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「それでもなお、涙に応えてくださる神」

詩編 89編27~38節
ヨハネによる福音書 3章16~21節

矢澤 美佐子 副牧師

2025年11月30日

00:00 / 33:43

(1)待降節を迎えました。

神であられるお方が、私たちの苦しみと悲しみに寄り添うために、身を低くしてくださいました。

罪のない神の御子が、私たちの罪を負い、命を捧げるために、この世に来てくださいました。主イエス・キリストをお迎えする待降節です。


 私は、金沢教会から主に遣わされ、無牧師の教会や被災地へもお仕えしております。輪島教会は、仮設の礼拝堂で礼拝を守っていますが、窓の隙間からこぼれる讃美歌や説教が、近隣の方々の耳に届き、思いがけない伝道となっております。被災地でも今日から、待降節の讃美歌が響き、主の慰めと癒しが広がっています。

 私は来週、朝は輪島教会、夕方は富来伝道所へ礼拝説教に参ります。

そして、金沢教会や被災地の教会でお野菜を頂くことがありますが、それを少し、大阪の無牧師の教会へも、お分けすることもあります。金沢教会のために、被災地のために、日々祈り続けてくださっている教会です。

そこは、入院・手術された病の方や、高齢で身体が弱くなっている方が多く集いますので、司式ができる長老はたったお一人、奏楽ができる方もお一人だけです。無牧になった時には、「礼拝は、説教テープを流すしかない」とまで考えたそうです。しかし、今は、キリスト教病院の教会に仕えておられた牧師や私とで御言葉を語り続けております。

この牧師は現在80代。癌と心臓病を抱えながら、3つ、4つの教会を助けておられます。移動中の駅のホームで、心臓に痛みが走り、しばらく休んでから、次の教会へと向かわれた時もありました。主に仕え続けられる、誠実な先生でいらっしゃいます。

 先週、その教会へ参りましたら、皆さまが金沢教会、輪島教会、富来伝道所、被災地のためにと、数か月かけて手編みのマフラーや帽子を編み続けてくださっておりました。心より感謝しております。広く、大きく待降節のぬくもりを分かち合いたいと願っています。


(2) 戦争の悲惨を語り続ける人となった長老。

 最近ある教会で、私に両手で包むように、大切に一冊の本を手渡してくださった方がおられます。その本の題名は、『放浪者を救う方』 「戦争を生き抜いた父が、長老となり書いた本です。もう天へと召されましたが、ぜひ、お持ち帰りください」 その手に込められた祈りを大切に持ち帰りました。

 最初のページをめくると、序文の一行目に、この長老を紹介する牧師の言葉が、目に飛び込んできました。「彼は、御言葉に養われた、筋金入りのキリスト者であった」。その言葉にふれた瞬間、私の背筋はピンと伸びました。戦争という時代を生き抜いた、強靱な精神の持ち主。 そんな想像が心をよぎったからです。

 牧師は、この長老が、賀川豊彦先生に導かれ信仰の門をくぐったこと、そして太平洋戦争中、ソ連軍の捕虜となり、過酷な状況の中、「偽りの証言をせず、信仰の真実を貫いた」と記しておりました。 筋金入りのキリスト者。この言葉は、鉄のような強さをまとっているように感じました。近づき難く、話しかけるのもためらうような、そんな印象さえ抱きました。


 しかし、この長老の文章を読み進めてみると、私は、涙をこらえきれなくなりました。ページをめくるたびに涙が流れ、そこにあったのは「鉄」ではなく、キリストにある「愛を、命を尊ぶ、繊細な強さ」でした。 人を愛し、戦争を悲しみ、友の死に打ちひしがれ、家族を慕い、平和を求めて泣きながら、「福音と愛を貫いた」ひとりの人の姿でした。歴史の大きな波に翻弄されながら、矛盾に引き裂かれ、その痛みの深さ、その優しさ、その愛の大きさがページから溢れ出ていました。

 そして私は気づきました。牧師が語る「筋金入り」とは、硬く冷たい強さではない。 温かく、しなやかで、愛と命を尊ぶ繊細さを保ち続ける強さ。それを、「筋金入りのキリスト者」と表現されたのです。 神様にすがり、神様に立ち帰り、愛を貫いた者。その信仰を神様がお与えくださっていました。それゆえ、この方の歩みを少し紹介し、私たちは、ただ、ただ主をほめたたえたいと願います。どんな試練の中でも、主は、私たちをお支えくださいます。


 この長老、工(たくみ)さんが、キリスト者となる前のことです。時代は、太平洋戦争が迫り、軍部に反対する者は、だれでも「国賊」として槍玉にあげられる時代です。その頃、工さんは、賀川豊彦先生の説教を聞きます。賀川先生は、とつとつとつまりながら話し、しかし、人々の心を神の御言葉に捉えていかれました。

「世界に平和を。世界に平和を」と語る講壇の周辺には、特高警察と憲兵の目が光っていました。「戦争絶対反対」と結ばれて、説教が終わると、工さんは茫然自失となります。

 「この先生には、何かがある。全国民が、軍部のやることに従わざるを得ないような状況である時に、一人であっても反対する。この意気込みと態度は、ただごとではない」そう思ったのです。


 23歳の工さんは、キリスト者となる前の若い青年です。

人生は、何をして暮らすのが一番楽しいか。すべてを自己中心に考え、家族を困られていた時でした。召集令状が来て、いつ軍隊に入れられるかわからない。だから、今は、自分のやることに満足して生活するのが一番。いたずらに他人の犠牲になる必要はない。利己主義といわれてもよい。好きなことをして人生を送ればいい。

戦争は反対。しかし、公にすることは恐ろしい。だから、音楽をして、絵を描き、本を読むことで、現実逃避しよう。それが精一杯でした。

 そこに、賀川先生の説教、聖書の御言葉が響き、不思議な光、説明のつかない力によって目を覚まされたのです。主イエスの教え、罪の赦し、愛と平和が、押し寄せる「闇」を打ち破った。そして、主の光が、彼の心を貫いた。彼は一つの誓いをたてます。「平和を守る。人を愛する。たとえ召集されても、銃、刀、剣を持って人を殺さない」


 ついに召集の時。

 そこから工さんは、人には決して言えない、たった一人の反戦運動が始まりました。口外して知られれば、自分も家族も犠牲になります。そのため、できることは、実弾射撃訓練でいつも0点を取ること。幹部候補生の試験も受けない。万年1等兵を覚悟する。もし戦死することになっても、敵を殺さない。数千人の兵士の中にいながら、一人の反逆者。不忠実な兵士となりました。まさに、筋金入りのキリスト者です。


 いよいよ戦場に立ちます。

 広い砂漠一面は、ソ連軍戦車に取り囲まれ銃撃されます。次々と各隊は全滅していきました。小さな銃しか持たない歩兵隊と、ソ連軍戦車では到底、戦いになりません。

 分厚い鋼鉄の戦車が迫ってきます。いよいよ来るべき時が来た。何一つ隠れる所のないこの大平原で助かるには、2センチ以上もの厚い鉄板で、カメの甲羅のように覆われた所に入って、砂の中にもぐっていなければならない。そんなことはできるはずがありません。

 大和魂によって、武器はなくても強敵を打ち破る。 そんな教えに動かされ、歩兵隊は、剣と小さな銃を持って、戦車に突撃します。 「これが何になろう」 陸軍の奇妙な精神主義によって兵隊は、何万と殺され、友人たちが次々に倒れてゆきます。

 工さんがキリスト者であることを知った友人たちは、「祈ってほしい」と願いました。工さんは祈り続け、おぼえていた聖書の言葉を、涙を流しながら繰り返します。

 「平和を造る人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」(マタイ5:9)

 「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。御子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネによる福音書3:16)

 

 日本陸軍の軍国精神主義と、聖書に示されたイエス・キリストによる平和。この深い矛盾のただ中で、一等兵・工さんは、ひざまずき神に祈ります。

「お母様、不幸の数々をおゆるしください。もうこの世でお会いできないかもしれません」

涙が、どめどなく流れ、祈りが震えていました。

 けれどその時、確かに「神が共におられる」臨在の温かさが、冷たい戦場で、彼らをしっかりと包みました。

 そして、この時、何とか工さんは生き延びることができます。

 しかし、試練は続きます。ソ連軍に捕らえられ、監禁され、いつ銃殺刑になるかも知れない。 「銃弾が身体に食い込んだら、どんなに苦しいだろう。戦前、放蕩した自分、遊び回った過去の罪。これは、その裁きなのだろうか」そんな思いが胸に迫ります。

 暗闇の中で、足もとに落ちていた小さな本に気づきます。新約聖書でした。工さんは、むさぼるように読みました。聖書の文字一つ一つが、闇を照らす光のように、心の奥へと染み込んでいきました。

 説教で聞いた「天国の美しさ」はどこに書いているのだろう。必死に探します。見つけました。


(ヨハネの黙示録)「神は、目から涙をことごとく拭い去ってくださる。もはや死もなく、悲しみも嘆きも痛みもない」


「私は、罪人だけれど、きっと主イエスが助けてくださる。銃弾も5分もすれば、息は絶えるだろう。よし、5分間の苦しみだ。どんなに苦しくても、主が支えて天国に入れてくださる。主よ、信じます」

 そして、奇跡的にこの時も、生き延びることができました。そして、こう語ります。「主イエスが、十字架を負い、血のしたたる道は、どれほど苦痛であったことだろう。その苦痛も、私を罪から救うための身代わりであった。何という救いでしょうか」

 こうして何とか生き抜いた工さんは、帰国後、その筋金入りの信仰で、教会を支え、主に仕え続けられました。

 尊敬する先達の方々、「筋金入りのキリスト者」から、愛の深さを教えられます。 時代の大きな声に飲み込まれず、周囲の価値観に流されず、神の御言葉に立ち続ける。そこに愛と平和が主によって流れ込んできます。

それは英雄的な力を持っているからではありません。人の苦しみに心を痛め、涙し、平和を願い、主の愛を行う者として、私たちは「選ばれ」ここに集っています。

復讐するために拳を上げて、力で敵を制圧する強さではなく、復讐を断ち切るため忍耐する強さ、愛を目指し、優しく、思いやりを忘れない、本当の強さを持って、神様の国の平和に参加していく私たちです。


私たちは、試練に遭います。そして、打ちひしがれ涙を流します。その時、ひざまずき、身を低くして、共に苦しんでくださる主イエスがおられます。神御自らが傷つき、この世の罪、憎しみと争い、私たちが背負うべき裁きを身代わりに負ってくださいます。

 その神の強さは、この世界のどんな権力や、圧倒的な武力とも比べものにならない、計り知れない、折れない愛の強さです。信じる者すべてに、希望の朝を見させてくださる強さです。


(3)聖書は、教訓物語ではない。

 そして今、アドベントの時に私たちは、数え切れない命が犠牲となった歴史に胸を痛めます。

戦争や震災の中で、仲間や家族を助けられなかった罪悪感に耐えきれず、命を絶とうとする方もおられます。その痛みは、計り知れません。

逃げ遅れた人を、救えなかった。この世では、そうかもしれません。しかし、聖書が示す主イエスの救いは、決してそうではありません。逃げ切った人たちだけが、救われる。生き抜いた人たちだけが、救われる。従い続けた人たちだけが、救われる。

聖書は、そのような教訓物語ではありません。逃げ切れなかった人たちも、失われた命も、主の愛の御手に抱きしめられ、救われる。これが、聖書の世界です。この世で私たちが救えなかった人々をも救い、すべての悲しみを光に変える。それこそが、聖書の救い主イエス・キリストです。


(4)幼子大虐殺

主がお生まれになった夜、天使はヨセフに告げました。 「起きよ、幼子とその母を連れエジプトへ逃げよ。」 ヨセフは、その言葉を信じ、幼子イエスと妻マリアを連れて逃げます。その背後で、ユダヤの王ヘロデは、権力を守るために2歳以下の幼子を皆殺しにしたのです。

もしこれが、ただの人間の物語でしたら、幼子イエスは、「逃げ切って、命が守られ良かった」と言うことになります。 しかし、私たちは、ここで問わざるを得ません。「正義と愛をもって世界を治められる、全知全能の神が、この悲劇を御覧になりながら、救い主がお生まれになりながら、なぜ、沈黙しておられたのですか? 主よ、なぜ大虐殺が起こったのですか? なぜヘロデの暴虐を止められなかったのですか?」


 さらに聖書には、こうした残酷な出来事の一つ一つが、「預言が成就した」と、いちいち記しているのです。 エレミヤの嘆きが現実となり、「エジプトからわが子を呼び出した」という言葉が実現し、主がナザレに帰られたことで、旧約の預言が、ことごとく成就していきます。

「では、預言を成就させるために、幼子たちが、死ななければならなかったのですか? 「戦争や震災で多くの人が、命を落とすたび、神よ、何故、沈黙しておられるのですか?」


この重い問いを抱えること自体が、実は、信仰の歩みの中に置かれている、ということなのです。聖書は、私たちを「神よ、何故」という訴えと共に、信仰の深みへと導いていかれます。


 信仰の深みへと導く「神よ、何故?」という問い。 この問いの深さを思う時、私は、どうしても、ユダヤ人作家エリ・ビーゼルを思い出します。

彼は、15歳の時、アウシュビッツ強制収容所に送られ、家族を失いながら、ただ一人生き残りました。ビーゼルの言葉に「はっ」とさせられます。

「わたしたちの町は、戦争の終わり間近まで平和だった。迫害の噂は聞いていた。しかし、まさか自分たちに起こるとは思わなかった。逃げる機会は幾度もあったのに、人々は、『まさか』と日常にしがみつき、動かなかった。ナチスが押し寄せ、兵士が、とても紳士的だったため、危険はないとさえ思った。そして、ある日、突然、死の収容所へ送られていった」


ある聖書注解者は、想像してこう言います。 「ヘロデの時代、もしかしたら、すべての親に天使が現れ、『逃げよ』と語ったのかもしれない。しかし、神の言葉を聞いて逃げたのは、ヨセフ一家だけだった。だから、ヨセフ一家だけが救われた」と。

しかし、聖書は沈黙しています。敢えて、沈黙しているかのようです。

 もし、ヨセフだけが、神に聞き従い逃げた、と聖書に書かれていたなら、そこに残るのは「聞いて逃げた者は救われ、逃げなかった者は滅びた」 教訓物語となります。 しかし、この世の人間の歴史は、教訓物語では、救えない悲劇があふれ、嘆きが響いているのです。戦争も、震災も、理不尽な死も、すべて因果応報で片づけられるはずがありません。理不尽で悲惨な出来事を、私たちは経験し、目の当たりにしてきました。

「神よ、何故、あの信仰深い人が、死ななければならないのですか」

 それゆえ、私たちには言えません。 「神の声を聴かなかったから、逃げなかったから、命を失った」と。


ベツレヘムの人々も、ナチスのユダヤ人たちも、そして現代の災害で命を落とした人々。

それは、私たちだったかもしれないのです。私たち、だったかもしれない。 生き残る者、生き残れない者を分けるのは、勇気や努力の差ではなく、説明しがたい「闇」であることを、私たちは知っています。苦しんできました。


 だからこそ聖書は、教訓物語では決して終わらない。 人間が、救えなかった命をも、なお救う「もっと深い救い」が、この世に来たのです。それがクリスマスです。

 苦しみを担い、死の中へ、滅びの中へ、失った命を救う。主イエス・キリストが、この世に来て下さった。理不尽を共に負い、涙と重い沈黙の底で、私たちと共にいてくださる。私たちの苦しみを、私たち以上に苦しんで受け止めてくださる。


強制収容所では、600万もの人が殺されたと言われています。 しかし、私たちが震え上がるのは、死の数だけではありません。過酷な労働、暴力、飢え、寒さ、そして、「いつ、自分が役に立たないものと見なされ、灰にされるのか」という、終わりなき不安。 その極限の闇の中で、人々は、裏切り合い、親子で争い、自分が人間であるという、最後の誇りまでも手放していったのです。誇りを持って死ねたのではなかった。一つの民族のその栄光が、後に残ることさえないように、抹殺しようとしたのです。そして、ここに露わになるのは、人間の罪です。その罪に引き寄せられてしまう、私たち自身の姿です。


 ある日、悲しい目をした天使のような男の子が、処刑をされます。二人の大人とその子が絞首台に立たされました。合図で椅子が倒れます。しかし、子どもだけが軽すぎて、なかなか死ねない。30分もの間、苦しみ続けたといいます。その時、誰かが叫びました。「神はどこだ。どこにおられるのか!」ビーゼルは言います。「どこだって?ここにおられる。ここに、この絞首台に吊されておられる」


 私たちキリスト者は、この言葉に、ただ身を震わせます。理不尽のど真ん中で、苦しむ者と共に吊される神。それは、まさに聖書が告げる、救いの核心だからです。

幼子の嘆きの中に、収容所で失われた無数の命の中に、戦争と災害で、突然引き裂かれた命の中に、主イエス・キリストは、共におられます。 その理不尽を、ご自身の身に引き受けてくださっている。

 そのために、神の御子イエス・キリストは、この世の罪、闇の中にお生まれ下さったのです。

世の初めから終わりまで、すべての人の苦しみを負い、ゴルゴタの丘で十字架につけられるために、この世に来てくださいました。

 エリ・ビーゼルは戦後、平和のためにこの惨禍を語り継ぎ、ノーベル平和賞を受賞します。 そして私たちもまた、苦しむ者を救うために、この世に来られた、救い主イエス・キリストを宣べ伝え続けます。そして、私たちは、神の御国へ帰った時、イエス様の平和賞を頂くのです。



(5)被災地での救い

この世では「救えなかった」と思われる死であっても、主イエスの愛の御腕の中では、一人残らず抱きしめられています。永遠の命の安らぎの中に救われています。


死と向き合い続け、死生学を50年以上研究され、キリスト教大学で、長く教えられたアルフォンス・デーケン先生。ご自身の癌の闘病で、死の恐怖を体験し、人の苦しみに寄り添えるようになったと語っておられます。

先生は「神の国はどのような所ですか」と尋ねられると、神学的研究の末、このように答えておられます。

「それは、私たちの想像をはるかに超えた素晴らしい所です。私たちの目の涙は拭い去られ、もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。その素晴らしさは、人の言葉では、到底、説明し尽くすことはできません。神の国は、私たちが今まで経験したことのない幸せな所ですから」


 被災地の輪島で、食堂を営んでいた男性がおられます。

地震で倒れてきた隣のビルに、自宅兼店舗が押し潰され、妻と19歳の娘さんを失いました。二人は逃げ遅れ、がれきの奥に取り残されたのです。自衛隊の救いを待ち続けました。けれど、間に合わず、助けることができなかったのです。


家屋の倒壊や、災害関連死を含めて、この2年で691人の方が亡くなっております。

私は、お話しをお聴きし、たくさんの方と一緒に祈り続けて参りました。


あるキリスト者の女性、この方も震災で、娘さんを亡くされました。こう話しをしてくださいました。

「ずっと神様に訴えて来ました。助けてくれなかった、と神様を恨み続けて来ました。家が倒れ、がれきの下から、娘の手を握りしめ、声をかけ続けました。『大丈夫だよ、必ず助かるからね』 何度も何度も呼びかけ続けました。けれど、手はだんだん冷たくなっていったんです。助けることができなかった。『私は、生きていていいのか』そう思いながら、今日まで生きているんです」


私は、心を震わせながら、丁寧に語りかけました。

「あの時、娘さんの手を握っていた時、その手を、イエス様も握ってくださっていました。私たちが行けない、がれきの奥の、そのもっと下へ、イエス様は、小さくなって、低くなって、入ってくださっていました。そして、娘さんを、しっかりと抱きしめ、死も、痛みも、苦しみもない、幸せな天国へと、連れて行ってくださいました」


慰められますように、と祈り続けて2年。その方は、最近、こう話してくださいました。「娘の死の瞬間、イエス様は、娘の手を握りしめながら、天国へと連れて行ってくださったんですね。

私が、一緒に行けない所へ、イエス様は、一緒に行ってくださった。娘は、今、痛みも、苦しみもない天国にいるのなら、私は、安心して、前を向いて生きていこうと思います。娘も、そう願っていると思います」そう話して下さいました。


 ここまでの信仰に至るまで、どんなに辛い日々を過ごしてこられたことでしょうか。私たちは、決して一人ではありません。主が共に、そして、信仰の仲間、神様の家族がここにいます。


戦争の中に、被災地で倒れた人たちのそばに。救い主イエス・キリストは、逃げ遅れた人のもとへも、人間の力では救えない闇の中へも、御自ら、小さくなって降りていかれます。

私たちが、握れなかった手を、救い主イエス・キリストなら、しっかりと握りしめ、死を打ち破り、永遠の命へ、神様の国へと、救って下さいます。

主イエスの深い愛が、今日も、私たちを支えています。

もう、救いを待たなくていい。救い主は、すでにここにおられます。

石川県金沢市柿木畠5番2号

TEL 076-221-5396 FAX 076-263-3951

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