1.神の後悔、心の痛み
(1)「ノアの箱舟物語・洪水物語」は過去の物語ではありません。現代の私たちの物語です。現代も、様々な洪水が私たちに押し寄せ、命を呑み込もうとしています。地球温暖化による自然災害、戦争という人的災害です。「ノアの箱舟物語」は、世界の創造主である「神の後悔と痛み」から始まっていました。6章5~7節「主は、地上に人の悪がはびこり、その心に計ることが常に悪に傾くのを見て、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。主は言われた。『私は、創造した人を地の面から消し去る。人をはじめとして、家畜、這うもの、空の鳥までも。私はこれらを造ったことを悔やむ』」。
神が造られた人間が造り主を忘れてしまう。それぞれが自分勝手に歩んでいる。それをご覧になられた神は、地上に人間を造ったことを後悔され、心痛められました。神は人間を愛を込めて造られ、愛をもって導かれる故に、神の愛に応じない人間に心痛められ、後悔されます。神の審きを断腸の思いでご決断されます。そこに聖書が語る神の特徴があります。神が造られた人間の内、ノアだけは正しく、全き人であり、神と共に歩まれました(6・9)。それ故、神はノアとその家族、また、あらゆる生き物の中で、清い動物、清くない動物の雄と雌を、箱舟に招かれました。神は全き人(神に対して真っ直ぐに心向ける人)ではないノアの家族、清くない動物の雄と雌をも箱舟に招かれました。神は世界を滅ぼし尽くそうとはされない。ただ一人の義人・ノアを通して、人間と生き物を残そうとされる。ここに「残りの者の信仰」がある。
(2)「箱舟を造りなさい」。この神のご命令から滅びと救いが始まります。しかも神は箱舟の設計図をノアに示されました。長さ三百アンマ、幅五十アンマ、高さ三十アンマ。長さ135メートル、幅22.5メートル、高さ13.5メートル。バビロン捕囚時代、預言者エゼキエルが幻の中で見た新しいエルサレム神殿の寸法と同じです。教会の原形でもあります。「さあ、箱舟に入りなさい」(7・1)。神の招きが語られます。「箱舟に入る」という言葉が7回も繰り返されます。箱舟の戸を閉じられたのも神です(7・16)。
雨は40日40夜、地上に降り注ぎました。「40日」は完全数、試練を表します。主イエスが悪魔の誘惑を荒れ野で受けられたのは40日40夜。神の民がエジプトを脱出して、荒れ野の旅をしたのは40年。バビロン捕囚の期間は40年。水は150日間、地上にみなぎりました(7・24)。
2.神は忘れない
(1)8章はこの御言葉から始まります。「神は、ノアと彼と一緒に箱舟にいたすべての獣、すべての家畜を忘れることなく、地上に風を送られたので、水の勢いは収まった。また、深淵の源と天の窓が閉ざされ、天からの雨は降りやんだ」。「神は忘れない」。ここにも神のお姿・行為が強調されます。神は箱舟にいるノアと生き物を忘れない。地上に風を送られたので、水の勢いは収まった。「深淵の源と天の窓が閉ざされた」。洪水は、神の天地創造の秩序の崩壊でした。地は混沌、闇が深淵の面、暴風が水の面を吹き荒れていた。天地創造以前の混沌状態、深淵に戻った。大空の水の窓、天の窓が開かれ(7・14)、大前が振り注いだ。しかし、神は箱舟にいるノアと生き物を忘れず、深淵の源と天の窓を閉ざされた。天地創造の秩序の回復です。
3節「水は地上から徐々に引いていき、百五十日たって水は減り、第七の月の十七日に、箱舟はアララトの山にとどまった。水は第十の月までさらに減っていき、第十の月の一日に山々の頂が現れた」。洪水が起きた時、ノアは六百歳、第二の月の一七日(7・11)。150日後に水は減り、ノアが六百一歳、第二の月の二七日に、地はすっかり乾いた(8・13~14)。ノアが箱舟にいたのは1年と10日であった。
(2)6節「四十日たって、ノアは自分が造った箱舟の窓を開け、烏を放した。烏は飛び立ったが、地上の水が乾くまで、行ったり来たりした。次に鳩を自分のもとから放した。地の面から水が引いたかどうかを確かめるためであった。しかし鳩は、足を休める所を見つけることができなかったので、ノアのもと、箱舟へと帰って来た。水がまだ全地の面にあったからである。ノアは手を伸ばして鳩を捕らえ、箱舟の自分のもとに引き入れた。さらに七日待って、もう一度鳩を箱舟から放した。夕暮れ時に、鳩は彼のもとに帰って来た。すると、鳩はオリーブの若葉をくちばしにくわえていた。そこでノアは水が地上から引いたことを知った。さらに七日待って、また鳩を放した。しかし鳩はもはや彼のもとには帰って来なかった」。
「オリーブの葉をくわえた鳩」が平和のシンボルとなったのは、この御言葉に拠ります。特に第二次世界大戦後、ピカソが1949年に描いた「平和のハト」は、パリで開かれた世界平和会議のポスターのシンボルとして用いられました。更に、1950年、ワルシャワで開かれた第二回世界平和会議のために、ピカソは「飛翔するハト」を描き、平和のシンボルを決定づけました。
3.箱舟から出なさい
(1)15節「神はノアに語られた。『あなたは妻、息子たち、息子の妻たちと一緒に箱舟から出なさい』」。「箱舟から出なさい」と神は命じられました。神の命令に従って、ノアとその家族、全ての生き物が箱舟から出ました。「箱舟から出た」という言葉が4回繰り返されます(15,17,18,19節)。
かつて上野動物園の飼育課長をし、日本動物園水族館協会の事務局長を務めた小森厚さんは阿佐ヶ谷教会の信徒です。『聖書の中の動物たち』(教団出版局)で語ります。人間の無秩序な開発により、自然破壊が起こり、野生動物の絶滅危機に直面している。神が造られたあらゆる生き物を絶滅させず、残すために、「種の保存計画」「ノア・プラン」を行っている。ノアの箱舟物語から生まれたものです。
箱舟から出たノアが真っ先にしたことは何か。20節「ノアは種のために祭壇を築いた。そしてすべての清い家畜と清い鳥の中から選んで、焼き尽くすいけにえとして祭壇の上で献げた」。ノアが真っ先にしたこと。それは神への礼拝です。神こそ天地万物の創造主であり、神こそが滅ぼすことも救うこともできる審判者であり、救い主であることを信仰告白しました。
(2)21節「主は宥めの香りを嗅ぎ、心の中で言われた。『人のゆえに地を呪うことはもう二度としない。人が計ることは、幼い時から悪いからだ。この度起こしたような、命あるものをすべて打ち滅ぼすことはもう二度としない。地の続くかぎり、種蒔きと刈り入れ、寒さと暑さ、夏と冬、昼と夜、これらがやむことはない』」。
「神の後悔・心の痛み」から始まった「ノアの箱舟物語・洪水物語」は、「神の回心」で結ばれる。「ノアの回心」ではなく、「神の回心」が強調される。「人のゆえに地を呪うことは二度としない」。「命あるものをすべて一滅ぼすことはもう二度としない」。人間が心に計ることは幼い時から悪い。人間がどんなに回心しても、また罪を犯す。「神の回心」こそが、「人間の回心」をもたらす。ホセア書11章8~9節「私の心は激しく揺さぶられ、憐れみで胸が熱くなる。私はもはや怒りを燃やさず、再びエフライムを滅ぼすことはない。私は神であって、人ではない」。口語訳「わたしの心は、わたしのうちに変わり、わたしのあわれみは、ことごとくもえ起こっている」。預言者ホセアも、「神の回心」が荒れ野の40年の旅で犯した神の民の罪からの回心をもたらすと語る。「神の回心」こそが、神が人ではなく、神であることが現れた。
4.神の回心
(1)主イエスの十字架の出来事こそ、「命あるものをすべて打ち滅ぼすことはもう二度としない」という「神の回心」の出来事が起こった。主イエス自らが神に焼き尽くすいけにえとして献げられた。神を忘れ、自分の腹で生きる私たち人間への神の審き、神の呪いを、主イエスは犠牲のいけにえとして十字架で身に負ってくださった。「神の回心」により、罪人である私たち人間は救われた。「神の回心」が「人間の回心」をもたらす。
詩編106編23節「主は言われた。『彼らを滅ぼそう』と。しかし、主に選ばれたモーセは、主の前で破れ目に立ち、滅ぼそうとする主の憤りをそらせた」。口語訳「それゆえ、主は彼らを滅ぼそうと言われた。しかし主のお選びになったモーセは、破れ口で主のみ前に立ち、み怒りを引きかえして、滅びを免れさせた」。「破れ口」は堤防の決壊個所です。そこから水が怒濤のように流れ出て、洪水となって命を呑み込む。人間の罪に対する神の怒りこそ、神の審きの洪水です。しかし、主イエスは十字架という破れ口に立たれ、身を挺して神の怒りを受け留め、み怒りを引き返された。それ故、私たちは滅びを免れた。
5.御言葉から祈りへ
(1)ブルームハルト『ゆうべの祈り』(加藤常昭訳) 6月3日の祈り 詩編104・1~2
「主よ、われらの神よ、在天の父よ、あなたは地上でわれらによろこびを与え、天の輝くみ光をわれらにおくり、われらの心があなたに感謝するようにしてくださいます。あなたはこの光のゆえにも、われらがほめまつるべき方です。あなたはわれらの心にこの光を与えてくださり、あなたのうちに、聖なる霊のうちに、あなたが約束してくださったすべての善きことのゆえに、ひとつになることを、共に大いなるよろこびとすることをゆるしてくださるのです。われらをあなたの子としてください。われらがあゆみうる道を常に見いださせてください。そして常にあなたがわれらと共にいまし、自分で自分に与えることのできないものを与えてくださいますように。われらの生があなたをたたえ、あらゆる息吹きもあなたのものとなり、肉体も魂も霊もみ守りにより、あなたとの交わりによって隠されてしまいますように。あなたがわれらに行なってくださり、なお行なおうとしておられるすべてのことのゆえに、感謝します。アーメン」。
