「復活の主イエスは私にも現れ」
ホセア書 6章1~6節
コリントの信徒への手紙一 15章1~11節
「主日礼拝」
井ノ川 勝 牧師
2026年4月12日
2026.4.12. 「復活の主イエスは私にも現れ」
ホセア6:1~6,コリント一15:1~11
1.①私が購読している新聞に、「人生の贈りもの」という連載があります。毎日、必ず読みます。各分野で著名な方の人生の歩みを綴ったものです。今日の私があるのは、どうしてないのかを自ら語ったものです。様々な方が自らの人生の歩みを物語っていますが、共通していることがあります。それは人生の方向転換となった出来事がある。その切っ掛けとなったのは、人との出会いであったということです。この人と出会わなければ、この道を歩むことはなかった。この人との出会いが、今日の私を形造っている。そこに不思議な目に見えない神の導きを見ているのです。
今、礼拝を捧げている一人一人も、自らの人生の歩みを振り返った時に、この人との出会いが私の人生を変えた。この人と出会ったから、今日の私がある。そのような掛け替えのない人との出会いの経験を持っていると思います。新学期が始まり、今朝の礼拝には北陸学院の新入生も出席されています。私にはまだ、人生を変えるような人との出会いの経験がない。そのように思われている方もいると思います。しかし、これから必ず、あなたの人生を変える人との出会いの経験が待っていることと思われます。
いや、北陸学院に入学されたこと自体が、既に神の導きであったのです。北陸学院に入学しなければ、聖書の御言葉と出会いことはありませんでした。聖書の御言葉を通して、あなたは神と出会い、主イエスと出会っている。それこそが、あなたの人生を方向転換させる出会いの出来事なのです。主イエスと出会うことが、何故、人生を変える出来事となるのでしょうか。
②この朝、私どもが聴いた御言葉は、伝道者パウロがコリントの教会の信徒へ宛てた手紙の結びの御言葉です。パウロはこの手紙を通して、様々なことを語って来ました。しかし、最後にどうしても伝えたいことがある。それは何か。他のことは忘れてもよい。これさえしっかり覚えていれば、あなたがたは救われる。生活の拠り所となるもの。その福音をあなたがたに知らせます。「福音」とは「喜びの知らせ」です。私どもを生かす喜びの知らせです。それはパウロが考えたものではない。伝えられ、パウロも受けたものです。それをあなたがたにも伝える。
「最も大切なこととして私があなたがたに伝えたものは、私も受けたものです」。それは何か。
「すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおり私たちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、ケファに現れ、それから12人に現れたことです」。
これが伝えられ、パウロも受けた福音、あなたがたにも伝えた喜びの知らせです。この福音を受け入れたら、あなたも救われる。あなたの生活を生かす喜びの知らせとなる。これは教会の土台にある信仰です。教会の信仰告白です。
ここで繰り返されている言葉があります。「聖書に書いてあるとおり」。言い換えれば、神が約束された通りの出来事が起こった。それこそが、主イエス・キリストが私たちの罪のために死んだこと、葬られたこと、三日目に復活したこと、ケファ、ペトロのことです。ケファに現れ、主イエスの12人の弟子に現れた出来事であった。主イエスの十字架、葬り、復活、顕現の出来事です。それは偶然に起きた出来事ではなく、神が約束された通り、私どもの救いのために起きた出来事であったのです。
2.①今朝も、礼拝の中で、信仰告白をしました。初めて礼拝に出席して、いきなり信仰告白に声を合わせる。私はまだ神を信じているわけではない。主イエスを信じていない。抵抗感を覚えたかもしれません。教会の信仰告白の中の「使徒信条」を告白しました。これは全てのキリスト教会、プロテスタントもカトリックも正教会も、全てのキリスト教会の土台にある信仰告白です。最も大切なこととして伝えられ、私どもも受けたものです。元々は、洗礼志願者の洗礼準備、信仰教育のために作成されたものです。
中心にあるのは、主イエス・キリストへの信仰です。主イエスの十字架、葬り、復活が告白されています。ところが、パウロが紹介した信仰告白の中で、復活されたキリストが現れたことは記されていません。これは何故なのか。不思議に思うことです。よく分かりません。
しかし、最初の教会に伝えられた福音には、甦られたキリストが現れた。キリストの顕現の出来事が強調されています。これは主イエスの復活の出来事を綴った4つの福音書も書き留めていることです。
今日の御言葉の中に、「キリストが現れた」という言葉が、実に6回も繰り返されています。ケファに現れ、12人に現れ、その後、5百人以上の兄弟たちに現れ、次いでヤコブに現れ、すべての使徒に現れ、最後に、私にまで現れた。
先週の4月5日、主イエス・キリストのご復活を記念するイースターの礼拝を捧げました。「主イエス・キリストは甦って、生きておられる」。主イエスの墓を訪ね、甦られた主イエスと出会った女性たちの、この喜びの知らせから、教会の歩みは始まりました。しかし、主イエスが死人の中から甦った出来事は、最初から人々には躓きでした。そんなこと起こるはずがない。信じられない。今日でも主イエスの復活は人々の躓きとなっています。主イエスの復活を照明し、信じられないと、洗礼を受けないと言い張る方もいます。
しかし、主イエスが甦られたことを証ししているものがあります。それこそが教会です。主の群れです。教会は2千年以上、ずっと立ち続けて来ました。金沢教会はこの北陸の地に、145年間立ち続けて来ました。小さな主の群れです。弱い主の群れです。歴史の中に誕生した大国、教国は次々に滅んでしまいました。なぜ、小さく、弱い主の群れ・教会は揺れ動きながらも立ち続けて来たのでしょうか。甦られた主イエスと出会った方が途切れなかったからです。甦られた主イエスは昨日も、今日も、明日も、次々に人々と出会って下さったからです。主の群れ・教会は、主イエスが甦って生きておられ、次々に人々と出会って下さるところです。主イエスの甦りの証人、証し人の群れです。でも、教会に来て、礼拝に出席しても、甦られた主イエスを見ることは出来ないではないか。どうして甦られた主イエスが私に現れたと言えるのか。
主イエスの弟子ペトロが語っています。
「あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛しており、今見てはいないのに信じており、言葉に言い尽くせないすばらしい喜びに溢れています」。
ペトロは甦られた主イエスを肉眼で見ました。しかし、あなたがは肉眼で甦られた主イエスを見ていないのに愛している、信じている、言葉に言い尽くせない素晴らしい喜びに溢れている。ペトロはそのことに感嘆しています。そして教会は甦られた主イエスを霊のまなざしで見、私にも出会って下さった、私にも御言葉を語りかけて下さった。甦られた主イエスを愛し、信じ、喜びに生きて来たのです。
②伝道者パウロは伝えられ、私も受けた福音、教会の信仰告白をまず語りました。しかし、そこで終わっていません。甦られた主イエスが私にも現れた出来事、主イエスとの出会いの物語、自らの信仰告白を綴っているのです。これが重要なことです。
「そして最後に、月足らずに生まれたような私にまで現れました。私は、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中では最も小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です。神の恵みによって、今の私があるのです」。
一番最後に、甦られた主イエスは私にまで現れた。私は月足らずに生まれたような存在だった。言い換えれば、未熟児として生まれた。元の言葉はもっと激しい言葉で、流産、死産という命の危険がある中で、この世に生まれた者。何故、パウロはそのように語るのか。パウロは神の教会を迫害する者でした。キリスト者の最大の敵でした。しかし、そのパウロに、甦られた主イエスは現れて下さった。パウロをむんずと掴まえて下さった。そして回心させ、方向転換させ、キリストを信じ、キリストを伝える器として召された。パウロの回心の出来事です。
甦られた主イエスと出会わなければ、今日の私はなかった。甦られた主イエスと出会いにより、今日の私がある。「神の恵みによって、今の私がある」。私が本当の私となった、という意味です。私が本当にやりたいことをする私となった、ということです。パウロはキリストの内に、本当に私を見出した。甦られた主イエスと出会うことは、私が特別な人間となることではありません。この世離れした人間になることでもありません。私が本当に私になることなのです。
「神の恵みによって、今の私がある」。このパウロの言葉は、モーセに出会った神がご自分の名を語られた言葉と響き合っています。「私はあってあるもの」。この神と出会うことが、私が私となることなのです。
3.①さて、ここで注目したいことがあります。今日の中心聖句であるこの言葉です。
「そして最後に、月足らずで生まれたような私にまで現れました」。
「私にまで」という言葉です。元の言葉は文章の一番最後にあります。付け足しのような小さな言葉です。しかし、何とキリストの溢れんばかりの恵みが注がれた言葉でしょうか。実は、これとよく似た言葉があるのです。先週のイースター礼拝で、私どもが聴いた御言葉です。マルコ福音書16章1節以下の御言葉です。
主イエスの墓を訪れた三人の女性たちに、主の御使いが甦られた主イエスの言葉を託されて語りました。
「さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』」。
元の言葉は、「さあ、行って、伝えなさい。弟子たちに、そしてペトロにも」。
文章の一番最後に、付け足しのように加えられた小さな言葉です。しかし、その小さな一言に、甦られた主イエスのペトロへの愛が込められています。
「そしてペトロにも」「私にまで」。響き合う言葉です。ペトロとパウロ。最初の教会の中心的な伝道者です。しかし、ペトロは主イエスの一番弟子でありながら、主イエスを裏切り、見捨て、逃げ去りました。「私は死んでもあなたに従います」と豪語しながらも、三度も主イエスを知らないと言い、主イエスを裏切り、見捨て、逃げ去りました。他方、パウロは神の教会の迫害者、キリスト者たちを片っ端から捕らえ、牢にぶち込む、教会の最大の敵でした。
教会の信仰告白では、甦られた主イエスはケファ、ペトロに現れたと、真っ先に登場しています。「そしてペトロにも、わたしが甦ったことを伝えてほしい」。文章の一番最後にある付け足しのような小さな言葉です。「そして最後に、月足らずで生まれたような私にまで現れました」。本来、現れるはずのない神の教会の迫害者である私にまで現れた。ただただ感謝しかない。
甦られた主イエスは、主イエスを裏切り、見捨て、逃げ去ったペトロにも現れ、むんずと掴まえて下さった。「あなたは私を愛するか」と三度訪ね、新しく作り替え、もう一度、弟子として召して下さった。甦られた主イエスは神の教会を迫害するパウロにまで現れ、むんずと掴まえ、キリストを伝える器として召して下さった。これは私どもにも起こる出来事です。「そしてペトロにも」「私にまで」。ここに私ども一人一人の名前を入れるのです。「そして勝にも」「勝にまで」。
②パウロは甦られた主イエスと出会うことにより、新しい存在として造り替えられました。「サウロ」から「パウロ」という名前に代わりました。「サウロ」という名は親が付けた名です。由緒ある名です。同じベニヤミン族出身の最初のイスラエルの王サウロのような立派な人になってほしい、との願いから付けられました。大きな名前です。しかし、甦られた主イエスと出会い、主イエスから付けられた名が「パウロ」です。「いと小さき者」という意味です。パウロも語っています。「使徒たちの中では最も小さな者」。最も小さな者が、甦られた主イエスにむんずと掴まれ、用いられるのです。ここに私が本当に私がある。私が本当にしたいことがあった。パウロは語ります。
「そして、私に与えられた神の恵みは無駄にならず、私は他の使徒たちの誰よりも多く働きました。しかし、働いたのは、私では無く、私と共にある神の恵みなのです」。
4.①東北大学でヨーロッパ政治思想史を教えておられた方に、宮田光雄さんがおられます。自宅を一麦寮として学生たちに住まわせ、様々な読書の手引きをし、学生伝道をして来られました。様々な本を書かれていますが、私が最も心惹かれた本は、『私の聖書物語』です。パウロと同じように、伝えられ、受け入れた教会の信仰告白、復活の証言を説き明かし、その後で、自らの信仰告白、甦られた主イエスとの出会いの物語を綴っています。
2年前から水曜日の祈祷会で、教会員に順番で証しをしてもらっています。そこでも伝えられ、受け入れた教会の信仰告白に立ちながら、甦られた主イエスは私にも現れて下さった、キリストとの出会いの物語、私の聖書物語を証ししています。
宮田光雄さんが初めて聖書と出会ったのは、敗戦の翌年の春、同志社大学の礼拝堂でした。宮田さんは旧制第三高等学校の学生でした。岩崎武雄さんの後援会に出席しました。岩崎武雄さんは中途の失明の苦悩の中で、聖書と出会い、甦られた主イエスと出会いました。盲人福祉のため献身的に働かれました。ヘレン・ケラーとの交遊もありました。講演題は「彷徨より信仰へ」、自らの回心の体験を語ったものでした。しかし、講演の内容は覚えていない。それよりも会場の隅々にまで響き渡ったパイプオルガンの音色の清冽さが、心の奥深くまで染み通って来た。戦争末期以来味わって来た暗い困窮の日々から予感だにされない、全く隔絶した<天なる世界>の実在感に体全体を貫く感動を覚えた。
戦争直後、食料事情が悪く、栄養補給のため食料休暇を与えられ、四国の田舎の郷里に帰省した。そこで山の中にある教会、川添徳治牧師と出会った。今日の土佐嶺南教会です。聖書を通し、甦られた主イエスと出会った。川添牧師は妻を亡くされ、一人暮らしをしていた老牧師であった。私生活を捨てて伝道に献身する姿に、強く引きつけられた。一つ屋根の下で寝食を共にし、聖書の手ほどきを受け、集まって来る子どもたちのために日曜学校を開き、夏期休暇には一週間に亘るサマースクールを計画し、お話や歌や遊びを共にした。子どもたちに児童文学を話して聞かせる喜びを知った。
時にはたくさんの宣教用のパンフレットや聖書・讃美歌をリックサックに詰めて、老牧師と遠近の家庭集会を回った。今から考えると、信じられない程大勢の方々が集会に押し寄せて来た。戦後のキリスト教ブームで、入れ替わり立ち替わり、まったく意外な顔ぶれが現れた。町の有力者、元町長、町会議員、革新的な青年たち、学校の先生など、多くの人々が教会の門を叩いた。
夏休みに、川添牧師と一緒に、四国の秘境と呼ばれる山奥の檮原村、竜馬脱藩の道に、一週間ばかり伝道に出かけた。福音が未到と言われた僻地の集落まで入って各地で集会を持った。リックサックを背負い、驟雨に打たれながら峠道を辿った。集落のお年寄りもたくさん集まって来て、聖書の話や進行の証しを一々頷いて静かに聞いてくれた。しかし、最後になってこう言われた。「今日はとてもよい話を聞くことができた、キリストの神様も立派な方だと思う。けれども、天照大神もいっそう立派だ」。唖然とさせられた。
1946年12月、郷里の小さな伝道所で洗礼を受けた。老牧師と共に伝道に歩き回る中で、甦られた主イエスと出会い、用いられる喜びを味わった。
②そして最後に、月足らずに生まれたような私にまで、甦られた主イエスは現れました。神の恵みのよって、今の私があるのです。今、あなたにも、甦られた主イエスが現れ、あなたをむんずと掴まえて、主のご用のために用いて下さるのです。あなたがあなたとして生きる道が拓かれるのです。
お祈りいたします。
「甦られた主イエスは人々に現れて下さいました。わたしは生きている、あなたと共に生きている。そのことを現して下さいました。最後に、月足らずに生まれたような私にまで現れたのです。甦られた主よ、どうか一人一人に出会って下さい。一人一人をむんずと掴んで下さい。主のご用のために用いて下さい。私が最も私らしく生きる道を拓いて下さい。
この祈り、私どもの主イエス・キリストの御名により、御前にお捧げいたします。アーメン」。
