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「わたしは主を見た」

エゼキエル33:10~11
ヨハネ20:11~18

主日礼拝

牧師 井ノ川 勝

2023年4月9日

00:00 / 37:00

1.①復活祭の朝を迎えました。既にお会いした方と、「イースターおめでとう」と笑顔で挨拶を交わされたと思います。「主イエス・キリストは甦って、生きておられる。私たちは主を見た。主にお会いした」。私どもキリスト教会は、このような喜びの賛美から生まれました。


 しかし、イースターの朝、涙を流しながらこの朝を迎えられた方もいます。愛する家族を失った悲しみの中にある方がおられます。涙が渇かず、イースターの礼拝に集うことの出来ない方もおられます。私どもの教会も、昨年、共にイースターの礼拝を捧げた方、また、イースターに訪問してお会いした方のお姿が、今年のイースター礼拝では見られません。イースターからイースターまでの一年間に、亡くなられた信仰の仲間がいるからです。一人一人の信仰のお姿を思い起こし、涙を流します。私どももイースターの朝を迎えながら、悲しみの中に置かれています。


 私どもが涙を流す時、涙で目が霞みます。今まで見えていた家族の姿が見えなくなります。しかし同時に、私どもは真実に見るべきものが見えなくなることが起こるのです。イースターの危機とも言えます。伊勢で伝道していた時、長く求道生活をされていた方がいました。その方がイースターの朝に語られた言葉があります。「私はイースターの朝を迎えることは辛い。主イエス・キリストは甦って生きておられる、と語られる。しかし、私の夫は甦って、私の許に戻っては来ない」。



②昨年の3月の受難節、私が書きました『ペトロの手紙を読もうー危機の時代の「生ける望み」』が出版されました。主イエスの弟子であったペトロ、主イエスを裏切ったペトロが、甦られた主イエス・キリストとお会いし、喜びをもって綴った手紙を、解き明かしました。3年前の新型コロナウイルス感染拡大、緊急事態宣言の下、イースター礼拝から始まった多くの方が礼拝に集えない、かつて経験したことのない試練の中で、金沢教会の礼拝で語った説教を基にして書き改めたものです。


 この本の表紙に、19世紀から20世紀を生きたスイスの画家ビュルナンが書きました、「復活の朝、墓へと走る使徒ペテロとヨハネ」の絵が印刷されています。ヨハネ福音書20章の場面を描いた絵です。この絵は出版社の方が選ばれた絵ですが、私は主イエス・キリストの復活の場面を描いた多くの画家たちの絵の中でも、心惹かれる絵の一つです。主イエスが甦られた朝、ペトロと若きヨハネが主イエスの墓へ向かって走り出している場面です。ところが、二人の顔はこわばっています。困惑しています。主イエスが甦られたことを信じることが出来なかったからです。


 主イエスが甦られた週の初めの日の朝、マグダラのマリアが走っています。ペトロと主イエスの愛しておられた弟子ヨハネも走っています。主イエスの墓へ向かって走っています。私どもも昨年、何度か教会の墓地へ向かいました。家族、信仰の仲間の納骨のため、墓前祈祷会のため、あるいは家族の命日に行かれた方もいたと思います。私どもの家族、信仰の仲間が死んで眠っている墓地です。教会の墓地へ向かいながら、思い巡らすことがあります。私どもの人生は墓へ向かって走っている人生であると。墓へ向かう命の流れは、誰も逆らうことは出来ません。ところが、墓へ向かう命の流れを堰き止めた出来事が起こりました。主イエス・キリストが甦られた出来事です。



2.①主イエスが甦られた日の朝、主イエスの墓の前で、涙を流している女性がいました。マグダラのマリアです。マリアにとって主イエスは最愛の人でした。最愛の主イエスを亡くし、深い悲しみの中にありました。その上、週の初めの日の朝早く、主イエスの墓を訪ねたら、主イエスのご遺体が墓の中になかったのです。主イエスのご遺体を取り去られた衝撃に捕らえられました。マリアは二重の悲しみの中にあったのです。主イエスの墓の前で、マリアが三度も繰り返している言葉があります。


「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません」。


 「わたしの主」とマリアは呼んでいます。「わたしだけの主」、「わたしの手の中にあった主」。そのような特別な思いが込められている呼び名です。わたしの主に対して、取り去られた、どこに置かれているのか、という言葉が用いられています。ここに死に直面した厳しさが語られています。生きた存在ではなくなる。死んで遺体となる。その途端、私どもは愛する家族の体を、運ぶ、置くという言葉を用いなくてはならなくなります。本来物資に対して用いる言葉を愛する家族に用いる。それは厳しいことです。悲しいことです。


 マグダラ出身のマリアは、7つの悪霊に苦しめられていました。多くの病を身に負い、苦しめられていました。ところが、主イエスとお会いし、主イエスによって病を癒され、病から解き放たれました。それ以来、全てを主に献げ、主イエスに従って来ました。主イエスに従った女性たちの中で、中心的な存在となりました。旅をしながら伝道する主イエスと弟子たちの食事の用意、身の回りのお世話をしながら、主に仕えて来ました。マリアの前にはいつも主イエスのお姿がありました。主イエスの背を見つめ、主イエスのお姿を見つめながら、主イエスに従って来ました。主イエスこそ、生きる模範、目標でもありました。


 ところが、突然、主イエスは捕らえられ、裁判にかけられ、十字架につけられて殺されてしまいます。いつも目の前にいた生きる模範、目標を、マリアは突然失ってしまいます。深い喪失感の中で、主イエスのご遺体を守り抜こうとしたら、今度は主イエスのご遺体がなくなっていた。マリアは二重の衝撃を受け、主イエスの墓の前で涙を流していました。



②泣きながら身をかがめ、墓の中を見ると、そこに二人の天使が立っていました。天使は神から遣わされ、神の言葉を届ける使命があります。天使はマリアに語りました。


「婦人よ、なぜ泣いているのか」。


マリアは答えました。


「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません」。


 マリアは後ろを振り向きました。すると、そこに主イエスが立っておられるのが見えました。しかし、マリアにはそれが甦られた主イエスだとは分かりませんでした。今度は、甦られた主イエスがマリアに語りかけました。


「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか」。


主イエスには、マリアがなぜ泣いているのか。涙の理由はご存じでした。それなのになぜ、マリアに向かって尋ねたのでしょうか。「婦人よ、なぜ泣いているのか」。この「なぜ」には、主イエスの特別な思いが込められています。「婦人よ、あなたはもはや泣く必要がないではないか」。


マリアは園丁だと思い答えます。同じ答えを繰り返します。


「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしがあの方を引き取ります」。


 その時、主イエスは呼びかけました。「マリアよ」。マリアにとって、懐かしい声です。聴き慣れた呼びかけの声です。マリアははっとして、振り向いて答えました。「ラボニ」「先生」。


 皆さんの中で、気づかれた方がいるかもしれません。マリアは二度振り向いています。一度目に振り向いた時に、そこに主イエスが立っておられました。しかし、その方が甦られた主イエスであるとは分かりませんでした。「マリアよ」という声に促されて二度目に振り返る。そういたしますと、マリアは主イエスに背を向けたことになります。なぜ、マリアは二度までも振り向かれたのでしょうか。一度目に振り向いた時、マリアは体の向きを替えました。しかし、心の向きまでは替えていなかった。だから主イエスを見ながらも、その方が甦られた主イエスであることに気づかなかったのです。「マリアよ」と主イエスが名前を呼びかけた時、マリアは心の向きを主イエスの方へ替えたのです。その時、初めて、甦られた主イエスであることが分かったのです。甦られた主イエスを見ることが出来たのです。「マリアよ」、「ラボニ」「先生」と呼び合う生きた関係が生まれた。それが甦られた主イエスと対面することです。



3.①日本のプロテスタント教会の草創期の代表的な伝道者に、植村正久牧師がいました。東京の富士見町教会の初代の牧師であり、東京神学大学、伝道者を養成する神学校の初代校長でした。植村正久牧師が書かれた代表的な本に、『霊性の危機』があります。その本の最初のところで、植村牧師が採り上げているのが、この場面です。甦られた主イエスとマリアとの対面、対話なのです。植村牧師が問題にすることは、私どもの霊性が枯渇することです。それを霊性の危機、霊性の病と呼んでいます。霊性が枯渇しているということは、生ける神との生きた交わりが失われていることです。生ける主イエスとの生きた交わりが失われていることです。


 私どもはこの数年、様々な見えざる霊、諸々の霊、諸霊に捕らえられて来ました。目に見えないウイルスによって、人と人との交わりが自由に出来ませんでした。礼拝堂に集って自由に神を賛美することが出来ませんでした。不自由な霊に取り憑かれていました。ロシアのウクライナ侵攻を切っ掛けとし、政治的な緊張が世界に走っています。不安の霊、恐れの霊に取り憑かれています。私どもの霊性は枯渇し、霊性の危機、霊性の病に陥ってしまいます。マリアも大切な存在を失い、霊性の危機に直面しました。


 しかし、甦られた主イエスが涙を流すマリアに近づき、背後に立って下さる。「マリアよ」と呼びかけて下さる。マリアを振り向かせ、マリアとの生きた関係を築いて下さるのです。悲しみの霊に捕らえられ、マリアは見るべきものが見えなかったのです。甦られた主イエスがおられるのに、見えなかったのです。しかし、「マリアよ」と呼びかける主イエスの生きた声に、マリアは方向転換させられた。甦られた主イエスと対面し、「ラボニ」「先生」と呼び合う生きた関係を回復しました。甦られた主イエスの確かなまなざしの中に置かれ、甦られた主イエスの生きた呼びかけの中にある。そこでこそ不安の霊、恐れの霊、諸々の霊から解き放たれる。それを植村牧師は霊性の更生、霊性の甦りと呼びました。それなしには、私どもは生き生きと生きられないのだと語りました。



②「100分で名著」というテレビ番組があります。4月より、「新約聖書の福音書」が採り上げられています。解説されている方は、文学者の若松英輔さんです。カトリックの信仰に生きられている方です。いかにも文学者だけに主イエスの御言葉を感受性豊かに解き明かされます。第1回の主題は、「悲しむ人は幸いである」でした。主イエスが山上の説教で語られた8つの幸いの教えの第二の教えです。「悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる」。マリアの悲しみと重なり合う御言葉です。若松さんはこう解き明かされます。


「ここでの『悲しむ』とは単に悲嘆にくれることではありません。それは何かを深く愛したことの発見だといってもよいと思います。日本語でも『愛しむ(いとしむ)』と書いて『かなしむ』と読むことがあります。誰かを愛するということは、ある意味で悲しみを育むことなのではないでしょうか。誰かを深く愛すれば愛するほど、その別離に伴う悲しみは大きくなるのです」。


 若松さんも触れていますが、福音書の中で、「イエスは涙を流された」という言葉を唯一書き留めているのは、このヨハネ福音書11章だけです。兄弟ラザロを失ったマルタとマリアの涙を御覧になられ、主イエスも涙を流されました。そして愛する兄弟を引き裂き、悲しみのどん底に突き落とす死の力に向かって、主イエスは心に憤りを覚えられました。死の力は家族との関係を引き裂くだけでなく、神と私どもとの生きた関係すら引き裂きます。主イエスこそ悲しみを知り、涙を流される。そのような主イエスがこの言葉を語られた。そこに幸いがある。


「悲しむ人々は、幸いである。その人たちは慰められる」。


 悲しみの中にあって、涙を流し、神との生きた関係が失われそうになる危機にあって、「マリアよ」と甦られた主イエスは語りかけて下さる。主イエスとの生きた関係を打ち立てて下さる。そこに幸いがある。悲しみの中で、神との生きた関係が失われたら、植村牧師が語るように、霊性の危機、霊性の病、死に至る病に陥ってしまうのです。



4.①「マリアよ」。甦られた主イエスの呼びかけの声に、マリアは振り向いて、「ラボニ」「先生」と応えました。その時、マリアは甦られた主イエスにすがりつこうとされました。主イエスは語られました。


「わたしにすがりつくのはよしなさい」。


マリアは自分の手の中に主イエスを入れようとしました。マリアが先に語ったように、「わたしの主」、「わたしだけの主」、「わたしの手の中にある主」です。マリアは自分の手の中にイエスを入れて、自分が願うようなイエス理解をし、自分が望むようなイエスに仕立て上げようとしたのです。しかし、主イエスは私どもの手に収まるような小さなお方ではありません。私どもの手、私どもの理解を遙かに超えておられます。ルターが語った言葉と響き合います。


「私の中で聖書の御言葉が変えられるのではなく、聖書の御言葉の中で私が変えられるのである」。


 甦られた主イエスはマリアに語りかけました。


「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。『わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る』と」。


 主イエスはここで、裏切り、逃げ去った弟子たちを、「わたしの兄弟たち」と呼んでいます。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう告げなさい。「わたしの父を、あなたがたも父よと呼ぶことが出来る。わたしの神を、あなたがたの神と呼ぶことが出来る」。甦られた主はわたしの父、わたしの神を独り占めなさらない。主イエスを裏切った弟子たちが、主イエスに立ち帰り、主イエスと共に、「わたしたちの父、わたしたちの神」と呼んで、礼拝する道を拓いて下さる。そのためにも、甦られた主イエスは父の許へ上って行かなければならない。愛する家族を亡くし、悲しみの涙を流しながらも、私たちの父、私たちの神を礼拝する。賛美する。私どもの涙は地に落ちて虚しく消えてしまうのではなく、天に向かって、父なる神に向かって流れるのです。甦られた主イエスの中で、私どもが流す涙の方向、悲しみの方向が変えられるのです。


 金沢教会と同じ信仰に生きる群れである鎌倉雪ノ下教会が、『雪ノ下カテキズム(信仰問答)』を作成しました。加藤常昭牧師が作成したものです。ドイツ語でも翻訳され、『日本のカテキズム』という題名が付けられています。問1の問答が、日本のプロテスタント教会の信仰を現しているからです。「あなたがたの救いの喜びとは何ですか」。「私が、私どもが神の子とされ、主イエス・キリストの父なる神を、『私の父なる神、私どもの父なる神』と呼ぶことができるようになる喜びです」。


 日本のプロテスタント教会の出発点は、宣教師バラの許で、英語を学び、初週祈祷会を行っていた青年たちが、聖書の御言葉に導かれて、天におられる神を、「私の父、私どもの父よ」と呼んだことから始まりました。その中に、植村正久青年もいたのです。


 甦られた主イエスがマリアに語られたこの御言葉は、私ども日本のプロテスタント教会の出発点となった大切な御言葉となりました。


「わたしの父であり、あなたがたの父、わたしの神であり、あなたがたの神」。



②甦られた主イエスの大いなる御手に押し出されて、マリアは弟子たちのところへ走り出しました。喜びの知らせを伝える福音の足となりました。そしてこの一言を喜んで告げました。


「わたしは主を見た」、「わたしは主にお会いした」。


「主イエスは甦って、生きておられる。わたしは主を見た」。マリアは、イースターのメッセージを初めて伝えた伝道者となりました。墓に向かって走っていたマリアが、いのちの主に生かされて、いのちに向かって走る者と変えられたのです。そこに、生ける主イエス・キリストを信じる教会の交わりが生まれたのです。マリアは私ども一人一人でもあるのです。私どもも甦られた主イエスから押し出され、遣わされ、告げるのです。「わたしは主を見た」。


 日本プロテスタント教会発祥の地、横浜海岸教会で洗礼を受けた詩人に、中山直子さんがおられます。マリアと自分とを重ね合わせて、このような詩を綴っています。


「『我にさわるな』と あの方はおっしゃった


 深く やさしく きっぱりと


 あの茫漠(ぼうばく)とした日曜日の朝 灰いろの黎明が


 墓地の草木を浮びあがらせていったが


 泣くことだけに身を投げ出していて


 あの方のお声に私は気づかなかった


 『なぜ泣くのか』とあの方は言われた


 他の誰が私にそう問うて下さるだろうか



 七つの悪霊に私は捕われていた


 弱く恐れる心から 唯こわいこわいと


 死のかげの谷 暗黒の中を逃げ続け


 あるとき 暖かい胸に突きあたった


 そのとき以来 あの方を離れたことはない


 それなのにあの方は十字架に上げられ


 お墓もからっぽ もう何もかもおしまいだ


 と 気も狂わんばかりだった


 けれどお姿を見分けて すがりよる私に


 『我にさわるな』とあの方は言われた


 『まだ父のもとにのぼっていないのだから』と


 それまで私は多分あの方を


 夫や息子父親のかわりにしていたのだ


 でも あの方を 地上の愛で


 しばってはいけないと すぐにわかった


 あの方は それから 私にも


 自分と同じに 清くなるようにと言われた


 悪霊つきのこの私に


 小さな手足の無力な女に 生きよ


 清くなれ すがりついてはいけない


 と 言って下さったのだ



 今 立ち上がって 私は走る


 刻々と強くなっていく朝の光の中を


 あの方を見た! と知らせるために


 耳のあたりで あの方の残り香がする


 ああ 私の心は木の頂の小鳥のようだ


 胸の中で 歌がはじけてほとばしる」



 お祈りいたします。


「大切なものを失い、悲しみの中にある私どもです。涙に暮れる私どもです。見るべきものを見失ってしまう私どもです。しかし、甦られた主イエスは私どもに近づき、背後から名を呼んで下さるのです。どうか、呼びかける主イエスに振り向かせて下さい。頑なな心を振り向かせて下さい。涙を拭い、主を見させて下さい。甦られた主に押し出され、私どもを喜びの知らせを伝える足に変えて下さい。わたしは主を見たと告げる主の足にして下さい。


 どんなに悲しみの中にあっても、涙を流しても、主イエスの名によって、わたしたちの父、わたしたちの神をほめたたえる主の群れとさせて下さい。


 この祈り、私どもの主イエス・キリストの御名により、御前にお捧げいたします。アーメン」。

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