1.さあ、兄弟たちを訪問し、見て来よう
(1)使徒言行録は聖霊によって誕生した最初の教会の伝道物語です。今日の私どもの教会の原点となる姿があります。しかし、最初の教会は決して理想的な教会ではなく、様々な問題があり、破れもありました。それを隠そうとしません。それは今日の教会にも起こることだからです。
本日、15章の最後から16章の始めの言葉を黙想します。この箇所はとても重要なことが記されています。15章では最初の教会会議、エルサレム会議が記されていました。福音が様々な民族に伝えられて行く中で、全ての教会に土台となるものは何かを会議で確認しました。イエス・キリストの名によって洗礼を受ければ、どの民族でも救われることを確認しました。そして16章は第二回伝道旅行が記されています。福音が初めてエーゲ海を越えて、ヨーロッパ大陸に伝えられる、新しい伝道の道が拓かれる出来事が起こります。15章の終わりから16章の始めは、第二回伝道旅行の準備が記されています。
(2)15章36節「数日後、パウロはバルナバに言った。『さあ、前に主の言葉を宣べ伝えたすべての町にもう一度行ってきょうだいたちを訪問し、どのようにしているかを見て来ようではないか』」。パウロとバルナバは、シリアのアンティオキア教会の指導者でした。アンティオキア教会は異邦人伝道に燃えている教会で、パウロとバルナバを第一回伝道旅行に遣わしました。パウロとバルナバは伝道の困難さを味わいましたが、同時に伝道の最乗も味わいました。伝道は聖霊が主体となって行われることを味わいました。パウロが提案した第二回伝道旅行の目的が語られています。第一回伝道旅行で主の言葉を宣べ伝えた全ての町にもう一度行って、兄弟姉妹たちを訪問し、どのようにしているか見て来よう。第一回伝道旅行で生まれた教会の様子を問安することが目的でした。ここで注目したいのが、「見て来よう」という言葉です。単なる「見学する」という意味ではありません。後に、教会の制度を表す言葉として、「監督制度の教会」「長老制度の教会」「会衆制度の教会」が生まれました。その中の「監督する」という言葉が用いられています。「教会を牧会し、指導する」という意味です。教会が主の道を歩んでいるかどうか、絶えず確認する必要があります。主の道に立ち帰らせ、監督、指導し、そして励ますことが目的です。教区、地区、地域連合長老会の教会を、議長、副議長、書記が問安することをしています。
2.激しく意見が衝突し、彼らはついに別行動をとるようになって
(1)37節「バルナバは、マルコと呼ばれるヨハネも連れて行きたいと思った。しかしパウロは、以前パンフィリア州で自分たちから離れ、一緒に宣教に行かなかったような者は、連れて行くべきでないと考えた」。ここで問題が起こりました。マルコと呼ばれるヨハネは、パウロとバルナバが第一回伝道旅行に連れて行った若き伝道者です。バルナバの甥、年下のいとこです。12章25節、13章5節。ところが、マルコと呼ばれたヨハネは伝道の厳しさに直面して、途中で帰ってしまいました。13章13節。バルナバとしては甥のマルコに、もう一度チャンスを与えたいと思い、第二回伝道旅行に連れて行くことを提案しました。しかし、パウロは断固として反対しました。伝道旅行の途中で帰って行く者を連れて行くべきではない。
39節「そこで、激しく意見が衝突し、彼らはついに別行動をとるようになって」。パウロとバルナバはマルコを同行させるかどうかで、意見が激しく衝突し、決裂してしまいます。教会に起こる意見の対立です。パウロにとって、バルナバは命の恩人です。教会の迫害者であったパウロは、甦られたキリストと出会い、異邦人にキリストを伝える伝道者として召し出されました。しかし、エルサレム教会はパウロを受け入れようとはしなかった。パウロをエルサレム教会に受け入れるよう執り成したのは、バルナバでした。9章26~28節。もしバルナバの執り成しがなければ、パウロはエルサレム教会に受け入れられなかった。パウロにとってバルナバは命の恩人。しかし、伝道旅行にマルコを同行させるかどうかで、パウロとバルナバは決裂しました。
(2)39b節「バルナバはマルコを連れてキプロス島に向かって船出したが」。バルナバはマルコを連れて、故郷の地中海のキプロス島で向かいました。40節「一方、パウロはシラスを選び、きょうだいたちから主の恵みに委ねられて出発した」。パウロはシラスを選び、第二回伝道旅行に出発しました。シラスはエルサレム教会の指導者でした。エルサレム会議で決定したことをアンティオキア教会の教会員に伝えるために遣わされました。15章22節、30~34節。シラスは別名シルワノです。ギリシャ語を話すユダヤ人です。
パウロはバルナバと決裂した後、一人で伝道旅行に出かけませんでした。シラスを連れて出発しました。伝道は一人でするものではなく、必ず同行者が必要です。主イエスが72人の弟子たちを伝道に遣わされる時も、二人ずつ町や村に遣わしました。主イエスの伝道の姿勢を最初の教会も、パウロも受け継いでいます。41節「そして、シリア州やキリキア州を回って諸教会を力づけた」。パウロとシラスが向かったのは、第一回伝道旅行をしたシリア州やキリキア州でした。
され、パウロとマルコはずっと決裂したままだったのでしょうか。コロサイの信徒への手紙4章10節「私と一緒に捕らわれの身となっているアリスタルコと、バルナバのいとこマルコとが、あなたがたによろしくと言っています。マルコについては、そちらに行ったら迎えるようにとの指示を、あなたがたは受けているはずです」。マルコはパウロと一緒に獄に捕らわれています。パウロの片腕となる伝道者になりました。
3.パウロはテモテを同行させる
(1)16章1節「パウロは、デルベにもリストラにも行った。そこに、そこに、信者のユダヤ人の女性の子で、ギリシャ人を父親に持つテモテという弟子がいた」。リストラで、パウロはテモテという青年に出会います。パウロが生涯、信頼した若き伝道者となりました。パウロは2度もテモテに、牧会のための助言の手紙を書きました。テモテへの手紙一・二です。そこにテモテの紹介があります。テモテへの手紙二1章5節「その信仰は、まずあなたの祖母ロイスと母エウニケに宿りましたが、それがあなたにも宿っていると、私は確信しています」。テモテは三代目のキリスト者です。祖母エウニケ、母ロイスはユダヤ人です。父はギリシャ人でした。
2節「彼は、リストラとイコニオンのきょうだいの間で評判の良い人であった」。3節「パウロは、このテモテを連れて行きたかったので、その地方に住むユダヤ人の手前、彼に割礼を施した。父親がギリシャ人であることを、皆が知っていたからである」。パウロは若きテモテを伝道旅行に同行させました。伝道旅行をしながら、若き伝道者を育てるためです。その時に、パウロは伝道のために一つの手立てをしました。テモテは父がギリシア人であったので、神に選ばれたしるしである割礼を受けていませんでした。パウロは異邦人だけでなく、ユダヤ人にも伝道したいと願っていたので、テモテに割礼を受けさせました。
(2)4節「彼らは方々の町を巡回して、エルサレムの使徒と長老たちが決めた規定を手渡し、それを守るようにと伝えた」。第二回伝道旅行の目的は、エルサレム会議で決めたことを第一回伝道旅行で誕生した諸教会に伝えることでした。私たちが救われるのは、イエス・キリストの名による洗礼のみ。但し、ユダヤ人キリスト者に配慮し、偶像に献げた肉と血、絞め殺した動物の肉と、淫らな行い(十戒)とを避けること。15章19~20節、28~29節。
3節「こうして、教会は信仰を強められ、日ごとに数を増していった」。
4.御言葉から祈りへ
(1)ブルームハルト『ゆうべの祈り』(加藤常昭訳) 11月5日の祈り シラ書(集会の書)34・23
「いと高き方は、不信仰な者の供え物をp喜ばれず、どれほどいけにえを献げても、罪は贖われない」。
「全能の主なる神よ、あなたは全世界にまなざしを注ぎ、われらは自分を取りまくすべての禍いをたずさえたままで、み顔のまえに立ちます。われらの生がみ手のうちにあるようにし、み力を与えてください。そしてわれらが苦難と困窮のうちにあっても自分の生を貫くことができるようにしてください。主なる神よ、われらはあなたのものだからです。あなたはご自分の民を、ご自分におえらびになり、その民が力強く、またいっさいの禍いからも自由になるようにしてくださいました。われらは祈り願い、請い求めます。われらを助けてください。あなたが自分と共にいてくださったことを経験させてください。みことばをわれらにおいて祝福されたものとし、永遠にみ名がたたえられますようにしてください。アーメン」。
