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「無理に主イエスの十字架を負わされ」

詩編22:7~20
マルコ15:21~32

主日礼拝

牧師 井ノ川勝

2024年2月25日

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1.①昨年、出版された本の中で、特に印象に残った一冊は、最相葉月さんの『証しー日本のキリスト者』という大部の書物です。説教の中で、何度も紹介しましたので、教会員の皆さんの中で、「私も読みました」と感想を述べて下さった方が何人もいました。様々な教派の教会に生きるキリスト者の信仰の証しです。一人一人が様々な仕方で、主イエス・キリストと出会った物語が綴られています。現代、日本において、何故、洗礼を受け、キリスト者として生きるのか。そのことを追求した意欲作です。しかも作者の最相葉月さんは、キリスト者ではありません。出版社もキリスト教の出版社ではなく、一般の出版社です。そのことも興味深く思いました。

 この『証し』という書物に触発されまして、昨年より第一水曜日の祈祷会で、教会員に信仰の証しの時を持っています。私がどのようにして教会に導かれ、主イエス・キリストと出会い、洗礼を受け、教会生活をしているのか。私の信仰の物語を、自分の言葉で言い表してみることは、信仰においてとてお大切なことだと思います。執事から始めまして、3月より教会学校教師、地区委員の信仰の証しとなります。教会員の多くの方に自らの信仰の証しを語っていただきたいと願っています。一人一人の信仰の証しを聞いて思うことがあります。一人一人が実に、様々な仕方で、教会に導かれ、主イエス・キリストと出会い、教会生活をされているということです。誰一人として同じ信仰への道はありません。神さまは一人一人を、最もふさわしい時に、ふさわしい場所で、捕らえて下さったのだと思いました。神さまの不思議な御業をほめたたえずにはおれないのです。

 先週の月曜日、葬儀が行われました。クリスマスに転入会されました石井洋子さんの父君・小倉五郎さんの葬儀を行いました。死は私どもにとって人生最後の場面です。しかし、人生最後の場面で、娘さんの執り成しの信仰によって、父君が主イエス・キリストと出会い、教会で葬儀を行いました。洋子さんがクリスマスに転入会されなければ、私は父君と出会うこともなかったし、小倉五郎の人生の歩みを思い巡らすこともありませんでした。ここにも神さまの不思議な導きを感ぜずにはおれないのです。神さまは不思議な仕方で、私どもを主イエス・キリストと出会わせて下さるのです。

 

②今、私どもは受難節の歩みをしています。十字架の道を歩まれた主イエス・キリストの御苦しみの意味を尋ね求めながら、私どもも主イエスの御足の跡を、一足一足踏み従って行く大切な季節を歩んでいます。主イエスの地上の歩みを綴りました福音書には、実に様々な人物が登場します。一人一人が様々な仕方で、主イエス・キリストと出会い、主イエスに従って行く信仰の物語が綴られています。その中で、誠に特異な仕方で、主イエスと出会った人物がいました。キレネ人シモンです。恐らくこのような仕方で、主イエスと出会うということは、後にも先にもキレネ人シモンだけであったと言えます。たまたまそこに居合わせたところで、主イエスが担いでいた十字架を、無理矢理担がされた。そして主イエスの十字架を、ゴルゴタの丘まで担いで行かなければならなかったのです。一体、このような特異な出来事は、どのような場面で、どのようにして起きたのでしょうか。キレネ人シモンに起きた出来事は、マタイ、マルコ、ルカ、それぞれの福音書に書き留められています。しかし取り分け、今朝私どもが聴きましたマルコ福音書は、丁寧に綴っています。

 シモンはキレネ出身のユダヤ人でした。ユダヤ人にはシモンという名前が多くありますので、キレネ人シモン、キレネ出身のシモンと呼ばれていました。キレネはアフリカ北部の地方、町です。今日のリビアに当たります。そこには迫害でユダヤ人の多くが故郷を離散して、移り住んでいました。シモンもその一人でした。ユダヤ人は離散していても、自分たちにとって大切なお祭は、故郷エルサレムに帰ってお祝いしました。春の季節に捧げられるお祭りに、過越の祭があります。自分たちの先祖がエジプトで奴隷であったが、神の力強い導きによって、エジプトから脱出することが出来た。出エジプトの出来事を記念する大切な祭でした。シモンも過越の祭を祝うために、故郷エルサレムへ帰っていました。

 しかしまた、このように語られています。

「そこへ、シモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので」。

キレネ人シモンは「田舎」から出て来たとあります。エルサレムの郊外です。元の言葉は「畑」という意味なのです。ということは、シモンはキレネから既にエルサレムに帰って来て、エルサレムの郊外に畑を得て、そこで農夫として働いていた。過越の祭となったので、農作業を休んで、エルサレムへやって来たとも考えられます。

 

2.①エルサレムの町は過越の祭を祝うユダヤ人で溢れていました。その人垣をかき分けるようにして、主イエスが十字架を担いで、ゴルゴダの丘へ向かって歩いておられた。多くの人々がその場面を見物していました。そこにたまたま居合わせたのが、シモンであったのです。

 ところが、主イエスは夜通し、裁判を受け、疲れ切っておられました。重い十字架を担いだまま、立ち往生してしまった。そこでローマの兵士が、シモンに目と留めた。シモンは北アフリカ育ちで、今は農夫をしている。日焼けもして、体も頑丈な体をしていたのかもしれません。ローマの兵士はシモンに目を留めたのでしょう。そしてシモンに向かって語りかけた。「おい、そこの青年、君がイエスに代わって、十字架を担ぎなさい」。シモンに主イエスの十字架を無理矢理担がせたのです。

シモンはたまたまそこに居合わせただけです。偶然にもそこにいただけです。これまで主イエスと会ったこともありませんでした。シモンにとって、主イエスは全く知らない存在で、自分とは関係ない存在でした。そんな男の十字架を無理矢理担がされる。シモンにとって、いい迷惑です。「何故、おれがこんな男の十字架を担がなければならないのか」。シモンの心の中は、怒りに溢れたことでしょう。しかも十字架は死刑の道具です。ローマ帝国の極刑の道具です。ユダヤ人にとって十字架は、神から呪われたしるし、神から見捨てられたしるしでした。主イエスに代わって十字架を担ぐということは、自分も神から呪われてしまう恐れがあることです。将に、縁起でもないことが突然、わが身に降りかかった。「何て、俺は運が悪いのだろう。あの時、もう少し時間をずらせていれば。もう少し立つ場所を変えていれば、こんな災難に遭うこともなかったのに」。シモンはぶつぶつ文句を言いながら、後悔しながら、前を歩かれる主イエスを見つつ、主イエスの十字架を担いで一足一足歩いていたと思われます。

 

②マルコ福音書はキレネ人シモンのことを、とても丁寧に紹介しています。

「アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人」。

アレクサンドロとルフォスはシモンの息子です。何故、わざわざ息子の名前を記したのでしょうか。それはマルコ福音書を生み出した教会に、シモンの息子アレクサンドロ、ルフォスがいたからです。無理矢理主イエスの十字架を担がされたシモンの話をすると、「ああ、それは、アレクサンドロとルフォスのお父さんのシモンの話ね」。教会員は皆、喜んでこの話を聞いたのです。私どもも金沢教会の歴史を紐解いて行きますと、信仰の先達の証しに出会います。「ああ、これは~さんのお父さんの話ね。ああ、これは~さんのお母さんのことね」。遠い昔の出来事が、親しい教会員の信仰の先達の話になると、身近な出来事になって来ます。私の信仰の出来事になります。

 伝道者パウロがローマの教会の信徒に宛てた手紙の結びの16章で、ローマの教会員の誰々さんに宜しくと、一人一人に挨拶をしています。その16章13節にこのように語られています。新約297頁。

「主に結ばれている選ばれた者ルフォス、およびその母によろしく。彼女はわたしにとっても母なのです」。

ここに名が記されているルフォスこそ、シモンの息子です。また、ルフォスの母のことも記されています。シモンの妻です。残念ながらその名は記されていません。ということは、シモンとその妻、息子たちは、後に、洗礼を受けて、キリスト者となり、ローマの教会に生きた家族であったということです。

 しかも、伝道者パウロは、シモンの妻を、ルフォスの母を、「彼女はわたしにとっても母なのです」と呼んでいます。過酷な伝道の戦いの日々を送っていた伝道者パウロにとって、シモンの妻は、「私にとっての母なのだ」。シモンの妻は教会の母、教会のお母ちゃんであった。いずれの教会でも、「教会の母」「教会のお母ちゃん」という存在はいます。私の信仰の悩みを受け止めてくれる存在。抱えきれない重荷に押し潰されそうな私を包み込んで下さる存在。その方の存在、笑顔が、いつも私の支えとなっている。教会の母、教会のお母ちゃんという存在は大切な存在です。シモンの妻は、伝道者パウロにとっても、ローマの教会の教会員にとっても、教会の母、教会のお母ちゃんという存在であったのです。シモンの妻の名は記されていませんが、その信仰と人柄が想い起こされます。

 もう一つ、心に留めたい御言葉があります。使徒言行録11章19~20節です。新約235頁。

「ステファノの事件をきっかけにして起こった迫害のために散らされた人々は、フェニキア、キプロス、アンティオキアまで行ったが、ユダヤ人以外のだれも御言葉を語らなかった。しかし、彼らの中にキプロス島やキレネから来た者がいて、アンティオキアへ行き、ギリシャ語を話す人々にも語りかけ、主イエスについて福音を告げ知らせた」。

ここに、キレネから来た者がいて、主イエスについて福音を告げ知らせたとあります。この「キレネから来た者」の一人が、シモンであったと推測することも出来ます。ということは、シモンは後に、洗礼を受けてキリスト者になったばかりか、主イエスを証しする福音を告げる伝道者になったと受け留めることが出来ます。神さまの御業の不思議さを感じます。

 

3.①たまたまそこに居合わせたばかりに、無理矢理主イエスの十字架を担がされたシモン。神から呪われた死刑の道具を無理矢理担がされて、主イエスの後から歩いて、ゴルゴダの丘へ運ばされた。主イエスはゴルゴダの丘で、十字架につけられた。金曜日の午前9時のことです。その日の午後3時、全地は真っ暗になり、主イエスは十字架の上で、大声で叫ばれた。

「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」。

シモンは主イエスの十字架の場面を見ていたのでしょうか。或いは、十字架上の主イエスの大声の叫びは、シモンにも聞こえたかもしれません。シモンは思ったでしょう。「ああ、やっぱり、あの男は神に呪われて死んだのだ」。「あの男が担がなければならない十字架を、無理矢理担がされて、私まで神に呪われてしまうかもしれない。とんだ災難を受けてしまった」。思い出す度に、シモンは震え、暗い思いに包まれたと思います。自分の人生から消し去りたい出来事でした。あの出来事が起こる前から、もう一度人生を歩み直したいと後悔ばかりしていたと思います。

 ところが3日後、日曜日の朝、驚くべきことが起こりました。十字架につけられ、絶望の叫びを上げて息を引き取られ、墓に葬られた主イエスが甦られた。墓を訪れた婦人たち、弟子たち、ペトロに現れた。「主イエスは甦られ、生きておられる」。その知らせがシモンにも飛び込んだ。シモンは震えました。もしかしたら、甦られた主イエス・キリストは、シモンにも現れたかもしれません。

「シモン、あの時、わたしが担ぐべき十字架を、あなたが担いでくれたね。重い十字架をゴルゴタの丘まで運んでくれたね。シモン、ありがとう」。

無理矢理主イエスの十字架を担ぎ、それを忌まわしい出来事だと思っていたシモンが、何故、洗礼を受けキリスト者となり、教会に連なって生きる者とされた。更に、伝道者として召され、キリストの福音を伝えるようになったのか。甦られた主イエス・キリストが、シモンに出会って下さったとしか言いようがありません。シモンは訪れる教会で、出会う一人一人に、繰り返し繰り返し語ったと思います。しかも喜び溢れて語ったに違いありません。

「私はね、無理矢理主イエスの十字架を担がされて、主イエスの後から歩きながら、ゴルゴダの丘まで主イエスの十字架を運んだのだよ。初めは忌まわしい出来事だと思っていた。しかし、これ程、主から与えられた光栄な務めはない」。シモンの信仰の証しの言葉です。そしてシモンは更に語ったことでしょう。

「しかし、私が経験したことは、私だけに起きた特異な出来事ではない。あなたにも起こる出来事なのだ。キリスト者ならば、誰にも起こる出来事なのだよ」。そしてシモンは、主イエスが弟子たちに語られたこの御言葉を語ったのではないでしょうか。主イエスが初めて、弟子たちに、わたしは様々な苦しみを受け、十字架の道を歩む救い主なのだと告白した場面です。8章34節。

「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」。

「自分の十字架を背負って」、この言葉は、「イエスの十字架を無理に担がせた」と同じ言葉です。主イエスが十字架へ向かう道には、この御言葉を聞いた主イエスの弟子たちは一人もいませんでした。「私はあなたと共に死んでまで、自分の十字架を背負って、あなたに従います」と力強く誓ったシモン・ペトロの姿も、十字架へ向かう道にはありませんでした。十字架へ向かう道を歩まれた主イエスの後ろには、無理矢理主イエスの十字架を担がされたシモンの姿だけでした。そこに、主イエスが語られた「自分を捨て、自分の十字架を背負って、主イエスに従う」弟子の姿があったのです。

②無理矢理主イエスの十字架を担がされ。これを「強いられた恩寵」「強いられた恵み」と言い表すようになりました。「わたしに従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」。主イエスに従うことは、喜びです。しかし同時に、苦しみを伴うことでもあります。伝道者パウロが、フィリピの教会の信徒へ宛てた手紙で、こう語りました。1章29節。

「あなたがたは、キリストを信じることだけではなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです」。

 本日礼拝後、教会総会が開催されます。総会で選挙で、思いがけず長老に選ばれる。執事に選ばれる。あるいは教会学校の教師に選ばれる。伝道委員会、地区委員会の委員に選ばれる。「何故、この私が。私にはそのような重い責任を担うことなど出来ない」。誰もがそう思います。洗礼を受けていなければ、キリスト者になって教会生活をしていなければ、味わうことのない苦しみがあります。「何故、教会に来てまで、こんな苦しみを味わわなければならないの」。教会に生きるが故の苦しみを経験します。しかし、全ては強いられた恵みです。全てがキリストのために苦しむことです。そこに恵みがあるのです。キリストのために苦しむ、こんな光栄なことはありません。

 今日の御言葉で、繰り返し強調されていることがあります。

「それから、兵士たちはイエスを十字架につけた」。「イエスを十字架につけたのは、午前9時であった」。

 「主イエスは十字架につけられた」。この御言葉が強調されています。この場面に登場するのは、ローマの兵士、通りかかったユダヤの人々、信仰の指導者である祭司長たち、律法学者たち、そして主イエスと共に十字架につけられた二人の強盗です。身分も、仕事も全く違う人々です。しかし、皆同じ言葉を主イエスにぶつけて、嘲っています。

「他人を救ったのに、自分を救えない。今すぐ十字架から降りて自分を救ってみろ。それを見たら、信じてやろう」。

 しかし、主イエスは十字架から降りて来られませんでした。十字架の上に留まり続けたのです。最後まで、十字架を担い続けられたのは、主イエスただお一人です。シモンはその一端を僅かに、主イエスの十字架を担いだに過ぎないのです。言い換えれば、シモンが担いだ主イエスの十字架は、実は、十字架の主イエスに担われていたのです。それ故、主イエスは語られるのです。

「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。わたしが休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである」(マタイ11・28~30)。

 

4.①今日の御言葉を読まれて、「あれ」と思われた方がいるかもしれません。27節と29節の間に、十字の印があって、28節の御言葉がないことです。28節はマルコ福音書の巻末にあります。98頁下の段の最後です。そこに15章28節の御言葉が記されています。聖書は原本が見つかっていません。しかし、沢山の写本があります。その写本に28節の御言葉が書かれているものがあれば、書かれていないものもあります。写本をしている方が、思わず書き加えた御言葉かもしれません。しかし、とても大切な御言葉です。

「こうして、『その人は犯罪人の一人に数えられた』という聖書の言葉が実現した」。

 イザヤ書53章の「苦難の僕の歌」の結びの言葉です。主イエスは十字架の上で、御言葉を歌われていた。その一つが詩編22編です。十字架の主イエスを指し示す御言葉です。冒頭にこの御言葉があるからです。

「わたしの神よ、わたしの神よ、なぜわたしをお見捨てになるのか」。

 もう一つはイザヤ書53章「苦難の僕の歌」です。やはり、十字架の主イエスを指し示す御言葉です。旧約1149頁。4節以下。

「彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに、わたしたちは思っていた。

神の手にかかり、打たれたから、彼は苦しんでいるのだ、と。

彼が刺し貫かれたのは、わたしたちの背きのためであり、

 彼が打ち砕かれたのは、わたしたちの咎のためであった。

 彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられ、

 彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた」。

 そして11節。

「わたしの僕は、多くの人が正しい者とされるために、彼らの罪を自ら負った。・・彼が自らをなげうち、死んで、罪人のひとりに数えられたからだ。多くの人の過ちを担い、背いた者のために執り成しをしたのは、この人であった」。

 十字架の主イエスは自分を救うためではなく、私どもを救うために、私たちの病、痛み、悲しみ、苦しみ、背き、咎、罪を、私どもの身代わりとなって担い、負って下さった。私どもの同じ罪人の一人となって下さった。私ども罪人の仲間となって下さった。それ故、私どもは救われた。私どもが担う主イエスのための苦しみは、十字架の主によって担われているのです。それ故、私どもは強いられた恵みに、喜んで生き、自分の十字架を背負って、主イエスに従うのです。

 

 お祈りいたします。

「キリスト者となって、主イエスに従う時に、自分の十字架を背負います。しかし、私どもには余りにも重く、背負い切れません。何故、私だけがこのような重荷を背負わなければならないのかと、呟きます。何故、私だけが強いられた重荷を背負わなければならないのかと、嘆いてしまいます。しかし、十字架の主イエスが私どもの全てを担って下さるのです。だから、あなたは担うことが出来ると語りかけて下さるのです。強いられた恵みに生きなさいと呼びかけて下さるのです。私一人が自分の十字架を背負って、主イエスに従うのではありません。信仰の仲間が共に担い合って下さるから、主イエスに従うことが出来ます。主よ、私ども一人一人を御手をもって導いて下さい。

 この祈り、私どもの主イエス・キリストの御名により、御前にお捧げいたします。アーメン」。

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