、この4年間、自分の病と真剣に向き合い、誠実に治療を受けたのは、一日でも長く生きたい、一回でも多く礼拝に出席したい。御言葉に触れたいという強い思いがあったからです。大切な礼拝者を喪った悲しみは深くのしかかります。
7月下旬、ご自宅を訪ねました。玄関に出て来た志保さんは語られました。痛みで耐えられない。しかし、更に問題なのは、霊的に枯渇していることだ。御言葉を聴きたい。そして8月2日の朝と夕べの礼拝に出席されました。御言葉に聴き、キリストのいのち・聖餐に与りました。それが最後の主の日の礼拝となりました。
②志保さんの葬儀、火葬の時、心に刻んでいた御言葉が、今朝、私どもが聴いた御言葉です。葬儀の時、火葬前の祈りの場面で、読まれる聖書の御言葉でもあります。
この手紙を書いたのは、伝道者パウロです。この4章で、伝道者パウロが繰り返し語っている言葉があります。
「だから、私たちは落胆しません」。
しかし、私どもは落胆するのです。落胆するという言葉は、失望する、絶望するという意味でもあります。望みを失うのです。治らない病と向き合う時、落胆し、絶望します。大切な命、愛する命を失った時、私どもは落胆します。何故、もっと生きながらせることは出来なかったのかと後悔し、落胆します。死の力の前に、私どもは落胆し、絶望します。
旧約の時代、ヒゼキヤ王は死の病に懸かり、こう宣言されました。
「主はこう言われる。『あなたはやがて死ぬ。生き長らえることはない』」。ヒゼキヤ王は顔を壁に向け、主に向かって祈り、涙を流し激しく泣きました。死の現実を受け入れることが出来ませんでした。落胆しつつ、主に向かって祈りました。
いつも死と向き合い、苦難の日々を送っていた伝道者パウロは語ります。「だから、私たちは落胆しません」。私は落胆しない、絶望しない。何故、そのように言い切ることが出来たのでしょうか。
2.①パウロは語ります。
「私たちの外なる人が朽ちるとしても、私たちの内なる人は日々、新たにされていきます」。
私たちの外なる人は、苦しみを負い、老いて行き、病に罹り、死に直面し、朽ちて行きます。日々、朽ちて行く外なる人と向き合って生きることは厳しいことです。志保さんは語りました。痛みで耐えられない。痛みで耐えられない、朽ちて行く外なる人と向き合った。それは厳しいことです。しかし、志保さんはこう語った。「更に問題なのは、霊的に枯渇していること」。それ故、痛む体を抱えて、礼拝に出席し、御言葉を聴こうとした。キリストのいのち・聖餐に与った。外なる人は朽ちても、私たちの内なる人は日々、新たにされて行く。目に見える外なる人は朽ちても、目に見えない内なる人は、日々新たにされて行く。それ故、パウロは語ります。
「私たちは、見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に存続するのです」。
私どもの交わりは、目に見える交わりです。家族や信仰の友の顔を見、その声を聞き、手を触れ合う交わりです。死によって、目に見える交わりが絶たれることは、厳しいことです。悲しく辛いことです。しかし、目に見える交わりの中で、目に見えないものを見る。それこそが、主イエス・キリストの交わりです。主イエス・キリストにある目に見えない交わりは、死の力でも絶たれることはないのです。主イエス・キリストにあって結ばれた愛の絆は、死の力によって断ち切られることはないのです。
先週の日曜日の朝6時過ぎ、志保さんのお母さん・栄美子さんから、お電話がありました。志保さんが亡くなった知らせを受けました。すぐに自宅を訪問しました。ベッドの上の志保さんは眠っているようでした。志保さんと、声を掛けたら、目を覚ましそうなお顔でした。主イエス・キリストから与えられた志保さんも、目に見えなくなる。共に御言葉に聴き、讃美歌を歌うことも出来なくなる。涙を流しながら、教会に帰り、礼拝に出席しました。
その日の礼拝は、北陸学院高校3年生の洗礼が行われました。主イエス・キリストからお預かりした大切な命・志保さんを、神さまにお返ししたその日、主イエス・キリストから新たな命を与えられました。主から与えられた大きな喜びでした。神の摂理の御手を感じました。私どもは主イエス・キリストにあって、目に見える礼拝の交わりを形造ります。これはとても重要なことです。目に見える礼拝に交わりに、目に見えない生けるキリストが生きておられることが証しされるからです。しかし同時に、私どもは主イエス・キリストにあって目に見えない礼拝の交わりを与えられています。目に見えない信仰の友と、主イエス・キリストにあって天と地を結ぶ礼拝を捧げているのです。
3.①今日の御言葉の直前に、伝道者パウロは印象深い言葉を語りました。
「私たちは土の器の中に宝を宿している」。
私ども目に見える存在は、土の器に過ぎない。しかも光輝く器ではない。自らの罪に汚れた土の器です。四方から死の力が加われば、粉々に砕け散る命です。しかし、そのような目に見える土の器の中に、私どもは目に見えない宝を宿している。私どものために、十字架でいのちを注がれ、私どものために死に打ち勝たれたイエスのいのちが宿されている。目に見えないイエスのいのちが、生きる時も死ぬ時も、私どもを生かして下さる。イエスのいのちが死ぬべき私たちの肉体に働いている。それ故、私たちは、四方から苦難を受けても行き詰まらない、途方に暮れても失望しない、迫害されても見捨てられない、倒されても滅ぼされない。
志保さんは2歳の時、クリスマス礼拝で幼児洗礼を受けられました。お父さんの學さんは同じ日に、洗礼を受けられました。そして志保さんが北陸学院短期大学在学中に、信仰告白をされました。その時、このような証しの文章を綴られています。
「信仰告白式を終えて、弱い自分との葛藤の毎日です。弱い自分に負けてしまい、矛盾だらけの自分に退行が起こっているのではないかと思い、自己嫌悪におちいることもしばしばです。自分自身さえも愛想を尽かしてしまいそうな自分です。
日常生活にしょっちゅう顔を出す、私の『弱い心』は、自分の計算のなかで、自分の限界で生きようとするとき、本当に自分は無力であることを感じさせます。『弱い心』によって退行が起こっていると思うこともありました」。
志保さんが語る自分の「弱さ」の罪とは何でしょうか。それは誰にでもある「弱さ」の罪です。自分の弱さに、落胆してしまう、それは言い換えれば、「土の器としての弱さ」です。神の御心通りに真っ直ぐに生きられない弱さです。神の御言葉通りに真っ直ぐに生きられない弱さです。死の力以上に恐ろしいのは、私どもの罪に対する神の審きです。神の審きの御手で、土の器である私どもが押し潰されたら、ひびが入るどころか、粉々に砕け散るしかない。滅びるしかない。しかし、イエスが十字架の上で、私どもの弱さの罪を負って下さり、私どもに代わって、神の審きの御手で自らのいのちが押し潰されるまで程までになって下さった。しかし、神の御手によって甦らされ、そのイエスのいのちが私ども土の器に宿り、私どもを生かして下さった。驚くべきことが、私どもの身に起こったのです。
志保さんは先程の証しの文章で、更に語ります。
「私は私の『弱い心』によって、神様のもとでなければ、人間として呼吸すらできないということを感じます。私のために十字架にかかり、甦って下さったイエスさまのいのちの息を注がれて、いのちの呼吸をして生きます。私はこれからもこの弱い自分と共に、与えられた命がその幕を降ろすときまで、イエスさまの御手によって、成長して行けたらと思います」。
②ところで、皆さんは何を身に纏って生きているでしょうか。私どもが身に着ける衣装で、私という人間が形造られて行きます。私という人格が形造られて行きます。何を身に纏って生きているかは、信仰的な問題です。死んだ時に身に纏う衣装を、死に装束と言います。私どもはどのような死に装束を身に纏って死を迎えるのでしょうか。
先週の主の日の礼拝で、北陸学院高校3年生の洗礼が行われました。洗礼を受けるとはどういうことなのでしょうか。伝道者パウロは語りました。主イエス・キリストを身に纏うこと。主イエス・キリストが密着して生きて下さる。喜びの時も悲しみの時も、健やかな時も病む時も、生きる時も死ぬ時も、私どもと密着して生きて下さる。私どもの死に装束も、主イエス・キリストを身に纏うことなのです。目に見える外なる人である私どもは朽ちて行く。しかし、目に見えない主イエス・キリストという衣装は、永遠に私どもを纏って下さるのです。キリストの甦りのいのちの衣装を、身に纏わされているのです。
3.①大変興味深いのは、5章で、伝道者パウロが、私どもが身に纏う衣装と、私どもの住まいとを重ね合わせて語っていることです。
私たちの地上の住まいを、「幕屋」と語ります。「幕屋」は何よりも、エジプトを脱出した神の民が荒れ野の40年の旅を続けた時に、用いた幕屋です。私どもの地上の歩みは、旅人であることを象徴するものです。私どもの地上の住まいには、家族との想い出がたくさん詰まっています。家族と数え切れない程、食事の交わりをしました。言葉を交わし合って来ました。喜びも悲しみも、共に分かち合って来ました。大切な住まいです。しかし、家族との想い出がたくさん詰まった住まいであっても、死が訪れたら、そこから旅立たなければならないのです。ずっと地上の住まいに留まり続けることは出来ないのです。
地上の住まいはまた、私たちの苦しみ、呻きがいっぱい詰まっています。志保さんも最後の時を、病院ではなく、自宅を選ばれました。家族との交わりを選ばれました。しかし同時に、痛みと闘う日々でした。部屋中に呻きが溢れています。地上のすまいは家族との想い出がたくさん詰まっていても、幕屋である以上、やがて朽ちて行きます。壊れて行きます。永遠のすまいではありません。
しかし、問題は、地上の住まいである幕屋を旅立った後、私どもはどこへ向かうのかです。どこに向かい入れられるのかです。伝道者パウロはこう語ります。人の手で造られたものではない、神によって建てられた天にある永遠の住まいです。朽ちることも、壊れることもない、神によって建てられた天にある永遠の住まいに、私どもは迎え入れられる。
しかも驚くべきことに、天にある永遠の住まいを着ると、着物に譬えているのです。面白い譬えです。
「私たちは、天から与えられる住みかを上に着たいと切に望みながら、この地上の幕屋にあって呻いています」。
「この幕屋に住む私たちは重荷を負って呻いています。それは、幕屋を脱ぎたいからではなく、天からの住まいを上に着たいからです」。
何故、天からの住まいを上に着たいと、着物に譬えるのでしょうか。着物は私どもの日常生活に欠くことの出来ないものです。住まいも、私どもの日常生活に欠くことの出来ないものです。地上を生きるために、無くてならぬものです。それ故、天からの住まいも、私どもが死を超えて生きる時に、欠くことの出来ないものとして、着物のように着ると譬えたのです。地上の住まい幕屋を下着として、その下着を脱ぎたいからではなく、その上に天からの永遠の住まいを着たいと切に望む上着として譬えたのです。
決定的な言葉は、この御言葉です。
「死ぬべきものが命に吞み込まれてしまうために」。
私どもは大切な家族や友人が亡くなった時に、命が死に吞み込まれたと語ります。しかし、十字架につけられた主イエスが、私どものために甦られたことにより、死の意味が変わりました。死の方向が変わったのです。死ぬべきものが、主イエスの命に吞み込まれたのです。天にある主イエスの永遠のいのちの住まいを、私どもは天国の住民のしるしとして、着せられたのです。身に纏わされたのです。主イエスの永遠のいのちに覆われたのです。
私ども罪人を、このようなことに適う者として下さったのは、神です。神は、その保証として、私どもにいのちの霊を与えて下さったのです。それ故、私どもはどんなことがあっても、落胆しないのです。
②地上の住まい幕屋も、天から与えられる永遠の住まいも、神を賛美する歌で溢れています。地上の住まい幕屋は、様々な苦しみで呻きで満ちていても、家族や信仰の仲間と共に歌った讃美歌で溢れています。天から与えられる永遠の住まいは、もはや呻きも嘆きもなく、神を賛美する喜びの歌で溢れています。私どもは讃美歌を身に纏いながら呻く。しかし、天から与えられる永遠の讃美歌を身に纏うことを切に望むのです。讃美歌こそ、私どもの欠かせない日常生活の歌、身に纏ういのちの歌だからです。
讃美歌21の545は、ドイツの牧師ヨハン・ヘールマンの作詞した讃美歌です。ヘールマン牧師が生きた時代は、ペストが町に襲い懸かり、30年戦争により町が荒廃した時代でした。そのような中で、ヘールマン牧師も病を負い、痛みを負いながらも、教会員の牧会のために身をすり減らしました。悲しみの中で、愛する教会員の葬儀をしました。シュレンジェン地方のヨブとも言われました。讃美歌545は、ヘールマン牧師の日常生活から生まれた讃美歌です。
「まことの神、命の泉、すべてのもの 造られる主よ。
生きる力 良い心と 清い思い 与えてください。
み旨により 年を重ねて 世の旅路を たどるこの身に、
罪とおごり 取り除いて 老いの恵み 与えてください。
死の時には、み手にゆだねて 復活の日を 待ち望みます。
その時には み声聞かせ、とわの命 与えてください」。
最後の元の歌詞はこういう賛美です。
「汝が死者を かの日に起こしたもうならば、
み手もまた わが墓に伸ばして、み声を聞かせ 体を甦らせ、
美しく変え、選ばれた群れに加えたまえ」。
私ども教会の葬儀は、悲しみの涙を流しながらも、神をほめたたえる、いのちの歌、讃美歌を歌いながら、亡くなった方を、主イエスの甦りの御手に、委ねるのです。いのちの賛美を身に纏って、主のいのちの御手にお委ねするのです。
お祈りいたします。
「共に御言葉に聴き、祈り、讃美歌を歌って来た、愛する姉妹の葬儀を行いました。その悲しみの中で、主の日の礼拝を捧げています。落胆する日々にあって、しかし、甦られた主イエスの御手で、われらを捕らえて下さい。涙を流しながらも、死ぬべきものが命に吞み込まれたとの確信をもって、神を賛美する、いのちの歌を歌わせて下さい。悲しみの中にある者を、いのちの御手で包み込んで下さい。
この祈り、私どもの主イエス・キリストの御名により、御前にお捧げいたします。アーメン」。
