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「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになるのか」

詩編22:1~22
マルコによる福音書15:33~39

主日礼拝

牧師 井ノ川勝

2024年6月30日

00:00 / 38:41

1.①今年の元日に起きた能登半島地震から明日で半年を迎えます。新しい年を迎えた最初の日、誰もが新たな志を立てて、一歩を踏み出そうとした矢先に起きた大地震でした。一瞬にして多くの命が失われ、家族との思い出深いわが家が全壊し、離れがたき故郷を離れて、避難生活を送らなければならない方が今尚、多くいます。復興、再建には長い年月を要します。

 能登半島地震に直面した時に、2007年3月25日の能登半島地震を想い起こされた方もいれば、更に2011年3月11日の東日本大震災を想い起こされた方もいました。東日本大震災が起きた時、このような叫びを上げられた方が多くいました。「神はどこにおられるのか」、「神はわれわれを見捨てられたのではないか」。自然災害、人的災害に直面する度に、私どもが神に向かって叫んで来た叫びです。歴史の中で途絶えることなく、叫ばれて来た私ども人類の叫びです。そして今尚、この叫びは止むことはありません。「神はどこにおられるのか」、「神はわれわれを見捨てられたのではないか」。

 

私どもの叫びと共鳴するように、この叫びを上げられた方がいます。十字架につけられた主イエスです。

「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」。

何故、神の子である主イエスが十字架の上で、このような叫びを上げられたのか。私どもがいつも問い続けていることです。

 教会は十字架を高く掲げています。十字架があると、ああ、ここに教会があるのだと誰もが思います。十字架が教会のシンボルであると誰もが知っています。しかし、考えてみれば、とても不思議なことです。十字架は死刑の道具だからです。数多ある信仰の中で、死刑の道具を掲げているのは、キリスト教会だけです。それでも尚、教会は十字架を高く掲げるのでしょうか。ここに救いがあると告げているからです。それは言い換えるとこうなります。

教会は何故、十字架を高く掲げるのか。十字架の上で叫ばれた主イエスの叫び、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」、この叫びに救いがあると告げているからです。しかし、このこともまた不思議なことです。

 私どもは主イエスが語られた御言葉に慰められ、救いへと導かれました。誰もが自分が救われた御言葉があります。しかし、この御言葉に私は救われたと語られる方は果たしているでしょうか。

「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」。

むしろ多くの方に躓きとなった御言葉です。主イエスは十字架で絶望の叫びを上げられている。主イエスの救いの御業が失敗に終わったことを叫んでいる。

 しかし、驚くべきことに、十字架のこの主イエスの叫びを聴いたローマ帝国の百人隊長はこう語ったのです。

「本当に、この人は神の子だった」。

信仰の告白です。しかもユダヤ人ではなく、異邦人が信仰の告白をしているのです。十字架上の主イエスの叫びの言葉に、神の子、救い主を見たと告白しています。驚くべきことです。これはマルコによる福音書を生み出した教会の信仰を言い表しています。私どもの教会の信仰の核心がここにある。あなたも十字架の主イエスの叫び、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのか」。この御言葉を聴き、「本当に、この人は神の子であった」と信仰を告白してほしい。救われてほしい。

 問題は、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのか」。十字架の主イエスの叫びが、一体何故、信仰を生み出す言葉となったのかです。

 

2.①マルコによる福音書は、十字架上の主イエスの叫びを、元の言葉のまま書き留めました。

「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」。

これは主イエスが用いておられたアラム語です。十字架上の主イエスの叫びを、生の声のまま伝えたのです。しかも主イエスは大声で叫ばれました。この叫びが大地に響き渡ったのです。十字架の下にいた人々には忘れられない叫びとなりました。

 マルコによる福音書の中には、主イエスの生の声、アラム語のままで伝えられた言葉が他にもあります。会堂長ヤイロの娘が死の病に直面していた。主イエスが家に向かう途中で、亡くなってしまった。しかし、主イエスは部屋に入られ、少女の手を取ってさけば叫ばれました。「タリタ・クム」。「少女よ、起きなさい」。少女は死の眠りから目覚めた。この主イエスの言葉も印象深い言葉として、生の声、アラム語のまま伝えられました。

 「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」。独特な響きを奏でる主イエスの生の声、アラム語です。一体誰が、どのようにして伝えたのでしょうか。十字架の下には、主イエスの12人の弟子たちの姿はありませんでした。皆、主イエスを見捨てて逃げ去ってしまいました。しかし、最後まで主イエスに従った弟子たちがいました。婦人たちです。婦人たちは遠くから十字架の主イエスをも守っていました。マグダラのマリア、小ヤコブとヨセの母マリア、そしてサロメです。主イエスの十字架の叫びは、遠くで見守っていた婦人たちにも聴こえたはずです。そして婦人たちもまた、ローマの百人隊長と同じように、「本当に、この人は神の子であった」と信じたと思います。婦人たちは後に誕生した教会の礼拝で、十字架上の主イエスの叫びを伝えたと思います。

「イエスさまは十字架でこう叫ばれて息を引き取られたのよ。エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。イエスさまの十字架の叫びの言葉こそ、イエスさまが神の子であったことを表しているのよ」。

 何故、十字架上の主イエスの叫びが、アラム語のまま伝えられたのか。それは何よりも礼拝での大切な信仰の言葉となったからです。

 

主イエスが十字架につけられたのは、午前9時でした。昼の12時になると、全地は暗くなりました。それが午後3時まで続きました。3時になると、主イエスは暗闇の中で、大声でこの叫びを上げられました。

「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」。そして息を引き取られました。

午前9時から午後3時までの6時間、主イエスは十字架の上で何をされていたのでしょうか。ひたすら詩編の御言葉を口ずさまれ、祈られていたと思われます。最後の晩餐の後、オリーブ山のゲツセマネ園へ、弟子たちと向かわれる時も、主イエスは弟子たちと賛美の歌を歌いながら夜道を歩かれました。賛美の歌とは詩編の御言葉でした。主イエスは日々、詩編の御言葉を口ずさみ、親しんでおられた。それ故、十字架の上でも、詩編の御言葉をひたすら口ずさんでおられたに違いありません。その時、口ずさんでおられた詩編は、詩編22編であったと思われます。詩編22編は「嘆きの詩編」と呼ばれています。その冒頭はこのような叫びで始まっています。

「わたしの神よ、わたしの神よ、なぜわたしをお見捨てになるのか」。

十字架上の主イエスの叫びと、同じ叫びです。従って、主イエスは十字架上で、詩編22編を自らの嘆きの詩編として口ずさまれていたと受け留めることが出来るのです。

 詩編22編の詩人は叫んでいます。

「わたしの神よ、わたしの神よ、なぜわたしをお見捨てになるのか。

 なぜわたしを遠く離れ、救おうともせず、

 呻きと言葉も聞いてくださらないのか。

 わたしの神よ、

 昼は、呼び求めても答えてくださらない。

 夜も、黙ることをお許しにならない」。

詩編22編は礼拝の中で、祈られ、歌われて来た御言葉です。礼拝に出席し、神の御前に立った一人一人が、詩編の詩人の苦しみ、悲しみ、嘆き、呻きと自分の苦しみ、嘆きを重ね合わせて、神に叫んだのです。

「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになるのか」。

何故、私どもが生きる現実は不条理な出来事ばかりなのですか。到底、理解出来ない苦しみばかり起こるのですか。何故、私の家族が死ななければならなかったのですか。何故、私は治らない病に罹らなければならなかったのですか。何故、私は神から見捨てられた現実に突き落とされなければならないのですか。私どもが生きている現実は、「何故、何故」と問いかけることばかりです。

 しかし、その叫びを、他のどこでもない、礼拝において、神の御前で、神にぶつけるのです。礼拝はお上品な言葉を神に語る場ではなく、私どもの心の叫び、苦しみを神にぶつける場所なのです。

「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになるのか」。

 

3.①最近、国際基督教大学の並木浩一先生が書かれた『ヨブ記を読もう~苦難から自由へ』を読みました。神に対して真っ直ぐな信仰に生きていたヨブに、次から次へと災いが降りました。財産を奪われ、わが子を奪われ、自らの健康を奪われた。ヨブは全身できものが出て、かきむしり血だらけになります。ヨブの友人たちがヨブを慰めようとしてやって来ます。そして友人たちは苦しみの意味を理路整然と語ります。しかし、ヨブはそれに納得出来ません。全身で苦しんでいるヨブの魂に響いて来ません。ヨブは友人たちとの対話をやめて、ひたすら神に問い糾します。神の胸ぐらを掴むようにして、神へ問い続けます。そこでも「何故、何故」を繰り返しています。

「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになるのか」。

ヨブは十字架の主イエスを指し示す苦難の証人とも言われています。ヨブは私どもを代表して、私どもの先頭に立って、神に叫んでいるのです。

 詩編22編はこういう嘆きが続いています。

「わたしは虫けら、とても人とはいえない。人間の屑、民の恥。

 わたしを見る人は皆、わたしを嘲笑い、唇を突き出し、頭を振る。

 『主に頼んで救ってもらうがよい。

  主が愛しておられるなら、助けてくださるだろう』」。

「骨はことごとくはずれ、心は胸の中で蝋のように溶ける。

 口は渇いて素焼きのかけらとなり、舌は上顎にはり付く。

 あなたはわたしを塵と死の中に打ち捨てられる」。

「犬どもがわたしを取り囲み、さいなむ者が群がってわたしを囲み、

 獅子のようにわたしの手足を砕く。

 骨が数えられる程になったわたしのからだを、

 彼らはさらしものにして眺め、わたしの着物を分け、

 衣を取ろうとしてくじを引く」。

詩人が今、直面している苦しみは、将に、十字架の主イエスが直面した苦しみでもあります。詩編22編に起こった出来事は、将に、十字架の主イエスに起こった出来事でもあります。それ故、主イエスは十字架の上で、ひたすら詩編22編を口ずさんでおられた。そして最後に、詩編22編の冒頭の言葉を叫ばれた。

「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになるのか」。

 

詩編22編は何よりも礼拝の中で祈られ、歌われて来た嘆きの詩編です。その詩編22編を主イエスが十字架の上で口ずさんでおられたことは、主イエスは十字架の上で神に向かって礼拝をしておられたと言えます。神を礼拝するということは、主イエスは十字架の上でも、神を神として重んじておられた。神の御前でひざまずいておられた。神が御言葉を語るのを待っておられた。神が御業を行われるのをひたすら待っておられた。それが主イエスが十字架の上で執られた礼拝の姿勢であったということです。

 しかし、十字架は、神から裁かれたところです。神から突き放されたところです。神から見放されたところです。神がおられないところです。十字架は陰府、暗黒の深き淵です。そこに主イエスが立たれ、しかし尚、神を礼拝する姿勢を貫かれておられるのです。

 一方で、「なぜわたしをお見捨てになられたのか」と絶望の叫びを上げられている。しかし、絶望の叫びを上げながらも、「わが神、わが神」と神を信頼しつつ、神の懐へ飛び込もうとしておられるのです。

 私どもが様々な苦しみに直面し、絶望の淵に突き落とされた時、「もうこんな神など信じない」と言って、神に不満をぶつけます。神を裁きます。神を捨ててしまいます。「もうこんな神など信じない」と叫び時に、私どもは神を三人称で呼び捨てにします。しかし、主イエスは絶望しつつも、尚、「わが神、わが神」と一人称で呼びつけます。最も親しい一人称で呼び続けるのです。

 神の御子である主イエスが何故、十字架に立たれたのか。宗教改革者ルターは十字架の主イエスを仰ぎ見ながらこう言いました。ローマの百人隊長の「本当に、この人は神の子であった」という信仰告白を言い換えました。

「およそ人類の中で、本当の死を死んだ方は、主イエスただお一人」。「およそ人類の中で真の罪人として死んだ方は、主イエスただお一人」。

 主イエスは私どもに代わって、私どもを代表して、十字架で罪人の死を死んで下さった。それ故、私どもはもはや神から見捨てられた罪人の死を死ななくてもよくなった。人間の目から見れば、神から見捨てられた現実がある。神から突き放された現実がある。神がおられないような現実がある。しかし、私どもよりももっともっと神なき深き淵・十字架に立たれた主イエスによって、私どもは支えられているのです。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのか」と叫ばれた主イエスの叫びに、私どもの絶望は支えられているのです。神がおられない絶望を、神がおられない死を、私どもは経験することはないのです。主イエスがおられるところ、そこに神がおられるのです。どんなに絶望しても主イエスがおられる。神がおられるのです。

4.①主イエスは十字架の上で神への礼拝を貫かれていた。私どもが今、捧げている礼拝は、私どもの叫び、呼びかけから始まるのではありません。神の呼びかけから始まるのです。神の呼びかけがあるから、私どもも神に向かって呼びかけ、叫ぶことが出来るのです。それ故、礼拝は神の招きから始まります。主イエスが十字架の上で神への礼拝を貫かれたということは、神の呼びかけ聴いておられたということです。主イエスは詩編に親しみ、日々詩編を口ずさんでおられた。中でも詩編50編15節の御言葉です。

「わたしを呼ぶがよい。苦難の日、わたしはお前を救う」。

口語訳はこう訳されていました。この訳に心惹かれます。

「悩みの日にわたしを呼べ、わたしはあなたを助け。あなたはわたしをあがめるであろう」。

神が真っ先に、「悩みの日にわたしを呼べ」と呼びかけて下さった。それ故、私どもは神に向かって呼びかけることが出来る。叫ぶことが出来るのです。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」。

 主イエスが十字架で口ずさみ叫ばれた詩編22編は、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになるのか」という絶望の叫びから始まりました。しかし、23節以下は絶望の叫びから主への賛美に転換しています。

「わたしは兄弟たちに御名を語り伝え、集会の中であなたを賛美します」。

「悩みの日にわたしを呼べ。わたしはあなたを助ける」という主の呼びかけを聴いたからです。礼拝で主を賛美しつつ、兄弟たちに御名を伝える使命が与えられる。

 28節以下は驚くべき言葉が語られています。

「地の果てまで、すべての人が主を認め、御もとに立ち帰り、国々の民が御前にひれ伏しますように。王権は主にあり、主は国々を治められます。命に溢れてこの地に住む者はことごとく、主にひれ伏し、塵に下った者もすべて御前に身を屈めます」。

 主イエスが十字架という陰府に立たれたが故に、陰府はもはや陰府ではなくなった。そこにも神がおられる。それ故、塵に下った死んだ者すら主の御前に身を屈め、礼拝するようになると語るのです。

 

東日本大震災が起こった後、「危機に聴くみ言葉~3月11日の後で教会は何を聴き、語るのか~」という書物が出版されました。その中で、歴史の中で様々な不条理、苦難を経験した牧師が文章を綴っています。その中で、四竃揚牧師が「被爆体験を踏まえて~生き残ることを許された者の告白~」という文章を書かれています。父君の四竃一郎牧師は広島教会の牧師でした。原爆が投下された8月6日の前日は日曜日だった。その日の礼拝は僅か5名であった。8月6日の月曜日、からりと晴れた日の朝、四竃一郎牧師は郊外にある県立盲学校で精神講話を依頼されていた。その時、原爆が投下された。小高い丘の上から全市が倒壊し、燃え上がっていく様を見た。自分が泣いていることに気がついた。「神の審き」「神の審き」。こんな言葉を心の中で繰り返しつつ両手を組んで、しばらく身動きもせず街を見つめていた。漸く教会の焼け跡に辿り着いた時の気持ちをこう綴っておられる。

「恐らくものの15分くらい暑さを我慢しながら佇んだであろうか。この日広島に在住していた教会員は40名かであったろう。皆私の大切な羊である。戦争中そして昨日まで疎開もせずに守り続けた教会であり、同信の友である。覚悟はしているものの、もうみんなとこれでお別れか。消息を知るすべもない。会員のあの人この人を思い出しながら私は両手を組んでその場で一人祈った。しかし、「わが神、わが神」と言ったきり、次の言葉が口に出ない。正直に言ってこの場合、「わが神」と呼ぶ以外に祈るべき言葉を知らなかったのである。あのときの気持ちはもちろん深い懺悔であった。涙こそ出なかったが、心の中では限りない畏怖、慟哭、悔恨(かいこん)、そして悲壮な覚悟が満ちていた。総てが灰燼に帰した中で、十字架の主イエスの叫びが聴こえた。『わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか』。『わが神、わが神、これからやります』と心に堅く決意を示した以外に私は何を祈ることができたであろうか」。

 四竃一郎牧師は広島女学院の長女を被爆で喪いました。長男の揚さんは中学2年生全員と共に勤労動員に駆り出された。しかし、他の級友に伝令をするようにとその場所を離れた時に、原爆が投下された。この伝令が生と死を分けた。級友230名は全員亡くなった。何故、級友が亡くなり、自分だけが死から取り出されたのか。これは私にとって終生の課題となった。「わが神、わが神、何故、級友が亡くなり、私だけが生き残ったのか」。それは分からない。しかし、生き残ることを許された者は、亡くなった級友の分まで、神に生かされた命を生きなければならない。「自分が生かされたのは、イエス・キリストを証しするためだった、という召命に結びついた」。

 今日も世界の至る所で、自然災害、人的な災害の中で、不条理な現実に直面して、多くの人が叫んでいる。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのか」。しかし、十字架という最も深き淵・陰府に立たれ、主イエスは私どものためにこの叫びを上げられているのです。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」。十字架の主イエスのこの叫びに執り成されて、「わが神、わが神」と神を礼拝しつつ、神の御前で打ち砕かれ、主から与えられた使命に生きるのです。

 

 お祈りいたします。

「不条理な現実に日々直面する私どもです。何故、何故と問う日々です。何故、わたしを見捨てられたのかと絶望しても、しかし、わが神、わが神と、あなたに向かってすり寄り祈らせて下さい。そのために、主イエスが私どもに代わって、十字架という最も深き淵・陰府に立って、十字架の叫びを上げられたことを心に刻ませて下さい。わが神、わが神と、神を礼拝しつつ、主から託された使命に生きさせて下さい。

 この祈り、私どもの主イエス・キリストの御名により、御前にお捧げいたします。アーメン」。

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