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2026年9月23日

「ヤコブ物語を黙想する1~その手はエサウのかかとをつかんでいたので、ヤコブと名付けた~」

創世記25章19~34節

井ノ川 勝 牧師

1.神の祝福は受け継がれるーアブラハム、イサク、ヤコブへ

(1)聖書に登場する人物は個性的です。その最たる人物がヤコブです。神から与えられた個性・賜物は決して画一的ではありません。そこに面白さがあります。神から与えられた個性・賜物は、訓練され、打ち砕かれ、練り直され、主のために用いられます。ヤコブがその最たる例です。「ヤコブとエサウの兄弟物語」は、人間的な視点から見ると、躓きます。聖書を黙想する上で大切な点は、神からの視点です。神の視点で、この物語が何を語りかけようとしているのかを聴き取るのです。族長物語で大切な点は、神がアブラハムに約束した祝福、神はアブラハムを通して全世界の民族を祝福する、この神の祝福がどのように受け継がれて行くかです。アブラハム、イサク、ヤコブへとどのように受け継がれて行ったかです。

兄

(2)神がアブラハムに約束した祝福を受け継いだのは、独り息子イサクでした。アブラハムの約束を受け継ぐためには、イサクの伴侶を選ぶ必要がありました。それが24章で、イサクの嫁選びで語られています。

 24章2節「アブラハムは、財産のすべてを管理している家の老僕に言った。『私の腿の下に手を入れ、天の神、地の神である主にかけて誓いなさい。私が今住んでいるカナンの娘たちの中から、息子の妻を迎えてはならない。私の生まれた地、私の親族のところに行って、息子イサクのために妻を迎えなさい』」。

 イサクの嫁選びの条件は、カナンの娘たちではなく、故郷の親族から迎えることにあった。そこで僕は10節にあるように、アラム・ナハライムへと向かい、ナホルの町に行った。「アラム・ナハライム」は、アブラハムの故郷、チグリス・ユーフラテス川流域のメソポタニア地方です。そこにある「ナホルの町」は、アブラハムの弟ナホルが住んでいた町です。僕は夕暮れ、井戸の傍らで主に祈っていました。そこに井戸の水を汲みに来たリベカと出会いました。リベカは15節にあるように、アブラハムの兄弟ナホルの妻、ミルカの息子ベトエルの子でした。11章27~30節。神の摂理により、イサクはリベカを嫁として迎えました。24章62~67節。

 

2.その手はエサウのかかとをつかんでいたので、ヤコブと名付けた

(1)24章のイサクの嫁選び、25章7節以下のアブラハムの死と埋葬の後、25章19節から「ヤコブ物語」が始まります。

 19節「アブラハムの子イサクの系図は次のとおりである。アブラハムはイサクをもうけ、イサクは40歳の時、パダン・アラムのアラム人ベトエルの娘リベカをめとった。彼女はアラム人ラバンの妹であった」。

 イサクの妻リベカの紹介が詳しくなされる。後に、ヤコブが兄エサウと対立し、リベカの故郷へ逃亡し、リベカの兄ラバンの許で生活をすることになる。その伏線がここに述べられている。

 21節「彼女は不妊であったので、イサクは妻のために主に祈った。主はその祈りを聞き入れられ、妻リベカは身ごもった。ところが、胎内で子どもたちが押し合うので、『こんなことでは、一体私はどうなるのでしょう』と言って、主に伺いを立てるために出かけた」。

 イサクは妻のために主に祈り、主はその祈りを聞かれ、リベカは身ごもった。身ごもった子どもは双子であった。

 23節「主は彼女に言われた。『二つの国民があなたの胎内に宿っており、二つの民があなたの腹の中から分かれ出る。一方の民は他方の民より強くなり、兄は弟に仕えるようになる』」。

 リベカが宿した双子はやがて二つの国民、二つの民となる。イスラエルの民とエドム人。兄は弟に仕える。エドム人はイスラエルの民に仕える。

 24節「出産の時が満ちると、胎内には、果たして双子がいた。初めに出て来た子は赤くて、全身、毛の衣のようであった。それでその子をエサウと名付けた。その後で弟が出て来たが、その子はエサウのかかとをつかんでいた。それでその子をヤコブと名付けた。彼らをもうけたとき、イサクは60歳であった」。

 兄は赤く、全身毛の衣のようであった。「赤い」という意味で、エサウと名付けた。弟は兄のかかとをつかんで生まれた。「かかと」という意味でヤコブと名付けた。弟ヤコブは生まれた時から、兄エサウのかかとをつかんでいた。兄に与えられた神の祝福を掴み取るという動作を示していた。

 

(2)27節「やがて子どもたちは成長し、エサウは狩りが巧みな野の人となったが、ヤコブは穏やかな人で、天幕に住んでいた。イサクは狩りの獲物が好物であったのでエサウを愛していたが、リベカはヤコブを愛していた」。

 双子の兄弟は対称的であった。兄エサウは狩りが巧みで、野の人となった。弟ヤコブは天幕に住み、母リベカの家の手伝いをしていた。父イサクは狩りの獲物が好物で、エサウを愛していた。母リベカはヤコブを愛した。ここで事件が起こります。

 29節「あるとき、ヤコブが煮物をしていると、エサウが疲れ切って野から帰って来た。エサウはヤコブに言った。『その赤いもの、そこの赤いものを食べさせてくれ。私は疲れ切っているのだ』。彼がエドムと呼ばれたのはこのためであった」。

 兄エサウは一日中、狩猟をし、疲れ切って帰って来ました。弟ヤコブはレンズ豆のスープを作っていました。「赤いもの」で腹を満たしたい。エサウはエドム人になります。エサウという名と、エドム人という民族の名は、「赤いもの」という意味です。

 ヤコブは生まれた時から、兄エサウのかかとを掴んでいました。神がアブラハムに約束し、父イサクに受け継がれた神の祝福、神はアブラハムを通して全世界の民族を祝福するは、長男エサウに引き継がれるものでした。ヤコブは双子でありながら、弟であるために、神の祝福を受け継ぐことは出来ません。しかし、ヤコブは生まれる前から定められた運命、宿命と捉え、諦めませんでした。神の祝福は全世界の民族の祝福が懸かっている大切なものです。その神の祝福を手で掴み取りたいと、虎視眈々と狙っていました。

 31節「ヤコブが、『それでは今すぐ、兄さんの長子の権利を私に売ってください』と言うと、エサウは、『ああ、もう死にそうだ。長子の権利などどうでもよい』と答えた。ヤコブが、『今すぐ、誓ってください』と言ったので、彼は誓って、長子の権利をヤコブに売り渡した。ヤコブがエサウにパンとレンズ豆の煮物を出したので、彼は食べて飲み、そして立ち去って行った。エサウは長子の権利を軽んじた」。

 腹を満たすために、長子の権利、神の祝福を売り渡したエサウ。エサウは長子の権利、神の祝福は、どんなことがあっても手放してはならないことを軽んじました。それに対し、弟として生まれたヤコブは長子の権利、神の祝福を受け継げない境遇にありました。しかし、ヤコブは長子の権利、神の約束が、自分たちの民族に与えられた大切なものであることを知っていました。それ故、どうしても長子の権利、神の祝福を掴み取りたいと狙っていました。

 

3.私はヤコブを愛し、エサウを憎んだ

(1)渡辺善太が『わかってわからないキリスト教』で、「聖書の不思議な人間」という題で、マラキ書1章2~3節の御言葉を説教しています。

「私はあなたがたを愛してきたー主は言われる。しかし、あなたがたは言う。『どのように愛してくださったのか』と。エサウはヤコブの兄ではなかったかー主の仰せ。しかし、私はヤコブを愛し、エサウを憎んだ」。

 「私はエサウを愛し、ヤコブを憎んだ」。聖書の中で最も難解な御言葉です。「私はヤコブを選び、エサウを選ばなかった」という意味です。エサウはお人好しで、真っ直ぐな人間。それに対して、ヤコブはずる賢さを持っている。人間的に見れば、エサウを選ぶ。しかし、神の選びは人間的なものに基づかない。何故、神はエサウではなく、ヤコブを選んだのか。そこに神の御心がある。破天荒な伝道者であった渡辺善太は、自らもただ神の恵みによって選ばれたことを重んじた。教会は神の恵みによって選ばれた罪人の教会である。コリントの信徒への手紙一1章27節以下。

「ところが、神は知恵ある者を恥じ入らせるために、世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるために、世の弱い者を選ばれました。また、神は世の取るに足りない者や軽んじられている者を選ばれました。すなわち、力ある者を無力にするため、無に等しい者を選ばれました。それは、誰一人、神の前で誇ることがないようにするためです」。

 

4.御言葉から祈りへ

(1)ブルームハルト『ゆうべの祈り』(加藤常昭訳) 9月23日の祈り エフェソ4・8

「愛しまつる在天のわれらの父よ、われらは感謝します。あなたは高い所においてわれらに主イエスを与えてくださいました。われらは主と共に高い所へ行きます。そして過ぎゆくもののただなかにあってよろこぶことがゆるされるのです。なぜならば、心配と困窮と死の中で、主イエスにおけるみ手によってあなたはわれらを支えてくださるからです。主イエスと共に巡礼の旅をつづけさせてください。そのためにわれらにあなたの霊を与えてください。なぜならばわれらの霊は弱いからです。われらの魂は貧しいからです。高く聖なる霊を与えてください。自分の弱さの中でわれらに感じとらせてください。主イエスによって、われらの救い主によって、あなたがわれらにとってどんなに大いなるもの、力強きもの、勝利に満ちたものとなってくださったか、を。主イエスは肉体と魂においても、霊においても、永遠にわれらの救い主なのです。アーメン」。

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