1.コリント伝道
(1)使徒言行録16章より、パウロたちの第二回伝道旅行が記されています。聖霊の導きにより、思いがけずエーゲ海を越え、ヨーロッパ大陸に足を踏み入れ、ヨーロッパ伝道が始まりました。最初はギリシア半島の北のマケドニア州、そして南のアカイア州の伝道が始まりました。これも自分たちの伝道計画ではなく、聖霊の導きによりました。前回17章で、パウロはアカイア州の中心都市アテネで伝道しました。ギリシア哲学の発祥の地です。アレオパゴスの広場で哲学者、市民に伝道をしました。ところが、主イエスの甦りの福音を語り出した途端、人々は嘲笑い、「その話はいずれまた聞かせてもらおう」と言って立ち去って行きました。パウロのアテネ伝道は失敗しました。数名の主を信じる者は与えられましたが、他の町のように主を信じる群れ・教会を形成することは出来ませんでした。パウロの召命は揺らぎました。伝道者生命を懸けてコリントへ行きました。その時の自らを、コリントの信徒への手紙一2章3節で綴っています。「そちらに行ったとき、私は衰弱していて、恐れに捕らわれ、ひどく不安でした」。そこでパウロは一つの決意をしました。「あなたがたの間でイエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていたからです」。しるしや知恵ある言葉では無く、十字架のキリストを語る宣教の愚かさに徹しようと決心しました。
(2)コリントはアカイア州の商業都市です。様々な文化が融合する異教の町です。1節「その後、パウロはアテネを去ってコリントへ行った。ここで、ポントス州出身のアキラと言うユダヤ人とその妻プリスキラに出会った」。初めて足を踏み入れる地で何もないところから伝道する。それは厳しいことです。しかし、神は人との出会いを与えて下さいます。これこそ伝道の大きな突破口となります。コリントではアキラとプリスキラ夫妻との出会いが大きな力となりました。金沢教会にも伝道の手助けをするアキラとプリスキラ夫妻がいます。
「クラウディウス帝が、全ユダヤ人をローマから退去させるようにと命令したので、最近イタリアから来たのである」。アキラとプリスキラはローマで主イエスを信じ、教会生活をしていました。既にローマでも別の伝道者によって伝道がなされ、教会が誕生していました。しかし、ローマ皇帝クラウディウス帝のユダヤ人退去命令により、二人はコリントに来ていました。
2節「パウロはこの二人を訪ね、自分も同業者であったので、彼らの家に住み込んで、一緒に仕事をした。その仕事はテント造りであった」。コリントに来てパウロはアキラとプリスキラのことを聞いたのでしょう。二人を訪ねました。そして二人の家がコリント伝道の拠点となりました。しかもパウロと同業者でした。テント造りの職人でした。パウロはテント造りをしながら生計を立て、伝道していました。
3節「パウロは安息日ごとに会堂で論じ、ユダヤ人やギリシア人の説得に努めていた」。パウロの伝道場所はユダヤ人の会堂でした。そこでユダヤ人やギリシア人に福音を語りました。
2.恐れるな、語り続けよ、黙っているな
(1)5節「シラスとテモテがマケドニア州からやって来ると、パウロは御言葉を語ることに専念し、ユダヤ人に対して、メシアはイエスであると力強く証しした」。アカイア州からシラスとテモテが遅れてやって来て、パウロに合流しました。パウロは御言葉を語ることに専念し、ユダヤ人に対して、あなたがたが待ち望んでいるメシアこそイエスであると力強く証ししました。伝道は一人では出来ません、志を同じくするアキラとプリスキラ夫妻のような信徒が必要です。そして伝道者仲間が必要です。
6節「しかし、彼らが反抗し、口汚く罵ったので、パウロは衣の塵を振り払って言った。『あなたがたの血は、あなたがたの頭に降りかかれ。私には責任がない。今後、私は異邦人のところへ行く』」。伝道はいつも様々な障害に出会います。キリストの十字架の言葉は人々の躓きとなります。パウロの言葉を聞いたユダヤ人は反抗し、口汚く罵りました。パウロは衣の塵を振り払い、怒りを現しました。「あなたがたの血は、あなたがたの頭に降りかかれ」。神の裁きに委ねる言葉です。パウロはユダヤ人ではなく、異邦人、ギリシア人へと伝道に向かいました。
7節「パウロはそこを去り、神を崇めるティティオ・ユストと言う人の家に移った。彼の家は会堂の隣りにあった」。コリントには神を崇めるユダヤ人ティティオ・ユストがいました。パウロはアキラとプリスキラ夫妻の家からユストの家に移りました。その家がコリント伝道の拠点となりました。ユストの家は何と、ユダヤ人の会堂の隣りにありました。ユダヤ人の会堂から立ち去ったパウロは、その隣のユストの家で伝道をしました。神がなさることはいつも不思議なことです。想像しただけで楽しくなります。そして更に驚くべきことが起こります。
8節「会堂長のクリポスは、一家を挙げて主を信じるようになった。また、コリントの多くの人々も、パウロの言葉を聞いて信じ、洗礼を受けた」。何と、ユダヤ人の会堂長クリスポが一家を挙げて主を信じ、洗礼を受けるようになりました。コリントの多くの人々も、パウロの言葉を聞いて信じ、洗礼を受けました。ユダヤ人の会堂の隣のユストの家が、恐らくコリント教会になったのでしょう。ユダヤ教の会堂と教会が並び、しかもユダヤ教の会堂長クリスポ一家がキリスト者となる。何と不思議な出来事を神はなされるのです。
(2)9節「ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。『恐れるな。語り続けよ。黙っているな。私はあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、私の民が大勢いるからだ』」。主が幻の中で語られたこの御言葉は、日々伝道の挫折を経験する私ども伝道者、信徒に、大きな慰めの言葉となりました。「私はあなたと共にいる」。「この町には、私の民が大勢いる」。この主の幻を見るのです。それ故、「恐れるな。語り続けよ。黙っているな」という伝道へ駆り立てられるのです。
11節「パウロは1年6か月の間ここにとどまって、人々の間で神の言葉を教えた」。1年6か月のコリント伝道は、巡回伝道者であるパウロにとって、長い滞在期間です。パウロは腰を据えてコリント伝道に励みました。コリント教会の礎を築きました。
3.困難の中に現れる主の御業
(1)しかし、伝道は次から次へと障害が起こります。
12節「ガリオンがアカイア州の総督であったときのことである。ユダヤ人たちが一団となってパウロを襲い、法廷に引き立てて行って、『この男は、律法に違反するようなしかたで神を崇めるようにと、人々を唆しています』と言った」。パウロのコリント伝道をよく思わないユダヤ人の一団が、パウロを襲い、法廷に引き出しました。「この男はユダヤ人の律法に違反するような仕方で、神を崇めるように、人々を唆している」。
14節「パウロが話し始めようとしたとき、ガリオンはユダヤ人に向かって言った。『ユダヤ人諸君、これが不正な行為や悪質な犯罪であるなら、当然諸君の訴えを取り上げるが、問題が教えとか名称とか諸君の律法に関するものならば、自分たちで解決するがよい。私は、そのようなことの審判者になるつもりはない』。そして、彼らを法廷から追い出した」。ガリオンはアカシア州の総督です。ギリシア人です。「ユダヤ人の律法に関することは、自分たちで解決しなさい。私はそのようなことの審判者にはならない」と言って、突き返しました。
17節「すると、皆は会堂長のソステネを捕まえて、法廷に前で打ち叩いた。しかし、ガリオンはそれに全く心を留めなかった」。ユダヤ人の会堂長はクリスポ一人だけでなく、ソステネもいました。彼もクリスポと一緒に主を信じ、洗礼を受け、キリスト者になっていたのでしょう。アカイア州の総督ガリオンが自分たちの訴えを取り上げないので、その腹いせに、会堂長のソステネに暴力を加えました。
(2)会堂長ソステネの名は、パウロが書いたコリントの信徒への手紙一の冒頭に登場します。
「神の御心によってキリスト・イエスの使徒として召されたパウロと、兄弟ソステネから、コリントにある神の教会と、キリスト・イエスにあって聖なる者とされた人々、召された聖なる者たち、ならびに至るところで私たちの主イエス・キリストの名を呼び求めるすべての人々へ。イエス・キリストは、この人たちと私たちの主です」。
ソステネは後に、パウロと共に伝道した伝道者になったと思われます。伝道は次から次へと困難が押し寄せます。しかし、そのような困難な中でも、主を信じる洗礼者を与え、伝道者を召して下さる神の御業が働かれるのです。それ故、幻の中で語られた主の御言葉に、日々耳を傾けるのです。
「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。私はあなたと共にいる。この町には、私の民が大勢いる」。
4.御言葉から祈りへ
(1)ブルームハルト『ゆうべの祈り』(加藤常昭訳) 12月17日の祈り ヨハネ一1・2
「主よ、われらの神よ、われらは感謝します。あなたはわれらにいのちの光を与えてくださいました。そして今やわれらは生きることをまなぶことができます。十字架につけられ、甦られた主イエスにふれることによって受ける、あなたの大いなる恵みによって、いのちを理解することをまなぶことができるのです。このキリストの力がわれらのうちに明らかになり、キリストのいのちがわれらのいのちとなるようにしてください。そしてたといわれらのまわりになお、夜と闇が取りまいていることがしばしばあっても、いっさいの疑い、いっさいの不安からわれらがあゆみ出るようにしてください。みことばのうちにわれらをお守りください。み心によって、全世界の上に力ある方となってください。み心は天地の中に、いっさいの深みにおいても、必ず行なわれるのです。み心が天に行なわれるごとく、地にも行なわれるようにしてください。アーメン」。
