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「荒れ野の旅を導くもの」

出エジプト記 16章11~35節
ヨハネによる福音書 6章48~51節

主日礼拝

井ノ川 勝 牧師

2025年11月9日

00:00 / 38:06

1.①聖書は、私どもの人生、信仰の歩みを旅として描いています。その最たる旅は、奴隷の家エジプトを脱出した神の民が、神さまから示された約束の地を目指す「荒れ野の40年の旅」です。荒れ野という何もない殺伐とした中を、しかも40年という実に長い期間、旅を続ける。旧約聖書は、40年の荒れ野の旅の物語を、とても丁寧に描いています。出エジプト記、民数記、申命記の3つの文書を通して描かれています。そこことを通して、私どもの人生の旅、信仰生活の旅と重ね合わせているのです。私どもの地上の旅も、荒れ野であるのです。荒れ野であるということは、そこには様々な試練と誘惑が満ちているということです。荒れ野の旅を通して私どもに問われていることがあります。荒れ野の旅を導いておられるのは、誰なのか。誰が荒れ野の旅を導いておられるのか。

 私どもの荒れ野の旅において、大切なことは、私一人で旅をしているのではないことです。孤独な旅ではないのです。信仰の仲間と共にする旅です。歩調を合わせて歩む旅です。神の民の旅です。様々な試練や誘惑に直面した時、共に祈り合い、助け合いながら歩み続けるのです。そして何よりも大切なことは、私どもの荒れ野の旅を導かれるのは、主なる神であられることです。主イエス・キリストが私どもの先頭に立って、導かれるのです。

 

エジプトから脱出した神の民は、奴隷から解放されました。自由が与えられ、喜び勇んで荒れ野へと導かれました。ところが、毎日、歩いても歩いても、荒れ野です。殺伐とした光景です。川が流れていない。豊かな実を成らせた緑豊かな木々が繁っていない。飲む水がない。食べる物がない。神の民が最初の直面した試練は、飲食の問題でした。私どもが生きる上で、欠くことの出来ない問題です。

 神の民の不満が爆発しました。指導者であるモーセとアロンに向かって、不平をぶつけました。ここには「不平」という言葉が、実に8回も用いられています。「不平」という言葉は、以前の口語訳では「つぶやく」と訳されていました。私はこちらの訳に心惹かれます。「つぶやく」という言葉は、擬音語から生まれます。言葉にならない音から生まれた言葉です。ぶつぶととつぶやく。相手には言葉として伝わらない。音として伝わるだけです。それ故、何を言っているのか分からない。振り返って見れば、私どもの日々の生活、信仰生活でも、よくつぶやいています。自分の思いどおりに行かない。何故、こんなことになってしまったのか、つぶやきます。教会がつぶやきで満ち溢れてしまったら、これは大変なことです。

 私どもは何故、日々つぶやくのでしょうか。神がここに生きておられることを信じようとしないからです。生ける神が生きて働かれることを信じ、信頼し、委ねようとしないからです。つぶやきは不信仰と疑いから生まれます。

荒れ野の40年の神の民の旅は、つぶやきの旅であったのです。神に向かってつぶやき、神の不平不満をぶつける反抗の旅であったのです。

何故、神は神の民を荒れ野へ導き、しかも40年の荒れ野の旅をさせたのでしょうか。神の民の信仰を試すためであったと、神は語られています。それは言い換えれば、荒れ野の旅を導くのは、あなたがたではなく、主なる神なのだということを知らせるためであったのです。つぶやきに満ちた私どもの人生の旅、信仰の旅を導いているのは、私どもではない。神なのだということを知った時に、私どもの人生の旅、信仰の旅の意味が変えられるのです。

 

2.①神の民は、指導者であるモーセとアロンに、不平不満をぶつけました。

「私たちはエジプトの地で主の手にかかって死んでいればよかった。あのときは肉の鍋の前に座り、パンを満ち足りるまで食べていたのに、あなたがたは私たちをこの荒れ野に導き出して、この全会衆を飢えで死なせようとしています」。

 面白いつぶやきです。率直な不満です。エジプトにいた時には、毎日、重労働を強いられる奴隷であった。自由が全くなかった。それ故、神に向かってつぶやいたのです。「主よ、自由を与えて下さい。奴隷から解放して下さい」。しかし今や、その願いが叶えられ、荒れ野へ導かれた。自由と解放の喜びが与えられた。ところが直ぐに、新たなつぶやきが生まれます。荒れ野には食べるものがない。「ああ、エジプトの方がよかった。毎日、肉の鍋の前に座り、肉とパンをたらふく食べることが出来た。きゅうりもすいかも、葱も玉葱もにんにくもあった。神は私どもを荒れ野へ導き、飢え死にさせようとしている」。

 モーセとアロンへのつぶやきは、神への不平不満でもあります。しかし、神は神の民のつぶやき、不平不満を、耳を閉ざし、退りぞけることはなさいません。神に対して、一切つぶやくな、不平不満を語るなとは言われません。むしろ神は神の民のつぶやき、不平不満を聞いて、受け止められるのです。神はモーセに語られました。

「今、あなたがたのためにパンを天から降らせる」。

神は日々、天からパンを降らせ、神の民を養われる。しかし、一日分だけのパンを集めるのです。そこで信仰が試されるからです。神の言葉を信じ、信頼しなければ、天から降って来たパンを一日分だけ集めることは出来ません。神の言葉を信頼しなければ、もしかしたら明日、天からパンが降らないかもしれないと疑います。二日分集めます。集められるだけ集めようとします。しかし、二日分集めたパンは腐ってしまった。一日分集めた者は、多く集めた者も余ることがなく、少ない集めた者も足りないことはなかった。皆、満ち足りた。

 神は日毎に、その日に必要なパンで養って下さる。今日、天からパンを降らせ、養って下さった神は、明日もまた必ず天からパンを降らせ、養って下さる。このような神への信仰が試されたのです。主イエスが日々、祈りなさいと教えられた「主の祈り」の中に、この祈りがあります。

「日毎の糧を今日もお与え下さい」。

荒れ野で天からパンを降らせる神への信仰から生まれた祈りです。また、主イエスは「山上の説教」で、こう語られました。

「明日のことを思い煩うな。明日のことは明日自らが思い煩う。その日の労苦は、その日だけで十分である」。「空の鳥を見なさい。野の花を見なさい。天の父はその日に必要なもので養っておられる。まして、あなたがたはなおさらのことではないか」。

 この御言葉も、荒れ野で天からパンを降らせる神への信仰と響き合っています。

 

夕方になると、うずらがやって来て宿営を覆い、朝になると、宿営の周りに露が降りました。降りた露が上がると、荒れ野の地表に薄く細かいものが、地の上の霜のようにうっすら積もっていました。神の民はそれを見て叫びました。「これは何だろう」。元の言葉は、「マンフー」。驚きの言葉です。モーセは答えました。

「これは、主があなたがたに食物として与えられたパンである」。

神が天から降らせたパンを、「マナ」と呼びました。「マンフー」という驚きの言葉から生まれた名前です。神が天から降らせたマナと呼ぶようになりました。幼児が食べるお菓子にマンナがあります。その箱に、この言葉は出エジプト記16章の、天から降って来たマナから採られたと記されています。

 神は日々、天からパンを降らせ養って下さる。それはこの神の言葉を信じる信仰と一つです。日毎のパンで養う神は、日毎の御言葉で養う神と一つです。それ故、箴言30章7~9節でこう語られます。口語訳です。

「わたしは二つのことをあなたに求めます。わたしの死なないうちに、これをかなえてください。うそ、偽りをわたしから遠ざけ、貧しくもなく、また富みもせず、ただなくてならぬ食物でわたしを養ってください。飽き足りて、あなたを知らないといい、『主とはだれか』と言うことのないため、また貧しくて盗みをし、わたしの神の名を汚すことのないためです」。

強調されているのは、この御言葉です。「なくてならぬ食物でわたしを養って下さい」。

 主イエス御自身も、荒れ野で40日間、断食をし、悪魔から誘惑を受けた時、こう語られました。

「人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言葉によって生きる」。

主イエスは日毎に、パンによって養われることを重んじておられます。しかしそれ以上に、日毎に、神の御言葉によって養われ生かされることを重んじておられます。日毎のパンを求めることと、日毎に神の御言葉を聴く信仰とは一つのことなのです。

 

3.①さて、出エジプト記16章の、神は天からパンを降らせて、神の民を養われた出来事の中で、特に注目すべき言葉があります。「安息日」です。実に5回も用いられています。しかも「主の安息日」「主の聖なる安息日」と、丁寧に語られています。主がお与えになられた安息日という意味です。更に言えば、創世記1章、2章で、神は6日間で天地万物を創造された。そして7日目に、全ての創造の業を終えて、休まれた。神は第7の日を祝福し、聖別された。神に祝福され、聖別された安息日という意味でもあります。旧約聖書の中で「安息日」という言葉が最初に用いられたのは、この箇所が初めてです。それだけに重要なのです。

 神は神の民に語られました。日毎に、天からパンを降らす。一日分だけのパンを集めなさい。但し、6日目は二日分のパンを集めなさい。7日目が安息日だからです。

 神の民は6日間、荒れ野の旅を続けました。7日目は、天幕を張り、安息日を祝いました。神の天地創造の御業を想い起こし、神を礼拝しました。同時に、荒れ野の旅を導かれるのは神である。神は日毎に天からパンを降らせ、養って下さる。そのことを心に刻み、神を礼拝しました。7日目に安息日がある。神を礼拝する日がある。それが40年間、殺伐とした荒れ野の旅を続ける神の民の生活のリズムとなりました。この生活のリズムがなければ、神の民を荒れ野で旅を導く神を見失い、荒れ野で滅んでいたことでしょう。荒れ野の40年の旅から生まれた信仰こそ、「安息日」の信仰だったのです。これは大切なことです。

 この後20章で、神の民はシナイ山の麓に辿り着きます。モーセは神の民を代表し、シナイ山に登り、神から石の板二枚に記された「十戒」を受け取ります。「十戒」の第4戒に、「安息日」の戒めがあります。

「安息日を覚えて、これを聖別しなさい」。

ここで注意してほしいことがあります。安息日の戒めが先にあったのではありません。荒れ野の旅という生活の中から、安息日のリズム、生活が生まれ、それが安息日の戒めとなったということです。その順序がとても大切です。

 神の民はエジプトを脱出し、真っ二つに引き裂かれた海の中に出来た道を通り、荒れ野へと導かれました。その時、「海の歌」(15章)を歌いました。最も古い讃美歌です。安息日、主を礼拝し、この讃美歌を歌い、また6日間の荒れ野の旅でも、この讃美歌を歌いながら旅をしたことでしょう。安息日で歌った讃美歌が、平日の荒れ野の旅のリズムとなったのです。自分たちの腹から生まれるのは、つぶやき、不平です。しかし、主は唇に、主を賛美する言葉を授けて下さったのです。

 

出エジプト記16章の御言葉と響き合う御言葉が、ヨハネ福音書6章の主イエスの御言葉です。明らかに、主イエスは、荒れ野の40年の神の民の旅の出来事と、主イエスと弟子たちとの旅を重ね合わせながら語られています。ここでも主イエスは語られています。

「つぶやき合うのはやめなさい」。

主イエスに従う弟子たちの中で、日々つぶやいていた者がいたからです。つぶやき、不平は、神がここに生きておられることを見失うことから生まれます。神が生きて働かれているにもかかわらず、信じ、信頼し、委ねることが出来ない。その不信仰と疑いから生まれます。人に対してつぶやいているようで、実は私どもは神に対してつぶやき、不平不満を言っているのです。そのような弟子たち、私たちに向かって、主イエスは語られました。

「私は命のパンである。あなたがたの先祖は荒れ野でマナを食べたが、死んでしまった。しかし、これは、天から降って来たパンであり、これを食べる者は死なない。私は、天から降って来た生けるパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。私が与えるパンは、世を生かすために与える私の肉である」。

 驚くべき言葉です。あなたがたの先祖は荒れ野でマナを食べたが、死んでしまった。しかし、私は天から降って来た命のパンである。私を食べる者は死なない。永遠に生きる。主イエスは天から降って来た命のパンである。その命のパンとは、主イエスが語られる御言葉です。主イエスが十字架で御自分の命を注がれ、死に打ち勝った命。聖餐のパンとぶどう汁を表しています。主イエスの御言葉、主イエスのいのち・聖餐を食べる者は、死なない。永遠に生きる。死を超えた命が約束されているのです。

 先週は、逝去者記念礼拝でした。午後は大前の中、野田山の教会墓地で、墓前祈祷会、11名の方の納骨が行われました。墓碑に刻まれた一人一人のお名前を心に刻みながら思いました。私どもの信仰の先達は、主イエス・キリストの御言葉をただ聴いただけではない。読んだだけではない。主イエス・キリストの御言葉を食べて生きたのです。キリストのいのち・聖餐を食べて生きたのです。キリストのいのちを食べた者は死なない。滅びない。永遠の命に生きるのです。死に打ち勝たれたキリストのいのちの中に入れられるのです。大雨であっても、風雪にあっても、この信仰は消えないのです。

 

4.①ここでもう一つ注目したい主イエスの言葉があります。43、44節です。

「つぶやき合うのはやめなさい。私をお遣わしになった父が引き寄せてくださらなければ、誰も私のもとに来ることはできない。私はその人を終わりの日に復活させる」。

 私をお遣わしになった父が引き寄せてくださる」。

ヨハネ福音書が好んで用いる言葉です。「引き寄せる」。この言葉は、大地にしっかりと根を下ろした野菜を、皆で力を合わせて引き上げるという意味です。私どもの信仰の根っこ、命の根っこは、つぶやき、不信仰、疑いの中にしっかりと根を張っているのです。ちょっとやそこらの力では、引き抜けないのです。しかし、主イエスは御自分の命を全て注いで、私どもをつぶやき、不信仰、疑いの中にしっかりと根を張った私どもを引き上げ、引き寄せて下さるのです。父なる神の懐に引き上げ、引き寄せて下さるのです。父なる神の懐の中で、終わりの日の復活を待ち望みながら、眠りに就いているのです。

 

11月を迎えました。もうすぐ救い主の到来、アドベントを迎えます。この季節を迎え、一年前のことを想い起こしています。若草教会の牧師として親しく交わり、富山二番町の牧師であった勇文人牧師が60代半ばで急逝され、葬儀に出席したことです。膵臓癌の診断を受け、後数ヶ月の命との診断を受け、治療に入った矢先、急逝されました。余りのも突然のことで、言葉を失いました。大切な伝道者の同志を喪った悲しみに心沈みました。

 入院した時、伴侶に言ったそうです。伝道礼拝の準備をするために、聖書と讃美歌、それに近藤勝彦先生の説教集『中断される人生』を持って来てほしい。説教集の題名にもなった説教は、私が神学校に入学した9月に、神学校の礼拝で語られた説教です。

 私の父は48歳で死んだ。私の妻の父は46歳で死んでいる。二人とも、人生の佳境に入り、仕事を完成に向け、果たすべき責任を果たして行こうという時に、突然、命を絶たれた。それは中断された人生であった。実は、私ども一人一人も、中断される人生を生きている。死が突然やって来て、人生が中断されてしまう。それ故、一日一日が一期一会で生きる。これが人生最後の一日となるかもしれない。

 しかし、私どもは主の日の朝、安息日毎に、中断される人生を味わっている。週日、私ども一人一人はやりかけた仕事がある。勉強がある。それを中断して、神の御前に立ち、礼拝を捧げている。何のために、私どもは主を礼拝するのか。それは中断される私どもの人生を導くものは、主なる神であることを知るためです。生きる時も、死ぬ時も、生ける主イエス・キリストの御手の中にあることを味わうためです。それ故、礼拝で、主の御言葉を食べ、主のいのちの糧・聖餐を食べるのです。

 実は、「安息日」という言葉が、「中断する」という意味から生まれた言葉です。「十戒」の第4戒は、「安息日を覚えて、これを聖別しなさい」です。宗教改革時代に生まれた『ハイデルベルク信仰問答』は、こう説き明かしています。

「このようにして、この世の生涯において、永遠の安息日を、始めることであります」。

 主イエス・キリストが甦られてから、安息日は週の初めの日となりました。神は私どもの救いのために、休まず働かれる神であることが明らかにされました。安息日は、主イエス・キリストが私どものために十字架で死なれ、甦られたことにより、私どもを罪の奴隷から解放され、新しいいのちを与えられ、終わりの日の復活を目指す、新しい出エジプトの旅となりました。

 中断された主の日の安息日の朝、主の御前に立ち、私どもは主の御言葉を食べ、主のいのちの糧・聖餐を食べることにより、永遠の安息日を始めているのです。安息日の主の日、主イエス・キリストは私どもに語られます。

「つぶやき合うのはやめなさい。私をお遣わしになった父が引き寄せてくださらなければ、誰も私のもとに来ることはできない。私はその人を終わりの日に復活させる」。

「私は天から降って来た命のパンである。これを食べる者は死なない。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる」。

 

 お祈りいたします。

「荒れ野の旅を続ける私どもは、日々主に向かってつぶやき、不平不満ばかりを語っています。主よ、主の御前に立つ私どもに、主の御言葉、主のいのちの糧・聖餐を授け、味わわせて下さい。主を賛美する言葉を授けて下さい。神の民として荒れ野の旅を続ける私どもが、ばらばらになったり、脱落することがありませんように、主の言葉で一つにして下さい。中断する人生を生きる私どもに、永遠の命の言葉を味わわせて下さい。

 この祈り、私どもの主イエス・キリストの御名により、御前にお捧げいたします。アーメン」。

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