top of page

「洗礼を受けるのに妨げがあるか」

イザヤ書 53章1~12節
使徒言行録 8章26~39節

「主日礼拝」

井ノ川 勝 牧師

2026年10月4日

00:00 / 36:15

2026.10.4. 「洗礼を受けるのに妨げがあるか」

      イザヤ53:1~12,使徒言行録8:26~39


1.①私ども一人一人は、人生という道を旅しています。人生の道の途上において、人との出会い、様々な出来事が起こります。私どもの人生の道を方向転換させる決定的な出来事が起こります。

 先月の9月、私が古希を迎えたということで、教会員の有志の方が誕生日のお祝いをして下さいました。改めて自分の人生の道を振り返る時が与えられました。私の人生において決定的なことは、小学6年から中学1年の8ヶ月間、入院生活を送ったことでした。そこで死と向き合いました。一緒に入院していた友の死を経験しました。病院の窓から眺める外の世界は、同年代の学生が生き生きと楽しそうに生活をしている空間でした。この世界から隔離された病院は、日々不条理な出来事が起こり、何故、何故と問いかけながら、涙が流される異質な空間でした。退院した後も、勉強にも、運動においても遅れを取り、同級生たちはずっと先を走っていました。何度も人生をやり直したいと、心が過去ばかりに向いていました。今を喜べず、将来への道は塞がれていました。

 そのような私が大学に入学し、教会へ導かれ、キリストと出会い、洗礼を受けた。これは私の人生の道において、決定的な出来事となりました。過去の意味が変えられ、今を生きる喜びが与えられ、将来へ向かう道が示されました。もし、キリストと出会わなかったら、洗礼を受けなかったら、今日の私はあり得ませんでした。

 しかし、この喜びの出来事は、私だけが経験したことではなく、ここにおられる教会員一人一人が味わっている出来事です。そして今、求道生活を送られている一人一人にも起こる出来事なのです。あなたもキリストと出会い、洗礼の恵みに与ってほしい。求道者一人一人を覚え、いつも祈っています。

 

②この朝、私どもが聴きました使徒言行録は、人生の道の途上で、キリストと出会い、洗礼へと導かれ、人生の方向転換をした一人一人の物語が語られています。その中でも、エチオピア人の宦官が洗礼へと導かれた物語は、大変印象深い物語です。私は伝道者として、いつもこの物語に立ち戻ります。ここに教会の伝道の原点があります。伝道の喜びがあります。それは一人の人間がキリストと出会い、洗礼へと導かれる。この出来事こそ教会全体の喜びだからです。

 私ども教会は、一人でもキリストと出会い、洗礼へ導かれるよう、様々な伝道計画を立てます。来週も秋の伝道礼拝を計画し、チラシを作成し、一人一人に手渡しました。多くの方が礼拝に出席し、御言葉に触れ、キリストと出会ってほしいと願っています。ところが、神の伝道計画は驚くべきものです。主の天使はフィリポに語りました。「ここをたって南に向かい、エルサレムからガザに下る道を行け」。そこは寂しい道である。私どもは人がいるところ、大勢いるところへ向かいます。ところが、主は人がいないところ、寂しいところへ行きなさいと命じられます。そこで神は救いの御業を起こされるのです。

 柏木教会の植村環牧師が、「そこは荒野なり」という題で、この御言葉を説教しています。心に響く説教です。「そこは寂しい道である」という言葉は、口語訳では、「そこは荒野なり」と訳されていました。荒れ野は人が住まい場所です。人の往来がほとんどない場所です。何か新しい出来事が起こりそうもない場所です。しかし、主は言われます。「行け。そこは荒野なり」。

 主に遣わされたフィリポは、主イエスの弟子ではありません。伝道者ではありません。最初の教会が選んだ執事です。信徒です。しかし、伝道は伝道者だけがするものではありません。信徒一人一人が「聖霊の道具」として、伝道のために用いられるのです。

 

2.①フィリポは主に命じられて、エルサレムからガザに下る道に行きました。そこは荒れ野でした。人の往来のない場所です。人の姿を見かけない場所です。しかし、その荒れ野で、寂しい道で、一人の人物と出会ったのです。エチオピアの女王カンダケの高官で、女王の全財産の管理をしていたエチオピア人の宦官でした。去勢の手術を受け、女王に仕えている。名前は記されていません。異邦人です。しかし、エルサレムに礼拝に来て、帰る途中でした。馬車に乗って預言者イザヤ書を朗読していました。馬車に揺られながら、声に出して聖書を読んでいた。

 その時、聖霊がフィリポに語りかけました。

「追いかけて、あの馬車に寄り添って行け」。

相手は馬車です。こちらは走者です。馬車に追いつけなければ、伝道できないのです。「馬車を追いかけよ、寄り添い、並走して、語りかけよ」。フィリポは息せき切りながら、追いかけて行き、走り寄り、並走し、はあはあ言いながらも語りかけるのです。この場面はとてもイメージ豊かです。私の好きな場面です。伝道は一人が一人と並走することです。

 フィリポが走り寄ると、エヒオピア人の宦官が預言者イザヤ書を朗読している声が聞こえました。フィリポは走りながら、息せき切りながら尋ねました。

「読んでいることがお分かりになりますか」。

宦官は答えます。

「手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう」。

聖書の御言葉は一人で読んでも分からない。手引きしてくれる人が必要である。聖書の道案内人が必要である。主の道へ導く道案内人が必要である。

 そこでフィリポは馬車に乗り込み、宦官の横に座ります。馬車に揺られながら、並んで座り、肩を寄せ合い、聖書の御言葉に共に聴きます。この場面も素敵な光景です。聖書と向き合う姿勢、聖書黙想の姿がここにあります。一人で聖書と向き合うのではなく、導き手と共に、複数の信仰の仲間と肩を並べて向き合うのです。

 神学校を卒業する時、北森嘉蔵先生から言われたことがあります。求道者の問いかけを軽んじるな。求道者は聖書の御言葉に触れて、様々な疑問を持つ。いろいろな問いかけをする。その問いかけの中に、真理がある。実は、問いかけの中に答えが半分、隠されている。その問いかけに対し、丁寧に分かりやすく答える。一人一人と向き合う。それこそが伝道にとって、最も大切なことである。

 毎週、礼拝前に、聖書入門講座が30分間行われています。求道者、教会学校の赤ちゃんを抱いたお母さん、教会員、様々な方が出席されています。いろいろな質問が出されます。思い掛けない質問もあります。それに一つ一つ答えることは、楽しいことです。

 

②エチオピア人の宦官が朗読していた聖書の御言葉は、イザヤ書53章でした。旧約聖書の一番中心の御言葉でした。「苦難の僕の歌」と呼ばれています。終わりの日に、苦難の僕が現れ、私たちに救いをもたらす。この僕は見るべき麗しさも輝きもない。皆から軽蔑され、見捨てられる。しかし、私たちの苦しみ、病、痛み、罪、咎を身代わりとなって負うて下さる。神の御心に従って生きられない私どもに代わって、屠り場に引かれる羊のように、口を開かず黙って、神の審きを受けられる。この僕の打たれた傷によって、私どもの罪の傷は癒される。

 宦官の疑問はただ一つです。

「どうぞ教えてください。預言者は、誰についてこう言っているのですか。自分についてですか。誰かほかの人についてですか」。

「苦難の僕」とは一体誰なのですか。預言者イザヤ自身のことか、それとも他の人のことか。エチオピア人の宦官は、異邦人として、宦官として、様々な差別を受け、苦しみを受けて来た。自分の痛み、苦しみを受け止めて下さる救い主を求めていた。神さまから遠く離れて生きている私も救われたいと願った。苦難の僕が来て、私の苦しみ、痛み、罪、咎を身代わりとなって負って下さる。この苦難の僕とは誰なのか。

 フィリピは口を開き、聖書のこの御言葉を説き明かされた。苦難の僕は口を開かず、黙っていた。しかし、フィリピは口を開き、苦難の僕に代わって、苦難の僕の正体を明らかにされた。この苦難の僕こそ、十字架に向かわれた主イエスである。主イエスは宦官のあなたのために十字架にかかり、死んで下さった。あなたに救いをもたらして下さった。

 使徒言行録を綴ったのは、ルカです。教会の伝道物語です。その第一部として、ルカ福音書を綴りました。主イエスの伝道物語です。その結びの場面が、今日の出来事と重なり合います。エマオへ向かう二人の弟子に、甦られた主イエスが近づき、共に道を歩いて下さる。道を歩きながら、聖書全体を説き明かされた。旧約聖書は、十字架にかかり、甦られた主イエスを証ししている。弟子たちの心はかっかと熱くなった。

 フィリピは甦られた主イエスと同じ業を行っています。共に肩を並べながら、御言葉を説き明かし、私どもの真ん中に、生ける主イエス・キリストが生きておられることを証ししている。将に、「聖霊の道具」として用いられているのです。

 

3.①フィリポと宦官は、馬車に揺られながら、肩を並べて共に御言葉に聴き、道を進んで行った。水のある所に来た。宦官は言います。「ここに水があります」。元の言葉は、「見よ、水を」。神の御業が行われる時に用いられます。「見よ」。「見よ、ここに神が水を備えて下さっておられる」。

「ここに水があります。洗礼を受けるのに、何か妨げがあるでしょうか」。

洗礼は私どもが掴み取るのではなく、神が備えて下さるものです。私どもがまだ決心できなくても、神が既に備えて下さっておられるのです。

「洗礼を受けるのに、何か妨げがあるでしょうか」。

私どもは洗礼を受ける妨げる理由をいろいろと上げます。礼拝に出席してまだ日が浅い。聖書が十分に理解できていない。まだ若すぎる。今は忙しい、暇になったら考えます。家の宗教の問題、位牌、お墓の問題が解決していない。しかし、妨げる理由は、時間が経っても解決されるとは限りません。先延ばしにすると、一生洗礼を受ける機会を逃してしまいます。洗礼は神さまが最もふさわしい時に、私のために備えて下さるのです。今が、その時なのです。

 「洗礼を受けるのに、何か妨げがあるでしょうか」。

この言葉は後に教会で、洗礼式の冒頭で語られる言葉となりました。今日で言えば、洗礼試問会です。洗礼志願者は長老会に出席して、信仰を言い表します。長老会はそこで、「洗礼を受けるのに、何か妨げがあるでしょうか」と宣言し、洗礼を授けることを許可します。そして礼拝において、洗礼を執行いたします。

 

②さて、ここで、注目してほしいことがあります。

「ここに水があります。洗礼を受けるのに、何か妨げがあるでしょうか」。この言葉の後に、☨の印があります。ここに次の御言葉が挿入されている写本があります。その写本は少ないので、後に教会が挿入したのではないかと言われています。その御言葉が、使徒言行録の終わりにあります。266頁。8章37節とある御言葉です。

「フィリポが、『真心から信じておられるなら、差し支えありません』と言うと、宦官は、『イエス・キリストは神の子であると信じます』と答えた」。

信仰問答です。後に教会では、洗礼志願者と教会の信仰問答となりました。聖書入門講座でも、永井春子先生が中高生の洗礼教育のために書かれた、『中高生のためのキリスト教教理・信仰問答』をテキストとしています。求道者が問い、教会が答える。教会が問い、求道者が教会の助けを借りて答える

 宦官は尋ねました。「ここに水があります。洗礼を受けるのに、妨げがあるでしょうか」。フィリポは言います。「真心から信じておられるなら、差し支えありません」。宦官は答えます。「イエス・キリストは神の子であると信じます」。「教会の信仰告白に、私もアーメンと信じます」。

 馬車を止め、フィリポと宦官は二人とも水の中に入って行き、フィリポは宦官に洗礼を授けました。二人が水の中から上がると、主の霊がフィリポを連れ去り、もはや姿を見ることは出来ませんでした。宦官は喜びに溢れて旅を続けました。元の言葉は、「喜びながら道を進んで行った」。ここにも「道」という言葉があります。エチオピアに帰る道です。旅には困難がつきまといます。しかし、一人の旅、孤独な旅ではありません。キリストと共に道を進んだ。キリストに導かれる新しい旅が始まった。洗礼は到達点ではありません。キリストと共に新しい道の歩みが始まるのです。新しい旅が始まるのです。

 8月に夏期伝道の山本愛神学生が、東京神学大学から遣わされました。夕礼拝で、この御言葉を説教されました。「ここに水があります」という題でした。説教を聴きながら、はっとさせられたことがありました。洗礼を受けた後も、馬車に揺られながら、宦官は聖書を朗読しながら、エチオピアを目指したに違いない。イザヤ書53章、54章、55章、56章と読み進んで行った。56章で自分のことが語られているのに驚いた。聖書は私のことを語っている。

56章3節以下です。

「主に連なる異国の子らは言ってはならない。『主はご自分の民から私を分け離す』と。宦官も言ってはならない、『見よ、私は枯れた木だ』と。主はこう言われる。宦官が私の安息日を守り、私が喜ぶことを選び、私の契約を固く守っているならば、消し去られることのないとこしえの名を与える。私の家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる」。

 異邦人も、宦官も、神の祈りの家に招かれ、共に主の名を呼ぶ者とされる。洗礼を受けて、共にキリストの者と呼ばれる。

 

4.①日本キリスト教団出版局が、『キリストと出会うー洗礼を受けるまで』という本を出版されています。作家、神父、政治家、俳優、一般の方、様々な方がキリストと出会い、洗礼へと導かれた証し集です。キリストの御手が、様々な時代に、様々な方々に伸ばされ、働かれ、洗礼へと導き、救いをもたらして下さった。一人一人に共通することは、聖書の手引きをしてくれる人と出会ったということです。

 その中に、作家の三浦綾子さんの夫で、三浦綾子さんの著作活動を傍らで支えた三浦光世さんの証しがあります。3歳の時に父と死別し、母は働きに出るために、私を祖父母の家に預けた。貧しい北海道の開拓農家で、畳一枚ない粗末な家であった。祖父も私が13歳の時に亡くなった。聖書を初めて開いたのはその頃であった。父が若い頃、洗礼を受けていたので、家には父の聖書があった。祖父を亡くし、すがるような思いで聖書を読んだが、よく分からなかった。

 再び、母と兄と生活するようになったが、生活は貧しかった。母はイギリスやアメリカから来ている婦人宣教師の家事手伝いをし、キリスト教の信仰を与えられた。貧しい中で、子どもたちの成長を日々祈っていた。

 1939年、8年間の小学校の学びを終えて、仕事に就いた。母は一冊の新約聖書を手渡し、読むようにと言った。毎日、聖書を読んだが、読んでもよく分からなかった。1940年、腎臓結核を発病、右腎臓の摘出手術を受けた。1944年、後遺症の膀胱結石が悪化した、戦後も食糧不足が影響し、激しい苦痛に呻吟した。しばしば長期欠勤も余儀なくされ、夜も6回も7回も小用に起きるようになった。尿道を釘抜きで捩(よじ)上げる痛みに、横臥して眠ることも出来なかった。余りの痛みに、正に苦しみまぎれに聖書を手に取って読んだ。やはりよく分からなかった。

その姿を兄に見つけられ、兄は言った。「おっ!お前聖書を読んでいるのか。しかし、一人ではわからんだろう。そうだ、誰か牧師に来てもらうことにしよう」。そんなことで、牧師が家に来て聖書を説き明かしてくれるようになった。使徒行伝に、エチオピアの役人が、フィリポの手引き受けて、聖書を読んだ出来事と重なり合った。こうしてキリストが父なる神と一体であられること、全人類に代わって十字架にかかられたことも信じられるようになり、病気は苦しいながらも教会に時々足を運ぶことが出来るようになり、受洗の日を迎えることが出来た。1949年11月13日。あの年は雪が早かった。兄は母を自転車の荷台に乗せ、楽々とペダルを踏んでいた。その後ろを私も自転車に乗って追いかけたが、雪道の6キロ余り、病を持つ私には辛かった。

この日、私は、兄と共に洗礼を受けることが出来た。教会は旭川聖公会。以来、52年、小さい信仰ながら今日に及んだ。もしキリストの赦しと救いを知らなかったなら、到底生きることは出来なかった。聖書を読まなかったなら、綾子の著作活動にも協力することは到底できなかった。聖書は実に不思議な書物で、読めば読むほど喜びが与えられ、希望が与えられる。将に、聖書が語るごとくである。

「あなたがたを襲った試練で、世の常でないものはありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えてくださいます」。

 聖書の御言葉は、私どもに、キリストと共に生きる新しい喜びの道を備えて下さるのです。

 

 お祈りいたします。

「苦しみ、痛み、病、罪、咎を抱え、うずくまる私どもです。どうか生けるキリストと出会わせて下さい。私どもが抱える全てを十字架で担われたキリストと出会わせて下さい。洗礼をへと導き、キリストと一つにさせて下さい。キリストと共に生きる新しい喜びの道を備えて下さい。

 この祈り、私どもの主イエス・キリストの御名により、御前にお捧げいたします。アーメン」。

石川県金沢市柿木畠5番2号

TEL 076-221-5396 FAX 076-263-3951

© 日本基督教団 金沢教会

bottom of page