「主イエス自ら十字架を背負い」
アモス書5:1~6
ヨハネによる福音書19:16~22
井ノ川勝
井ノ川勝
2025年4月6日
1.①4月より新しい年度の歩みが始まりました。新しい学び舎で、新しい学年で、新しい職場で新たな歩みをされた方もいると思われます。私ども教会の歩みは、主を礼拝することから始まります。今朝の礼拝は新しい年度の最初の主の日の礼拝です。主の御言葉に聴き、主の御言葉を味わうことにより、新たな一歩を踏み出したいと祈り願っています。
今、教会は受難節を迎えています。十字架の主イエスの御前に立ち、十字架の主イエスの御言葉によって、私どもの信仰の姿勢を糾して行きたいと祈り願っています。
新しい年度の最初の主の日に礼拝で、高校生が洗礼を受けられました。主から与えられた恵みに感謝しています。洗礼を受け、主イエスに従うことはいかなることなのでしょうか。私どももまた、洗礼を受けられた高校生と共に、新たな志をもって主に従いたいと祈り願っています。
②受難節の主の日の朝、私どもが聴いた御言葉は、主イエスが十字架につけられた場面です。私ども教会の信仰の中心にある出来事です。ヨハネ福音書は十字架の出来事を、このように語っています。
「そこで、ピラトは、十字架につけるために、イエスを人々に引き渡した。こうして、人々はイエスを引き取った。イエスは自ら十字架を背負い、いわゆる『されこうべの場所』、すなわちヘブライ語でゴルゴダという所へ向かわれた。そこで、彼らはイエスを十字架につけた」。
ここで注目すべきことがあります。ヨハネ福音書が強調する御言葉です。「主イエス自ら十字架を背負い、ゴルゴダへ向かわれた」。
同じ場面を、マタイ、マルコ、ルカ福音書はどのように描いているのでしょうか。主イエスは十字架を背負わされて、ゴルゴダへ向かわれた。しかし、主イエスは夜を徹して裁判を受けられていましたから、十字架の重さに途中で立ち止まってしまわれました。そこにたまたま居合わせたシモンというキレネ人に、無理矢理、主イエスの十字架を担がされた。そしてゴルゴダまで、主イエスの十字架を運ばされました。しかし、ヨハネ福音書は違います。主イエス自ら十字架を背負われ、ゴルゴダまで十字架を背負って行かれました。いずれの福音書も真実を語っています。しかし、それぞれの福音書の強調点が異なっています。ヨハネ福音書は、主イエス自ら十字架を背負われ、ゴルゴダまで十字架を背負って行かれたことに、力点を置いています。
2.①実は、受難物語において、ヨハネ福音書が描く主イエスと、マタイ、マルコ、ルカ福音書が描く主イエスにも違いが見られます。力点の置き方が異なっています。例えば、ヨハネ福音書18章です。主イエスが弟子のイスカリオテのユダに裏切られ、捕らえられる場面です。
主イエスはご自分の身に起こることを何もかも知っておられ、進み出て、『誰を捜しておられるのか』と言われました。ここでも、捕らえられることを厭わず、自ら進み出る主イエスのお姿が強調されています。受け身ではなく、能動的な行動を執られています。ローマの兵士、ユダヤ人の下役たちは答えます。「ナザレのイエスだ」。それに対して、主イエスは語られます。「私である」。実に、主イエスはこの言葉を三度も繰り返されています。「私である」。英語で言えば、「I am.」です。この言葉はヨハネ福音書が大切にしている主イエスの言葉です。「私こそ神なのだ」という意味です。主イエスは他にも語られました。「私は世の光である」。「私は良い羊飼いである」。「私は道であり、真理であり、命である」。皆、「私は~である」。「私こそ神である」ことを言い表す言葉です。
主イエスが「私である」と言われた時、ローマの兵士、ユダヤ人の下役たちは後退りして、地に倒れました。自らを捕らえようとする権力者の権力にひるむことなく、進み出て、「私である」「私こそ神なのだ」と語られ、ローマの兵士、ユダヤ人の下役たちを後退りさせ、地に倒してしまう。そのような主イエスの力ある姿が強調されています。
この後、主イエスは捕らえられて、ローマの総督ピラトの前に引き出され、裁判を受けました。尋問を受けました。マタイ、マルコ、ルカ福音書では、ピラトの問いかけに、主イエスは何も答えられず、ひたすら沈黙を続けました。しかし、ヨハネ福音書では、主イエスはピラトの問いかけに堂々と答えています。逆に、ピラトを打ち負かすような受け答えをしています。ヨハネ福音書の特徴の一つは、「対話の福音書」です。主イエスは様々な人々と対話をされます。裁判の席でも対話され、十字架の上でも対話をされます。そこにもヨハネ福音書が描く主イエスの特徴があります。
②本日の礼拝で、高校生が洗礼を受けられました。イースター礼拝でも、高校生が洗礼を受けられます。3月の定例長老会で、二人の高校生の洗礼試問会をしました。そこで一つの問いかけをしました。「あなたにとってイエスさまは、どのような存在ですか」。富士見町教会の初代牧師・植村正久が試問会で、洗礼志願者に必ず問いかけたことがあります。「イエスさまは、今どこにおられるかね」。これも信仰の急所を突く言葉です。洗礼志願者だけではありません。私どもはいつも、生涯に亘って、礼拝で繰り返し問われているのです。「あなたにとって主イエスはどのような存在ですか」。
今日、弱いイエス、無力のイエスが強調されます。私どもの弱さ、私どもの無力さを反映するイエス理解です。私どもの弱さ、私どもの無力さは、誰よりも弱いイエス、無力なイエスが知っておられ、同情して下さる。そこから慰めを与えられます。確かに私どもは弱く、無力で、意気地なしです。様々な苦しみに押し潰され、うずくまり、立ち上がれないままです。そのような私どもの傍らに主イエスがいて下さる時、主イエスも私どもと同じように、弱くて、無力で、意気地なしであることを求めます。そのような人間イエスを愛して、慰めを得ようとします。弱くて、無力なイエスは、様々な苦しみで押し潰され、うずくまっている私どもを立ち上がらせることは出来ません。私どもを立ち上がらせて、生かすことは出来ません。せいぜい出来ることは、私どもの弱さ、無力さ、意気地なしを、イエスも一緒になって同情するだけです。そこには真実の救いはないのです。私どもの弱さ、無力さに、主イエスを引きずり下ろしてはならないのです。
主イエスは私どもの弱さを知っておられます。私どもの傍らにいて下さいます。いや、私どもよりももっともっと低いところに立って下さいます。しかし、そこで弱くて、無力であるのではなく、そこでこそ強いのです。ヨハネ福音書が証しする主イエスは将に、そうなのです。
主イエス自ら進み出て、「私である」。「私こそ神なのだ」と言われ、ローマの兵士、ユダヤ人の下役たちを後退りさせ、地に倒れさせた。主イエス自ら十字架を背負われ、ゴルゴダに向かわれた。
3.①「主イエス自ら十字架を背負われ」。この御言葉と響き合う言葉を、主イエスが語られています。
「私に付いて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を負って、私に従いなさい」(マタイ16・24)。「自分の十字架を負って、私に付いて来る者でなければ、私の弟子ではありえない」(ルカ14・27)。
洗礼を受け、主イエスに従うことは、自分の十字架を負って、主イエスに従うことです。それは厳しいことです。このように言われますと、洗礼を受けることにひるんでしまうかもしれません。しかし、ここで注目すべきことがあります。私どもが主イエスの十字架を背負うのではありません。主イエスが背負われた十字架は、主イエスだけしか背負うことの出来ないものです。私どもが負うのは、自分の十字架です。主イエスに従う日々の生活にあって、私どもは様々な苦しみ、悲しみ、試練に直面します。しかし、それらの苦しみを主から与えられた苦しみと受け止め、何故、私がこのような苦しみを負わなければならないのかと、苦しみの意味を主に問いかけながら、主イエスに従って行くのです。そして私どもの目の前には、自ら十字架を背負われた主イエスが歩かれているのです。私どもは主イエスの背を見つめながら、その御足の跡を、自分の十字架を負って、主イエスに従って行くのです。主イエスが自ら背負われた十字架に、私どもの苦しみも、弱さ、無力さ、意気地なしも背負われているのです。私どもが負う自分の十字架は、主イエスが自ら背負われた十字架に担われているのです。
②「イエスを十字架につけた」。この言葉が二度も繰り返され、強調されています。ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上に掛けました。そこにはこう記されてあった。「ナザレのイエス、ユダヤの王」。ピラトの嘲りの言葉です。「お前たちユダヤ人の王イエスは、何とみすぼらしく、弱々しい王なのか」。「ローマ帝国の王とは、誠に掛け離れた無力な王だ」。しかもピラトは罪状書きを丁寧にも、ヘブライ語、ラテン語、ギリシャ語で書きました。ヘブライ語はユダヤ人の言葉です。ラテン語はローマ帝国の言葉です。ギリシャ語は当時の標準語です。この三つの言葉で、当時の世界中の言葉を表しています。十字架につけられた主イエスは、世界中の人々に向かって、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」であると宣言されました。ピラトの思いを遙かに超えて、神の御業がそこに働きました。十字架につけられた主イエスこそ、世界中の人々の王、救い主である。それが世界中の言葉で宣言されたのです。主イエスが自ら背負われた十字架に、私どもの苦しみも、弱さも、無力さも、意気地なしも、全てのものが背負われているのです。十字架の主イエスこそ、世界の誠の王なのです。そこに全てのものを負われる王としての力があるのです。
4.①十字架の王は、しかし、どこまでも身を低くされ、私どもの足を洗われる僕でもあります。ヨハネ福音書13章は、主イエスが十字架につけられる前夜の出来事を語っています。主イエス自ら身を屈め、弟子たちの足を洗われた出来事です。ヨハネ福音書だけが書き留めている洗足の出来事です。足を洗うものは、僕の仕事です。しかし、主であり、師匠である主イエス自ら弟子たちの前で身を屈め、弟子たちの足を洗われました。足は最も汚れる部分です。私どもの罪の汚れの象徴です。足を洗うためには、身を屈めなければなりません。僕となって仕えなければならない。それこそが愛の業であることを、主イエス自らが示されました。主イエスは弟子たちに語られました。
「主であり、師である私があなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合うべきである。私があなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範(手本)を示したのだ」。
主イエスが十字架につけられることは、どういうことなのかを表した出来事です。世界の王である主イエスは十字架で、どこまでも低きに身を屈められ、私どもの汚れた足、汚れた全身を、自らの血と命によって、洗って下さったのです。そのことにより、私は最後まで、死の極みまで、あなたがたを愛していることを身をもって現されたのです。十字架の王である主イエスは、どこまでも身を屈め、低きに降られた僕となって、私どもの足を洗われ、私どもに仕え、私どもに愛を注がれた王であったのです。主イエスは語られました。
「私を手本としなさい。あなたがたも互いに足を洗い合う愛の交わりを形造りなさい」。言い換えれば、自分の十字架を負って、私に従う主の群れ、愛の群れとなりなさい。
②新しい年度の教会の歩みは、実は先週の4月2日の祈祷会から始まりました。多くの方が出席され、共に御言葉に聴き、祈りを合わせ、新しい年度も歩みを始めることが出来ました。昨年後半より、使徒言行録の御言葉を共に黙想しています。使徒言行録は教会の物語、教会の伝道物語です。先週与えられた御言葉は5章でした。生まれたばかりの教会が最初に直面した重大な事件でした。しかもその事件は教会の外からやって来た試練ではありません。教会の内から生じた試練でした。しかも信仰の業、献げもの、献金から生じた事件でした。
アナニアとサフィラは最初の教会を支えた信徒夫妻でした。主を礼拝することを喜びとし、祈りと奉仕に生きた信徒でした。自分たちの土地を売り、その一部を自分たちの手許に取っておき、残りを教会に献金しました。恐らく、他の信徒に比べても多額の献金をしたことでしょう。しかし、ペトロはそれを問題としました。一体どこに問題があったのでしょうか。ペトロは一方でこう語っています。売らなければ、その土地はあなたのものだ。売らない自由もあった。売ってもその代金は自分の思い通りにすることが出来た。売って得たものを自分のために用いる自由もあった。それでは一体どこに問題があったのか。売って得た代金を主に献げた時、全ての代金を献げたと偽った。自分の手許にあることを隠していた。それ故、ペトロは語ります。「あなたは人間を欺いたのではなく、神を欺いたのだ」。人間の目を欺いたのではなく、神のまなざしを欺いた。神を欺く罪がどんなに大きな罪であるか。アナニアとサフィラ夫妻は、主に審かれて息が絶えました。私ども人間的な思いからすれば、それは余りにも厳し過ぎる審きではないかと思ってしまいます。しかし、神を欺く罪は命が絶たれる程の厳しい審きであることが明らかにされました。教会全体は皆、この事件に非常な畏れを感じました。忘れることの出来ない事件となった。信徒一人一人が日々、心に深く刻んだ事件となりました。
新しい年の最初の祈祷会に、主が与えられた御言葉です。私は伝道者として、深く心に刻みました。伝道者として人の目を欺くことを恐れるあまり、神のまなざしを欺くことを畏れない罪を犯していないか。しかも信仰の業の中で、神を欺くことをしていないか。それは伝道者に起こる誘惑でもあります。しかし、それは伝道者だけではなく、教会全体に求められている畏れです。教会は神を欺く罪を畏れなくなったら、土台から崩れて行きます。神を欺く罪こそを畏れて歩むことこそ、主イエスの言葉で言えば、あなたは自分の十字架を負って、私に従いなさいです。そこでも忘れてはならないことは、私どもに先立って、主イエス自ら十字架を背負い、十字架に向かわれて歩まれた。そのお姿を見失わないことです。
5.①昨日、昼食を食べた後、何気なしに付けたテレビ番組を、説教の準備もあったのですが、最後まで観てしましました。その番組は『こころの時代』で、「「自分を愛す・隣人を愛す」が主題でした。在日韓国人の82歳の女性の。歩みを綴ったものでした。様々な差別の中で、川崎市で在日韓国人としての人権回復のために先頭に立たれた方です。
在日韓国人として差別と偏見の中で育った。小学6年生の時、母に何故、私を日本人として生まなかったのかと言ったら、母から頬を打たれた。やがて結婚し、4人の子どもが与えられた。子どもたちも差別と偏見の中で学校生活を送らなければならなかった。そのような中で子どもが入園した保育園で、園長をしていた李仁夏(イ・インハ)牧師と出会った。李仁夏牧師が語られる御言葉によって、自分の苦しみから解き放たれた経験をした。依然として差別がある。苦しみがなくなった訳ではない。しかし、苦しみから解き放たれた平安な思いがした。洗礼を受けた。李仁夏牧師が大切にされた御言葉は、主イエスが語られた御言葉であった。「自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい」。この御言葉に生きることこそ、自分の十字架を負って、主イエスに従うことであった。あなたの隣人を愛するためには、自分を愛することから始まる。しかし、自分を愛することがどんなにか難しいことか、自分の欠点、嫌な所が見えて来て、自分すらも愛することが出来ない。このような私を主イエス・キリスト自分の命を献げてまでが愛して下さった。それが主イエス・キリストの十字架の出来事であったと知った。
夫も在日韓国人であり、誰にも打ち明けられない差別の苦しみを抱えていた。お酒に酔っ払うと、ちゃぼ台をひっくり返し、暴力を振るった。自分の最も身近な隣人である夫すら愛せない。深夜に牧師に電話をすると、牧師は御言葉を与えて、祈ってくれた。ある時、ヘブル書の御言葉を与えられた。
「あなたがたが、気力を失い疲れ果ててしまわないように、御自分に対する罪人たちのこのような反抗を忍耐された方のことを、十字架の主イエスを、よく考えなさい。あなたがたはまだ、罪と戦って血を流すまでに抵抗したことがありません」。
こんな御言葉など受け入れられないと思い、聖書を投げつけたらやかんに当たり、聖書は水浸しになった。しかし、水浸しになった聖書の御言葉は逆にくっきりと浮かび上がった。一枚一枚ふいて、アイロンを掛けた。
「私に付いて来たい者は、自分を捨てて、自分の十字架を負って、私に従いなさい」。
私は一人で悲壮感を漂わせて、自分の十字架を負って、主イエスに従っているのではない。教会の仲間と共に、自分の十字架を負って、主イエスに従っているのだと気づいた。そう確信したら、自分の負っている十字架が軽やかになった。そして何よりも、私どもに先立って、主イエス自ら十字架を背負って歩んで下さる。目の前の主イエスの背を見つめながら、自分の十字架を負って、主イエスに従うことに喜びがある。誠に厳しい差別との闘いの中にも、主から与えられるユーモアを忘れずに、教会の仲間と共に、自分の十字架を負って主イエスに従う喜びがそこにありました。
②先週の祈祷会で、教会員の証しがありました。中学生の時、父が交通事故で突然亡くなる。一体これからどうなってしまうのか不安に突き落とされる。
北陸学院短大の食物栄養学科で学び、大学で教えるようになる。忙しい日々の中で、母を亡くし、息子に先立たれる深い悲しみを経験した。立ち直ることの出来ない悲しみ、苦しみを経験した。共に歩んでいた夫が脳梗塞で倒れ、入院生活をされた。様々な苦しみ、悲しみの中で、神さま、何故なのと叫び日々が続いた。しかし、その方を支えられたのは、北陸学院短大で導かれ、金沢教会で出会った主イエス・キリストであった。主は堪えられないような試練に遭わせず、試練と共に必ず逃れる道を備えて下さる。その御言葉を信じ、自分の十字架を負って、主イエスに従って来た。しかし、そこでも大きな支えとなったのは、私どもに先立ち、自ら十字架を背負われ、十字架の道を歩まれた主イエス・キリストであった。そして苦しみの時も悲しみの時も、共に自分の十字架を負って、主イエスに従い、歩んで下さった教会の仲間であったのです。
受難節の主の日、改めて主の御言葉を心に刻み、新たな志をもって、自分の十字架を負って、主に従いたいと願います。
「主イエス自ら十字架を背負い、私どもの命の道を拓くために、十字架の道を歩まれた」。
お祈りいたします。
「主イエス自ら十字架を背負い、十字架を目指して歩まれた。全ては私どもの救いのためでした。私どもも自分の十字架を背負って、主イエスに従います。信仰の仲間と共に、自分の十字架を背負って、主イエスに従います。最も信仰深い業の中で、人の目を気にする余り、神を欺く罪を犯すことがありませんように。神のみを畏れて、主イエスに従わせて下さい。この祈り、私どもの主イエス・キリストの御名により、御前にお捧げいたします。アーメン」。