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2026年7月29日

「アブラハム物語を黙想する6~私はあなたと子孫との間に契約を立て、代々にわたる永遠の契約とする~」

創世記17章1~27節

井ノ川勝牧師

1.アブラハムはひれ伏して笑い

(1)「アブラハム物語」の主題の一つが、「信仰とは何か」です。「信仰の父」と呼ばれるアブラハムの信仰とは何かです。それは私どもの信仰生活と深く関わります。神はアブラハムを「祝福の基」とし、アブラハムを通して地上の全ての民族を祝福すると約束されました。神の祝福は具体的なものであり、一つは土地が与えられること、もう一つは子どもが与えられ、子孫が星の数のように祝福されることです。アブラハムが主から約束を受けたのは75歳。そして今、99歳になっていました。24年が経ちました。しかし、アブラハムはまだ土地も、子どもも与えられていません。繰り返し、私はあなたを祝福すると約束される神。しかし、神の約束を信じて待てないアブラハムの姿が繰り返されています。信仰は何よりも、神の約束、御言葉を信じて待つことです。

 

(2)17章で神はアブラハムに、「神の約束」が確かであることを現すために、「しるし」を与えられました。一つは名前の改名です。「アブラム」から「アブラハム」へ、「サライ」から「サラ」へです。ここで初めて私どもが親しんでいる名前となります。

 5節「あなたの名はもはやアブラムとは呼ばれず、アブラハムがあなたの名となる。あなたを多くの国民の父とするからである」。「アブラム」は「高貴な父」という意味でした。「アブラハム」は「諸国民の父」という意味です。名前は存在を現します。アブラハムは名前からして、「諸国民の父」という神の約束を現すことになります。

 15節「神はまたアブラハムに言われた。『あなたの妻のサライを、サライという名で呼ばず、サラと呼びなさい。私は彼女を祝福し、彼女によって、あなたに男の子を与える。私は彼女を祝福し、彼女は諸国民の母となる。こうして彼女からもろもろの民の王たちが生まれる』」。「サライ」は「王女」という意味です。「サラ」は「諸国民の母」という意味です。神は約束の確かさを、名前の改名で現しました。しかし、アブラハムはこういう反応を示しました。

 17節「アブラハムはひれ伏して笑い、心の中で言った。『百歳の男に子どもが生まれるだろうか』。アブラハムは神に言った。『どうかイシュマエルがあなたの前に生きながらえますように』」。アブラハムは神の御前でひれ伏しながら笑いました。日に日に老いて行く体に直面し、百歳の私、90歳の妻に子どもが与えられることは不可能であると、心の中で呟きました。神の約束を疑う笑いです。神の言葉を嘲笑う笑いです。

 

2.サラは心の中で笑って

(1)笑ったのはアブラハムだけでなく、サラも笑いました。18章で、神が二人の使いを連れて旅人となって、アブラハムを訪ねました。アブラハムは三人の旅人をもてなします。その時、旅人は尋ねます。9節「あなたの妻サラはどこですか」。そして約束します。10節「私は必ず来年の今頃、あなたのところに戻って来ます。その時、あなたの妻サラに男の子が生まれているでしょう」。12節「サラは心の中で笑って言った。『老いてしまった私に喜びなどあるだろうか。主人も年を取っているのに』」。主は答えられます。13節「どうしてサラは、自分は年を取っているのに、本当に子どもを産むことなどできるのか、と言って笑ったのか。主にとって不可能なことなどあろうか」。

 

(2)アブラハムも、サラも、神の約束、言葉を信じることが出来ず、笑いました。不信仰な笑いです。アブラハムがひれ伏して笑った時に、アブラハムは神にこう答えました。17章18節「どうかイシュマエルがあなたの前に生き長らえますように」。イシュマエルとは、アブラハムが女奴隷ハガルとの間で作った跡継ぎです。神の約束がなかなか実現しないので、人間の手立てで跡取り息子を作りました。しかし、神は語られます。

 19節「いや、あなたの妻であるサラがあなたに男の子を産む。その子をイサクと名付けなさい。私は彼と契約を立て、それをその後に続く子孫のために永遠の契約とする」。

 神はアブラハムとサラとの間に生まれるイサクを、「永遠の契約」とすると約束されます。「イサク」とは「笑う」という意味です。神が与えて下さる笑いです。疑い、不信仰な笑いではなく、神が与えて下さる笑いに生きるのです。

 

3.わたしはあなたと子孫との間に、永遠の契約を立てる

(1)神は神の約束が確かであることのもう一つの「しるし」として、アブラハムと子孫の間に、「永遠の契約」を立てられました。17章1節「アブラムが99歳の時、主はアブラムに現れて言われた。『私は全能の神である。私の前に歩み、全き者でありなさい。そうすれば私はあなたと契約を結び、あなたを大いに増やす』」。4節「これが(見よ)あなたと結ぶ私の契約である。あなたは多くの国民の父となる」。

 既に15章で、神はアブラハムと契約を結ばれました。5節「主はアブラムを外に連れ出して言われた。『天を見上げて、星を数えることができるなら、数えてみなさい』。そして言われた。『あなたの子孫はこのようになる』。アブラムは主を信じた。主はそれを彼の儀と認められた」。「信仰によって義とされる」という新約聖書に通じる言葉が語られていました。

 神はアブラハムを眠りに就かせ、引き裂いた動物の間を通り過ぎました。もし契約を破ったら、この動物のように引き裂かれてもよいという契約です。しかし、引き裂かれた動物の間を通り過ぎたのは、神のみです。神はアブラハムが契約を破ったら、その罪を負われることを明らかにされました。

 17章の「永遠の契約」は、15章の「契約」を確かなものとする契約です。7節「私はあなたと、あなたに続く子孫との間に契約を立て、それを代々にわたる永遠の契約とする。私が、あなたとあなたに続く子孫の神となるためである。私はあなたが身を寄せている地、カナンの全土を、あなたとあなたに続く子孫にとこしえの所有地として与える。こうして私は彼らの神となる」。

神は「永遠の契約」の「しるし」として、「割礼」を示されました。9節「神はアブラハムに言われた。『あなたと、あなたに続く子孫は、代々にわたって私の契約を守らなければならない。私とあなたがた、およびあなたに続く子孫との間に守るべき契約はこれである。すなわち、あなたがたのうちの男子は皆、割礼を受けなければならない。包皮に割礼を施しなさい。これが私とあなたがたとの間の契約のしるしとなる』」。

 

(2)旧新約聖書は神と人間との契約の書物です。「永遠の契約」はまず、神がノアを通し、人類と結ばれた「虹の契約」でした。神が二度と人類を滅ぼさない「永遠の契約」(8・16)です。そして神はアブラハムを通して、地上の全ての民族を祝福するために、アブラハムとその子孫との間に、「永遠の契約」を立てられました。その「しるし」が「割礼」です。預言者エレミヤは、心の中に律法を書き記す「新しい契約」(31・31)を結ぶ日が来ると約束しました。主イエスは十字架につけられる前夜の最後の晩餐で、弟子たちに告げられました。「この杯は、あなたがたのために流される、私の血による新しい契約である」。エレミヤが預言した「新しい契約」が、十字架の出来事を指し示す最後の晩餐で成就したことを明らかにされました。そして最後の晩餐が聖餐となりました。「この杯は、私の血による新しい契約である。飲む度に、私の記念としてこれを行いなさい」(コリント一11・25)。

 主イエスが来られたことにより、「割礼」というしるしはどうなったのでしょうか。パウロは語ります。「あなたがたはキリストにあって、手によらない割礼を受けました。それは肉の体を脱ぎ捨てること、すなわち、キリストの割礼です。あなたがたは、洗礼によってキリストと共に葬られ、キリストを死者の中から復活させた神の力を信じて、キリストと共に復活させられたのです」(コロサイ2・11~12)。

 旧約の「割礼」は、キリストにあって「洗礼」となりました。「キリストの割礼」です。神の恵みの選びのしるしです。「割礼」は神の民であることのしるしです。洗礼もキリストの教会・神の民であることのしるしです。出エジプトの出来事を記念する「過越の食事」が、最後の晩餐、聖餐となりました。「神の永遠の契約」「新しい契約」を受け継ぐ神の民の食卓です。「割礼」と「過越の食事」が、キリストの教会にあっては、「洗礼」と「聖餐」という神の民のしるしとなる聖礼典となりました。

 

4.御言葉から祈りへ

(1)ブルームハルト『ゆうべの祈り』(加藤常昭訳) 7月29日の祈り ローマ14・9

「主よ、われらの神よ、われらはあなたがわれらに加えてくださる愛を感謝します。あなたはわれらを愛し、弱さと病から、罪と悲惨とから解き放たれ、在天のわれらの父であるあなたに仕えることに十分な力を得られるようにしてくださるのです。人生の戦いがあなたのあわれみにより正しく導かれるように、心にかかるすべての事を、生活を祝福してください。われらの時代にあってわれらを祝し、義が優勢となり、われらも平安を得て生きつづけ、永遠にあなたを賛美することができるようにしてください。それゆえにわれらをあなたの子として常に守り、み名が崇められ、み国が来たり、み心が天に行なわれるごとく地にも行なわれるようにしてください。アーメン」。

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