1.神は祝福された
(1)「ノアの箱舟物語」「洪水物語」は過去の物語ではなく、現代の私たちの物語です。「神の後悔」「神の心の痛み」から始まっていました。6章5節「主は、地上に人の悪がはびこり、その心に計ることが常に悪に傾くのを見て、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。主は言われた。『私は、創造した人を地の面から消し去る。人をはじめとして、家畜、這うもの、空の鳥までも、私はこれらを造ったことを悔やむ』」。主はご自分が創造した人間を愛するが故に、人間が創造主を忘れ、悪に傾くことに心を痛められ、人間を造られたことを後悔されました。神の審きとして、洪水を起こされました。しかし、ノアだけが正しく、全き人であり、神と共に歩んでいたので、ノアに箱舟を造らせました。ノアとその家族、清い動物と清くない動物の雄と雌を、箱舟に入りなさいと招かれました。40日40夜、地上に雨は降り続き、川は氾濫し、洪水が人と町を吞み込みました。150日間、地上に水がみなぎりました。地上から水が引くまで1年10日間かかりました。
箱舟から出なさいと神に命じられたノアが、箱舟から出て真っ先に行ったことは、主のために祭壇を築いたことです。主を礼拝しました。焼き尽くすいけにえを祭壇の上に献げました。主は宥めの香りを嗅ぎ、人のゆえに地を呪うことはもう二度としない。命あるものをすべて打ち滅ぼすことはもう二度としないと、神の決心・神の悔い改め・回心がなされました。人間の悔い改めではなく、神の悔い改め・回心で結ばれています。
(2)9章は「ノアの箱舟物語」のもう一つの結びです。1節「神はノアとその息子たちを祝福して言われた。『産めよ、増えよ、地に満ちよ。あらゆる地の獣、あらゆる空の鳥、あらゆる地を這うもの、あらゆる海の魚はあなたがたを畏れ、おののき、あなたがたの手に委ねられる』」。1章28節で語られた神の言葉が再び語られます。神はご自分が造られたものを祝福されます。そしてご自分が造られたものを、人の手に委ねられます。
3節「命ある動き回るものはすべて、あなたがたの食物となる。あなたがたに与えた青草と同じように、私はこれらすべてをあなたがたに与えた」。1章29~30節で、神は人間に地上のあらゆる青草を食物として与えられました。箱舟から出た後、肉食が許されました。4節「ただ、肉はその命である血と一緒に食べてはならない。また、私はあなたがたの命である血が流された場合、その血の償いを求める。あらゆる獣に償いを求める。人に、その兄弟に、命の償いを求める」。動物の乱獲が禁じられます。6節「人の血を流す者は、人によってその血を流される。神は人を神のかたちに造られたからである。あなたがたは、産めよ、増えよ。地に群がり、地に増えよ」。人を殺すことが禁じられます。神が「神のかたち」に造られたからです。
2.神は虹を見て、永遠の契約を思い起こす
(1)8節「神はノアと、彼と共にいる息子たちに言われた。『私は今、あなたがたと、その後に続く子孫と契約を立てる。また、あなたがたと共にいるすべての生き物、すなわち、あなたがたと共にいる鳥、家畜、地のすべての獣と契約を立てる。箱舟を出たすべてのもの、地のすべての獣である。私はあなたがたと契約を立てる』。「契約を立てる」という言葉が3回繰り返されます。6章18節に最初に語られていました。「だが、私はあなたと契約を立てる」。聖書で最初に語られる「契約を立てる」です。神はノアとその息子、子孫、すべての生き物と契約を立てられました。それは何のためか。11b節「すべての肉なるものが大洪水によって滅ぼされることはもはやない。洪水が地を滅ぼすことはもはやない」。「滅ぼさない」が繰り返されます。神が契約を立てる理由は、神が生き物、地を滅ぼすことをしない決意を表すためです。通常、契約は双務契約で、契約を結びお互いが決意と責任を共有します。しかし、神の契約は神の一方的な決意です。6章13節以下では、「私は滅ぼす」が繰り返されていました。ここでは「私は滅ぼさない」が繰り返されます。
(2)12節「さらに神は言われた。『あなたがた、および、あなたがたと共にいるすべての生き物と、代々とこしえに私が立てる契約のしるしはこれである。私は雲の中に私の虹を置いた。これが私と地との契約のしるしとなる』」。神が立てる契約は「とこしえの契約」であり、契約のしるしは、天と地を結ぶ虹です。ノアは人類を代表しています。神は初めて結ばれた契約は、「ノアの契約」です。神が人類と一方的に結ばれた契約です。この後、「アブラハム契約」「シナイ契約」「ダビデ契約」、そして「新しい契約」(エレミヤ31・31)が結ばれます。全ての契約の土台となるのが、「ノアの契約」「虹の契約」です。
14節「『私が地の上に雲を起こすとき、雲に虹が現れる。その時、私は、あなたがたと、またすべての肉なるものを滅ぼすことはもはやない。雲に虹が現れるとき、私はそれを見て、神と地上のすべての肉なるあらゆる生き物との永遠の契約を思い起こす』。神はノアに言われた。『これが、私と地上のすべての肉なるものとの間に立てた契約のしるしである』」。
天と地を結ぶ虹を見た時、私たち人間が契約を思い起こし、悔い改めるのではない。神が契約を思い起こされ、人と生き物を滅ぼすことをしないと決意をされる。「神が契約を思い起こす」が繰り返され、強調されます。「神の想起」と「神の決意」が中心に据えられるのが、「永遠の契約」「虹の契約」です。
3.私の平和の契約は揺らがない
(1)「ノアの箱舟物語」「洪水物語」の結びである8章20~22節は、「ヤハウェ資料」であり、ソロモン王時代にまとめられた。もう一つの結びである9章は「エロヒーム資料」「祭司資料」であり、バビロン捕囚時代にまとめられた。ダビデ王国の滅びという神の審きの大洪水に吞み込まれた神の民の再生は、どこで果たされるのか。神の民の悔い改め、回心にあるのではなく、神が契約を思い起こすという「神の想起」にある。「もはや滅ぼさない」という神の決意にある。同じ、バビロン捕囚時代に語られた預言者第二イザヤの言葉がある。イザヤ書54章7~10節。
「ほんの僅かな間、私はあなたを捨てたが、深い憐れみをもって、あなたを連れ戻す。錨が溢れ、僅かな間、私は顔をあなたから隠したが、とこしえの慈しみをもってあなたを憐れむーあなたの贖い主、主は言われる。これは、私にとってノアの洪水の時のようだ。ノアの洪水を二度と地上に起こさないと、誓ったように、私はあなたに対して怒らず、あなたを責めないと誓う。山々が移り、丘が揺らごうとも、私の慈しみはあなたから移らず、私の平和の契約は揺らぐことはないーあなたを憐れむ主は言われる」。
(2)20世紀を代表する神学者カール・バルトは晩年、バーゼルの刑務所の囚人に説教することに専念されました。一句説教です。慰めの説教です。犯罪、殺人を犯し、神の審き、死と向き合う囚人に、福音を告げました。イザヤ書54章7節の御言葉の説教です。「ほんの僅かな間、私はあなたを捨てたが、深い憐れみをもって、あなたを連れ戻す」。バルトは語ります。十字架こそ、私たちの罪に対する神の審きの大洪水である。私たち罪人は滅びるしかない。しかし、その十字架に、神の御子イエスが私たち罪人を代表し、立って下さった。私たち罪人に代わって、神の審きという大洪水を身に受けて下さった。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのか」。「ほんの僅かな間、私はあなたを捨てたが、深い憐れみをもって、あなたを連れ戻す」。神は十字架の主イエスを通し、「永遠の契約」を思い起こされた。「もはや滅ぼさない」と決意された。「神の想起」、「神の決意」により、私たち罪人は永遠の審きを身に受けることはない。神が立てられた「平和の契約」は揺らぐことはない。
聖餐はこの「神の想起」「神の決意」を味わう礼典である。聖餐制定の言葉がコリントの信徒への手紙一11章23節以下で語られている。
「私があなたがたに伝えたことは、私自身、主から受けたものです。すなわち、主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りを献げてそれを裂き、言われました。『これは、あなたがたのための私の体である。私の記念としてこのように行いなさい』。食事の後、杯も同じようにして言われました。『この杯は、私の血による新しい契約である。飲む度に、私の記念としてこれを行いなさい』。だから、あなたがたは、このパンを食べ、この杯を飲む度に、主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです」。
神は十字架の主イエスにおいて、「新しい契約」を私ども人類と結ばれました。「ノアの契約」を土台とするものです。神の一方的な恵みの契約です。「記念」「神の想起」によって成り立つ「永遠の契約」「平和の契約」です。
4.御言葉から祈りへ
(1)ブルームハルト『ゆうべの祈り』(加藤常昭訳) 6月10日の祈り 詩編67・2~3
「主よ、全能の神よ、あなたはわれらの父です。われらはあなたの子です。われらの主イエス・キリストにあって、あなたによって生きようと思います。常にあらたにわれらの心を強めてください。勇気を失い、不安になってまどいそうになる時、聖なる霊によってわれらを助け、更に起こってくるどんなことにあっても、持ちこたえることができるようにしてください。どんなに困難なことが起ころうと、み心は行なわれます。み心は果たされるのです。み名が崇められますように。み国がすべての民の上に来ますように。そうです、すべての民にです。なぜなら民はすべてあなたのものであり、すべての民は、イエス・キリストが、父であるあなたの栄光のゆえに主であることを、告白するのが当然だからです。アーメン」。
