「さあ行きなさい」
出エジプト記4:10~14
マルコによる福音書6:45~52
主日礼拝
井ノ川勝 牧師
2025年9月7日
1.①毎年、新人作家の登竜門として、優れた作品に、芥川賞が選ばれます。芥川賞はその時代を映し出し、その時代を生きる私どもの心を映し出します。私が大学に入学した年、もう40年以上も前になりますが、その年の芥川賞は、三田誠広さんの『僕って何』でした。1970年代、大学紛争の時代に、田舎から東京の大学に入学した「僕」と呼ぶ人物が主人公でした。私もこの僕と自分を重ね合わせながら読みました。こういう書き出しで始まっています。
「びっしりと蔦が絡みついた図書館の壁に沿って、一日じゅう陽のあたらない湿っぽい日かげの帯が続いている。そのひんやりした陰の中に僕は包まれている。かすかに苔のにおいのするじめじめとした空気の澱みの中で、僕は身体を図書館の壁にもたせかけ、息をひそめるようにしてたたずんでいる。まわりの空気は、蔦や、煉瓦の隙間の黒い土くれや、古びた壁全体がかもしだすじわじわとおおいかぶさるような陰気さととけあっている。その重く、わだかまったような空気の中に僕がいる。僕はここにいる・・。
ここにいる僕とは何だろう・・。日ざしをうけて白く光っているキャンバスの地面の上を、急ぎ足に通りすぎていくおびただしい数の学生たちの流れを眺めながら、僕は自分自身に呟いてみる。昨日も一昨日も、僕は誰とも口をきかなかった。この半月、ひとと会話らしい会話を交わしたことがない。ひとり暮らしのアパート、慣れない東京での生活、大学にも知り合いはいない。どこにいても、僕はいわば行きずりの人間だ。誰も僕のことを知らない。僕に注意を向けようともしない。誰からもかえりみられず、何ものとも関係をもたず、地の底で息づくちっぽけな虫のように、僕は自分自身を生きながらえさせている」。
「ここにいる僕とは何だろう」。これは誰もが問いかける根源的な問いかけです。「ここにいる僕とは何だろう」。言い換えれば、「ここにいる僕とは、何のために生きているのだろう」。皆さんも、日々この問いかけをしながら生きているのではないでしょうか。皆さんは、その答えを手にしているでしょうか。
この問いかけを聖書の中で一番初めに問いかけたのは、モーセです。「私は何者なのでしょう」と、神に問いかけています。
②モーセはイスラエル人でありながら、不思議な導きで、エジプト人の王子として育てられました。同胞の民はエジプト人の奴隷として、日々、重労働を強いられ、苦しめられています。モーセは血が疼き、それを見過ごすことが出来ません。同胞の民をかばい、エジプト人を殺してしまいました。しかし、同胞の民からも受け入れてもらえない。モーセは日々、問いかけていました。「私は一体何者なのか」。エジプト人なのか、イスラエル人なのか。
モーセは耐え切れずに、エジプトかた逃亡しました。モーセは殺人者であり、逃亡者であり、挫折した人間でした。遠いミデヤンの地で、羊飼いとなりました。ある日、羊の群れを導き、神の山ホレブに来ました。そこで神とお会いしました。神は呼びかけます。「モーセ、モーセ」。モーセは答えます。「はい、私はあなたの御前におります」。この時、神が語られた言葉は、驚くべき言葉でした。「モーセよ、エジプトに行きなさい。奴隷となって苦しんでいる同胞の民を、エジプトから導き出しなさい」。モーセは答えました。それがこの言葉でした。「私は何者なのでしょう」。
エジプトは、モーセが最も行きたくない地です。そこから逃げて来たのですから。しかも、エジプト人に対しても、同胞の民に対しても、裏切り者であるからです。しかし、神は逃亡者であり、裏切り者であり、挫折した人間であるモーセを、召し出し、エジプトへ遣わされるのです。出エジプト記3章、4章は、モーセの召命の出来事と呼ばれる場面です。しかし、同時に、神のこの朝、私ども一人一人に向かっても、名を呼ばれ、呼びかけておられるのです。「私はあなたに、新しい使命を託した。さあ行きなさい」。一人一人が自分が望まない、思い掛けない所へ、新たな使命を託されて、遣わされるのです。
2.①先々週の8月下旬、京都の関西セミナーハウスで、日本基督教団の教師になって10年以内の伝道者の研修会が行われました。主題は「説教と牧会」。私ともう一人の神学校の女性教師が講演をしました。また、朝に夕べに、教師委員会の伝道者がそれぞれ御言葉を語りました。豊かないのちの御言葉を味わいました。開会礼拝の説教をされたのは、教師委員会の委員長でした。私と同年齢の伝道者です。礼拝前、尋ねました。「先生は今、どちらの教会で伝道・牧会されているのですか」。自己紹介して下さいました。「福島県福島市にある福島教会の福島牧師です」。いつもこのように自己紹介をしているとのことでした。この福島牧師が開会礼拝で説き明かされた御言葉が、この朝、私どもが聴いた出エジプト記4章10節以下の御言葉でした。伝道者の原点にある御言葉です。伝道者が繰り返し立ち戻るべき御言葉です。しかし同時に、この朝、礼拝に出席されている全ての方に、神が語りかけておられる御言葉です。しかし、神の呼びかけに対して、モーセは様々な理由を上げて、拒んでいます。それは私どもの姿でもあります。
神はモーセに語りかけました。「モーセよ、エジプトに行きなさい。奴隷となっているあなたの同胞を、エジプトから導き出しなさい」。モーセは同胞の民を裏切り、逃げ出したのです。そんなモーセを同胞の民が受け入れるでしょうか。信頼するでしょうか。自分に対して反感を持っている同胞の民を、言葉で説得し、一つになってエジプトから導き出すことが出来るでしょうか。それはどう考えても至難の業です。自分にはふさわしくない使命です。それ故、モーセは神の呼びかけに躊躇します。拒むのです。「あなたから召された私は何者なのでしょう」と問いかけるのです。
②そしてモーセは逆に神に問いかけます。「私を召したあなたは何ものですか。あなたの名は何ですか」。面白い問いかけです。「私は何者か」という問いと、「神よ、あなたは何ものか、あなたの名は何か」は、一つの問いであるということです。
「私は何者か」。私どもが生きる上で、根源的な問いです。しかし、「私は何者か」という問いかけは、自分に対して問いかけている以上、堂々巡りして分からなくなるのです。
宗教改革者カルヴァンが、青少年のために、『ジュネーヴ教会信仰問答』を作成しました。問1の問答が重要です。
「人生の主な目的は何ですか」。「神を知ることであります」。
私どもに命を与えられた神を知ることこそ、人生の目的がある。カルヴァンはこう語ります。
「神を知ることこそ、自分を知ることである」。
神という鏡を見てこそ、私が何者であるかが見えて来るのです。
「私は何者なのか」。「あなたの名は何か」。モーセの問いかけに対して、神は答えられました。
「私はいる、という者である」。
新しい聖書協会共同訳で、最も訳が変わった御言葉です。これまで様々な言葉で訳されて来ました。
「わたしはある。わたしはあるという者だ」。「わたしは、有って有る者」。
新しい聖書協会共同訳が、「私はいる、という者である」と訳したのには、理由があります。「私は何者か」と問いかけたモーセに、神が答えられたこの御言葉と重ね合わせているからです。
「私はあなたと共にいる」。それ故、「私はいる、という者である」。
神はわれわれと共にいて、生きて働く神である。それこそが私の名であり、その私があなたを召し、遣わすのだ。さあ行きなさい。
「私はいる」。「私はあなたと共にいる」。言葉を、主イエス御自身が語られています。夜、嵐の湖で、舟が沈みそうになった時、弟子たちは主イエスが舟におられないことを嘆き、叫べました。もう駄目だ。その時、湖の上を歩いて、主イエスが近づいて来られました。そして語られました。
「安心しなさい。私だ。恐れることはない」。
「私だ」。主イエスのこの言葉こそ、神がモーセに語られた言葉と響き合います。
「私はいる」「私はあなたと共にいる」。
3.①モーセは神の召しを拒みます。
「ああ、主よ、以前から、また、あなたが僕に語られてからでさえ、私は雄弁ではありません。私は本当に口の重い者、舌の重い者です」。
私は神の召しにふさわしい者ではない、と拒むのです。しかし、神は語られます。
「誰が人に口を与えたのか。また、誰が口を利けなくし、耳を聞こえなくし、目を見えるようにし、見ないようにするのか。主なる私ではないか。だから行きなさい。私があなたの口と共にあり、あなたに語るべきことを教えよう」。しかし、モーセは答えます。
「ああ、主よ。どうか他の人をお遣わしください」。
モーセにとっての最大の欠点、コンプレックスは、口が重い、言葉の人ではないことです。モーセが最も苦手とすることです。言葉が雄弁なのは、兄のアロンです。だからモーセは、「ああ、主よ。どうか他の人をお遣わしください」と訴えたのです。しかし、神は雄弁なアロンではなく、口が重いモーセを主の御用のために用いられるのです。誠に不思議なことです。
私どもであれば、そのことに秀でている方、得意な方を用います。しかし、神は私どもの基準と全く違うのです。神は不得手な者を、敢えて御自分の御用のために用いられるのです。
②毎年8月末になると想い起こすことがあります。私が伝道者として献身したことです。もう40年以上も前のことです。私は大学1年生に時、大学に講義に来られていた牧師に導かれ、教会の礼拝に出席するようになりました。大学2年生のクリスマスに、洗礼を受けました。大学3年生の時、ドイツの留学から帰国された近藤勝彦牧師が東京神学大学の専任講師となられ、私の母教会の牧師となりました。大学4年生の夏休みの入る直前、近藤牧師から神学校に行かないかと言われました。突然のことで驚きました。夏休み中、祈って考えます、と答えました。しかし、神に祈れば祈る程、私はとてもとても伝道者にはふさわしくないと思いました。
私は小学生の時から、授業で皆の前で発言したり、発表することが大の苦手でした。それ故、大学を卒業したら、言葉を話す仕事ではなく、事務の仕事の道をしようと思っていました。夏休みの最後の日の夜、大学の寮から教会まで歩いて行きました。確かな確信は与えられていませんでした。私には御言葉を語ることは、とても無理だとの思いが強くありました。しかし、近藤牧師に、神学校に行き、伝道者の道を進みますと答えたのは、神の導きとしか言えません。近藤先生は驚きのあまり、ご飯茶碗を床に落としました。驚いたというよりは、神が生きて働かれたのだと畏れを感じたのだと思います。
私の伝道者としての原点も、モーセの召命の出来事と重なり合います。
「ああ、主よ。私は雄弁ではありません。私は本当に口の重い者、舌の重い者です。ああ、主よ、どうか他の人をお遣わしください」。
しかし、神は答えられます。
「誰が人に口を与えたのか。主なる私ではないか。だから行きなさい。私があなたの口と共にあり、あなたに語るべきことを教えよう」。
伝道者だけではありません。皆さんがクラブの部長に選ばれる。教会の長老、執事に選ばれる。教会の様々な委員、奉仕者に選ばれる、依頼される。誰もが私にはとても無理です、とためらいます。拒みます。他にふさわしい方がいるでしょうと思ってしまいます。しかし、神は語られます。他の誰でもない。私はあなたを選んだのだ。私はあなたと共にいて、生きて働く。さあ行きなさい。
4.①今年は敗戦後80年の夏でした。ドイツの伝道者、神学者に、ボンヘッファーがいました。ヒットラーの暗殺計画を立て、未遂に終わり、獄に入れられ、敗戦の直前に処刑されました。39歳でした。ボンヘッファーは獄の中で、詩と綴りました。「私は何者なのか?」。
「私は何者なのか?」という言葉が繰り返されます。いつ処刑されるか分からない、死と向き合う日々にあって、「私は何者なのか」と繰り返し問います。神に召され、伝道者となり、神学者となった。そして今、死と向き合いつつ、獄で囚われの日々が続く。「私は何者なのか?」。そして最後に、こう結ぶのです。
「私は何者なのか?孤独な自問が私を嘲笑う。
私が何者だろうと、あなたはご存じ、私はあなたのもの、ああ神よ」。
ボンヘッファーは、キリストの復活祭、獄の者たちと共に礼拝を捧げ、御言葉を語りました。復活祭の一週間後の主の日、ペトロの手紙一1章のこの御言葉を説き明かしました。
「私たちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように。神は、豊かな憐れみにより、死者の中からのイエス・キリストの復活を通して、私たちを新たに生まれさせ、生ける希望を与えてくださいました。また、あなたがたのために天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、消えることのないものを受け継ぐ者としてくださいました」。
この御言葉を説き明かした翌日、処刑されました。しかし、主イエス・キリストへの復活の信仰を心に深み刻みました。「私たちは生きるにも死ぬにも、われらの主イエス・キリストのもの。主イエス・キリストに仕え、御用をする者」。
②先々週の8月30日、金沢教会で長く長老として奉仕をされた深谷松男長老が92歳で逝去されました。先週、京都の室町教会で葬儀が行われました。金沢教会から長老が出席されました。私は教会員の祈りを弔電で届けました。
「われら金沢の地で、悲しみを共にし、生きるにも死ぬにも、われらの主イエス・キリストにあるただ一つの慰めを祈ります」。
「生きるにも死ぬにも、われらの主イエス・キリストにあるただ一つの慰め」。それは「生きるにも死ぬにも、われらの主イエス・キリストの者である」ということです。
今朝、神は、甦られた主イエス・キリストは、私ども一人一人に使命を託し、呼びかけます。
「私はいる。あなたと共にいて、生きて働く。さあ行きなさい」。
お祈りいたします。
「主よ、自分の欠点ばかりが見えて来ます。友と比べて、秀でたものが何一つないのです。コンプレックに落ち込みます。しかし、そのような私を、主は召して下さるのです。あなたのコンプレックこそ、わたしの御用のために用いるのだと語りかけるのです。私はいる。あなたと共にいる神が、さあ行きなさいと、召し出して下さるのです。主よ、どうか私どもをお用い下さい。
この祈り、私どもの主イエス・キリストの御名により、御前にお捧げいたします。」
「アーメン」。
