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「もう泣かなくともよい」

列王記上 17章17~24節
ルカによる福音書 7章11~17節

「主日礼拝」

井ノ川 勝 牧師

2026年11月1日

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2026.11.1. 「もう泣かなくともよい」

      列王記上17:17~24,ルカ7:11~17


1.①今朝は逝去者記念礼拝を、ご遺族をお招きして捧げています。この一年間も、大切な家族、親しい信仰の仲間6名が逝去され、この礼拝堂で葬儀が行われました。3月28日、中島眞さん、6月2日、池田澄子さん、5日、遠藤幸四郎さん、6日、星野俟子さん、12日、相坂一成さん、8月25日、稲積志保さんの葬儀が行われました。特に、6月の第一週には、3名の方の葬儀が行われました。一人の方の葬りが終わらないうちに、次の方が亡くなられ、その方の葬りが終わらないうちに、更に、次の方が亡くなられることが続きました。涙が渇かないうちに、また新たな涙を流す日々が続きました。

 大切な家族、親しい信仰の仲間を亡くした悲しみ、寂しさは時間が経ってもなくなるものではありません。今朝、葬儀が行われたこの礼拝堂に座り、神の御前で、悲しみを新たにされていることと思われます。また、私どもも死と向き合いながら生きている。いつ私の命が取り去られるか分からない。その思いを新たにしています。

私は伝道者として、これまで何度も葬儀を行って来ました。死と向き合うということは厳しいことです。愛する家族を亡くされた御遺族の悲しみと向き合うことは、厳しいことです。伝道者といえども、死と悲しみを前にしては、おどおどしてしまいます。そのような伝道者である私が、葬儀の時に、いつも中心においている御言葉があります。それが今朝、私どもが聴いた御言葉です。ここには死と向き合われる主イエス、悲しみと向き合われる主イエスが描かれています。葬儀の真ん中に、主イエスが立って下さる。その主イエスに支えられて、いつも葬儀に臨みます。

 

②ナインという町で起きた葬りの出来事は、特別な出来事ではありません。今日も世界のどこかで起きている出来事です。私どもの教会の葬りにおいても起きている出来事です。

 ナインの町に悲しみの母がいました。夫に先だたれ、今、頼りにしていた一人息子にも先だたれました。息子が入れられた棺は、人々に担がれて、墓へ向かっていました。悲しみの葬列です。母も親しい方々も皆、涙を流していました。ところが、この葬列と向き合うようにして、反対方向から主イエスと弟子たちの一団がやって来ました。主イエスは墓へ向かう悲しみの葬列を止めてしまうのです。

 ここで注目してほしいことがあります。一つはイエスの呼び名です。「主は」と語られています。救い主の主です。いのちの主です。もう一つは、この時の主イエスの動作が立て続けに語られています。

 主は母親を見た。憐れに思った。「もう泣かなくともよい」と言われた。近寄って棺に触れられた。棺を止められた。

 主イエスが向かわれるところ、それは愛する家族を亡くされ悲しみの涙を流し、悲しみの中に佇んでいる者のところです。主イエスは愛する一人息子を亡くされた母にまなざしを注いで下さいます。憐れに思って下さいます。

「憐れに思う」。この言葉は、私どもが抱くような同情ではありません。私どもも大切な家族を亡くされた方の涙に、まなざしを注ぎます。「お気の毒に」「お可哀想に」という同情を寄せます。しかし、この「憐れに思う」という言葉は、神さまだけにしか使われない特別な言葉なのです。「自らのはらわたを引き裂く程の痛み」を表します。主イエスは一人息子を亡くされた母の涙を御覧になられ、自らのはらわたを引き裂く程の痛みを覚えられました。愛する家族を喪った悲しみは心だけではなく、肉体までも食い込みます。全身が悲しみと痛みに包まれます。主イエスは母の悲しみを自らの悲しみとし、母の痛みを自らの痛みとされました。

 主イエスの方から近寄って来られ、棺に触れられた。死体に触れて下さる。悲しみと痛みに、触れて下さるのです。

 

2.①この時、主イエスはひと言だけ語られました。「もう泣かなくともよい」。不思議な言葉です。誰もが語れる言葉ではありません。大切な命を喪った家族に向かって、牧師が語ったとしたら、「あなたは何と情けのない牧師だ」と、怒って批判されるでしょう。この御言葉は、主イエスだけが語ることの出来る言葉です。「あなたはもう泣かなくともよい」。

 しかし、大切な一人息子を亡くしたのです。涙は止めどなく流れます。悲しみは癒えることはありません。主イエスは泣くことを禁じられたのでしょうか。そうではありません。ヨハネ福音書11章に、愛する兄弟を亡くされたマルタとマリアが描かれています。主イエスはマルタとマリアの涙を御覧になられ、自らも涙を流されました。そして愛する家族を奪う死の力と向き合う、激しく憤られ、心騒がせておられます。

 「あなたはもう泣かなくともよい」。主イエスが近寄って下さり、自らのはらわた引き裂く程の痛みで憐れんで下さり、私どもの悲しみ、痛みに触れて下さることによって、私どもの涙の方向が変えられたのです。私どもは暗闇に向かって涙を流すのではありません。絶望に向かって涙を流すのではありません。私どもの流す涙は地に落ちて、空しく消えてしまうのではありません。

 詩編56編に、悲しみを幾度も経験した詩人がこう語っています。

「あなたは私のさすらいの日々を、数えてくださいました。私の涙をあなたの革袋に蓄えてください。あなたの記録にはそうするよう書かれていませんか」。

 主イエスご自身が「涙の革袋」になって、私どもに近寄って下さる。私どもの流す涙を受け止めて、蓄えて下さる。私どもの流す涙は、主イエスに向かい、神さまに向かって流れる。一粒一粒の涙を、主イエスが数えて下さる。涙の意味を知っていて下さる。それ故、私どもは涙を流しても、もはや絶望の涙を流さなくともよい。「あなたはもう泣かなくともよい」。

 ここで注目すべきことは、母の方から主イエスに泣き叫んだのではない。訴え頼んだのでもない。信仰をもって祈り願ったのでもなかった。主イエスの方から母を御覧になられ、憐れに思い、近寄り、棺に触れ、「もう泣かなくともよい」と語りかけられたのです。主イエスの一方的な憐れみが先導しています。それが私どもの涙の方向を変えるのです。棺の方向を変えるのです。

 

②私どもの命は一つの方向へ向かって進んでいます。日に日に、確実に、死へと向かっています。墓へと向かっています。私どもはやがて死を迎え、棺に入れられ、墓に葬られます。私どもがどんなに力を込めても、変えられない流れです。しかし、主イエスは近寄って来られ、棺に手を触れ、墓へ向かう棺を止めてしまわれた。更に、驚くべきことが起こった。主イエスは語られた。

「若者よ、あなたに言う。起きなさい」。すると、死人は起き上がって、ものを言い始めた。主イエスは息子を母にお渡しになられた。

 この出来事を通して、私どもに何を語りかけているのでしょうか。私どもの葬儀では、亡くなった家族が甦るという出来事が起こらないではないか。主イエスによって甦らされた息子は、永遠に生き続けたのではありません。再び死を迎えました。棺に入れられ、二度目の葬りが行われました。二回葬儀をしたことになります。しかし、一回目の葬りと二回目の葬りとは、決定的に違います。主イエスが近寄って、棺に手を触れ、棺を止められ、息子を甦らせたことにより、棺が向かう方向が変えられたのです。私どもの命の流れが変えられたのです。

 葬儀の時に、しばしば朗読される御言葉の一つに、詩編139編があります。不思議な御言葉です。主イエスが誕生されるずっと以前に語られた御言葉でありながら、主イエスが来られたことで何が変わったのかが、明確に語られています。

「天に登ろうとも、あなたはそこにおられ、陰府に身を横たえようとも、あなたはそこにおられます」。

元の言葉は、「陰府に身を横たえようとも、見よ、あなたはそこにもおられる」。詩人は驚いているのです。陰府とは死者が赴くところです。死んで墓に身を横たえ、陰府に身を横たえた。こんなところには神さまはおられないと思っていた。ところが、神さま先回りをして、死者が赴く墓にも、陰府にもおられた。神さまがおられないところはなくなった。

 主イエスが来られたということは、このことが起こったということです。主と呼ばれるイエスは、自らも十字架で死を味わわれた方です。墓に葬られた方です。死者が赴く、神さまのおられない陰府にまで降られた方です。陰府は死と闇が支配する望みなきところです。しかし、主イエスは陰府まで降られ、身を横たえて下さった。しかし、そこが最終場所ではなかった。死に打ち勝ち、甦られ、墓から出て来られた。天に上られ、父なる神の御許へ行かれた。

主イエスは甦りの主であり、いのちの主であることを現された。主イエスの十字架の死、甦りの出来事を通して、私どもの命の流れが変えられたのです。棺が向かう方向が変えられたのです。私どもの命は死へ向かう、墓へ向かうのではなく、いのちへ向かうのです。主イエスがおられるところ、そこにいのちがあるからです。

本日礼拝後、野田山の教会墓地へ向かいます。そこで墓前礼拝を捧げ、今年、逝去された2名の方の納骨を行います。金沢教会の墓地には、数え切れない多くの方が眠っておられます。しかし、墓が最終場所ではないのです。主イエスが甦られ、墓から出て来られ、天におられる父なる神の御許へ上って行かれた。いのちの道筋を敷いて下さった。終わりの日、私どもの信仰の先達も、私どもも、死の眠りから目覚めて、甦らされる。そして天におられる父なる神の御許へと招き入れられるのです。甦られた主イエス・キリストの甦りのいのちを目指して、私どもは死を迎え、墓に葬られるのです。

ヨハネの黙示録は、終わりの日の約束をこのように語っています。

「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となる。神自ら人と共にいて、その神となり、目から涙をことごとく拭い去ってくださる。もはや死もなく、悲しみも嘆きも痛みもない。最初のものが過ぎ去ったからである」。

 

3.①「若者よ、あなたに言う。起きなさい」。主イエスのこの言葉によって、若者は死者の中から起き上がった。母の懐に迎え入れられた。棺を担いでいた人々、葬列に加わっていた人々は驚いたことでしょう。人々は皆、恐れを抱きながら叫びました。

「偉大な預言者が我々の間に現れた。神はその民を顧みてくださった」。そして神を崇めました。

 墓へ向かう棺が空っぽになってしまった。役に立たなくなってしまった。葬儀に欠かせない棺が要らなくなってしまった。私どもは甦られた主イエス・キリストのいのちの御手に抱かれるのです。空っぽになった棺を担ぎながら、人々は神を崇めた。生きる時も死ぬ時も、私どもの主である神を、主イエス・キリストを礼拝し、讃美を捧げました。教会は葬りの時にも、主を礼拝し、主を讃美します。涙を流しながらも、いのちの歌・讃美歌を歌います。

 キリスト教会が誕生する前は、死者の葬りは夜、行われていました。ところが、主イエス・キリストが甦られてから、葬儀はまっ昼間に行われるようになりました。しかも葬儀に参列した人は黒い服ではなく、白い服を着るようになりました。主イエス・キリストの甦りの光の中で、甦りを象徴する白い衣を身に纏いました。人々は驚きました。

 元々、教会の葬りは、棺を担いで墓へ向かう途中、教会立ち寄り、そこで礼拝を捧げ、墓地で葬りをしました。棺を担いで墓へ向かう途中でも、讃美歌を歌いました。甦りの主をほめたたえました。

 私は金沢教会に遣わされる前、伊勢の教会で30年間、伝道、牧会しました。伊勢の町は伊勢神宮を中心とした町です。葬儀の8割が神道で行います。そのような中で、伊勢の町の人々が教会に足を運ぶのは、教会の葬儀の時です。教会の葬儀を初めて経験した方が、驚きながら言いました。「教会は葬儀の時にも讃美歌を歌うのですね」。

 私どもは喜びの時だけに讃美歌を歌うのではありません。悲しみの時も、病の時も、試練の時も、讃美歌を歌います。愛する家族を亡くし、悲しみの涙を流しながらも、讃美歌を歌います。私どものために甦られ、天におられる主イエス・キリストに心を高く上げながら、生きる時も死ぬ時も、甦りの主イエス・キリストのいのちの御手にあることを讃美するのです。

 

②葬列に加わっていた人々は、主を讃美しました。「神はその民を顧みてくださった」。「顧みる」という言葉は、「訪れる」という意味でもあります。「神はわれわれを訪ねて下さった」。主イエスにおいて、神はわれわれを顧み、われわれを訪ねて下さった。

 私どもは死んでから陰府を味わうよりも、生きながらにして陰府を味わいます。様々な苦しみ、不安に襲われ、私は神から見捨てられた。絶望しかない。地獄のような苦しみでしかない。全ては終わった。そのように叫ぶ私どもです。しかし、主イエス・キリストは来て下さった。地獄のような苦しみを十字架で味わって下さった。死に打ち勝ち、闇を裂き、陰府を砕き、甦って下さった。主イエス・キリストが近寄って来られたことにより、神はわれわれを顧み、われわれを訪れて下さった。どんな時にも、主イエスはわれわれと共におられるのです。それ故、教会はどんな時にも主に向かって讃美する主の群れとして、いのちに向かって行進し続けるのです。

 

 お祈りいたします。

「この一年間、大切な家族を亡くしました。親しい信仰の仲間を喪いました。一人一人が掛け替えのない命でした。繰り返し、主の御前で葬儀を行って来ました。しかし、いつも私どもの真ん中に立たれたのは、いのちの主イエス・キリストでありました。主イエスが憐れみをもって、私どもの悲しみ、痛みを受け止めて下さいました。もう絶望の涙を流さなくともよいと語りかけて下さいました。どのような時も、主に向かって心を高く上げ、涙を流しながらも、いのちの賛歌を歌う主の群れとして下さい。

 この祈り、私どもの主イエス・キリストの御名により、御前にお捧げいたします。アーメン」。

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