「信仰の衣鉢を受け継ぐ」
列王記下 2章9~18節
コリントの信徒への手紙一 15章1~11節
主日礼拝
井ノ川 勝 牧師
2026年5月3日
2026.5.3. 「信仰の衣鉢を受け継ぐ」
列王記下2:9~18,コリント一15:1~11
1.①今朝は、金沢教会創立150周年の記念礼拝を捧げています。いつも週報の表紙に、教会創立記念日が記されています。今から145年前、1881年(明治14年)5月1日、金沢教会建設式が大手町の最初の受洗者・長尾八之門の民家で行われました。信徒19名から出発しました。その日から金沢教会の歩みが始まりました。教会を建設するということは、一体どういう意味であったのでしょうか。
金沢伝道は1879年(明治12年)10月、アメリカ北長老教会宣教師トマス・ウィン、イライザ夫人により始められました。元々、ウィン宣教師は石川県中学紫斑学校の英語教師として招かれましたが、主が福音の使者として北陸の地へ遣わされたとの召命を確信していました。浄土真宗の強い地盤にあり、真宗王国と呼ばれたこの北陸の地で、伝道は困難を極めました。伝道集会をしても石を投げつけられる経験を何度もしました。しかし、ひるむことなく福音を宣べ伝えました。伝道開始から僅か一年後、明治12年9月、信徒13名が金沢教会設立願を、日本基督一致教会に提出しました。
そして7ヶ月後の1881年(明治14年)5月1日、金沢教会建設式が行われました。教会建設式で何が行われたのでしょうか。まだ日本人牧師は招聘出来ませんでした。従って、牧師就任式は行われていません。しかし、長老1名と執事1名の任職式・按手が行われました。そして5名の洗礼式が行われました。長老教会において何よりも大切なことは、長老、執事を立てることであったのです。たとえ牧師がいなくても、長老がいなかったことはなかった。長老を立てることが、教会建設において不可欠のことであったのです。そして何よりも、教会は受洗者を生み出すこと、主イエスに従う信徒を生み出すことが不可欠であるのです。教会建設式において、ご復活の主キリストから託された北陸伝道の幻を熱く燃やしたのです。
教会建設式から145年後の本日、主によって選ばれた長老、執事の任職式、按手が行われることは、意義深いことです。
②教会創立145周年を迎え、私どもは一体何を継承するのかが問われています。本日の説教題を「信仰の衣鉢を受け継ぐ」としました。
「衣鉢」という言葉は仏教用語です。元々は僧侶の師匠から弟子に継承する衣と器を意味していました。そこから転じて、仏教、仏の道の奥義を伝えるという意味になりました。それでは私ども教会にとって、信仰の衣鉢とは何でしょうか。私どもが受け継ぐべき信仰と衣鉢とは何でしょうか。
この朝、私どもが聴いた御言葉は、列王記下2章の御言葉です。預言者エリヤからその弟子エリシャへ、預言者の霊の賜物が受け継がれる場面です。この御言葉は私にとって想い出深い御言葉です。私の伝道者としての原点にある御言葉でもあります。私は神学校卒業後、伊勢の山田教会の伝道師として遣わされました。山田教会は冨山光慶牧師、冨山光一牧師の親子二代に亘り70年間、伊勢神宮の前で伝道して来た教会です。その後を、伝道師、副牧師として6年間伝道して来た私が、思いがけず受け継ぐことになりました。33歳の時でした。若い伝道者が親子二代の伝道者の後を受け継ぐことなど出来るのだろうか。恐れと不安がありました。私にはふさわしくないのではないか、という思いが絶えずありました。
そのような時、冨山光一牧師と親しい大阪の森小路教会の永井修牧師が山田教会で説教をされました。牧師交代をする教会のため、私のために、説教をされました。その時の説き明かされた御言葉が、この御言葉だったのです。預言者エリヤが天に上げられること、そのエリヤの外套を受け継ぎ、若きエリシャが預言者としての務めを果たすこと、それらは全て神の選びであり、神の御業であること語られました。私の心に深く刻まれた御言葉となりました。伝道者として立たたせられた原点となる御言葉となりました。
2.①預言者エリヤは旧約の時代を代表する最初の預言者です。数え切れない程のバアルの預言者と闘いました。アハブ王、妃イゼベルから命を狙われ、逃げ続けました。「もう私の命を取り去ってほしい」と、絶望の叫びを上げました。主なる神から、「あなた一人を残した。預言者として立ち続けなさい」と告げられました。試練の中で、預言者として立ち続けました。しかし、そのエリヤも、天に上げられる日が近づいて来ました。弟子のエリシャも、そのことを察していました。
エリヤは主によって、ギルガル、ベテル、エリコ、ヨルダン川へ遣わされました。その都度、エリヤはエリシャに言いました。
「主は私を遣わされる。あなたはここにとどまっていなさい」。
しかし、エリシャはその都度、三度答えました。
「主は生きておられます。あなたご自身も生きておられます。私はあなたを離れません」。
エリシャの信仰告白です。「主は生きておられる。それ故、あなたも生きることが出来る。私も生きることが出来る。私はあなたを離れない」。
エリヤとエリシャがヨルダン川のほとりに来ました。エリヤは自分の外套を取り、丸めて川の水を打ちました。水は左右に分かれ、二人は乾いた所を渡りました。渡り終えると、エリヤはエリシャに言いました。
「私があなたのもとから取り去られる前に、あなたのために何ができるだろうか。何なりと願いなさい」。
エリシャは答えました。
「どうかあなたの霊の二倍の分け前をくださるように」。
エリヤの霊の二倍の分け前。言い換えれば、あなたの霊の賜物を受け継がせてほしい。霊の賜物とは預言者の賜物、預言の賜物です。神の言葉を語る賜物です。神の御業を行う賜物です。
エリヤとエリシャが話しながら歩き続けていると、火の戦車と火の馬が二人の間を隔てました。エリヤはつむじ風の中を天に上って行きました。エリシャはそれを見て、叫びました。
「わが父よ、わが父よ、イスラエルの戦車よ、その騎兵よ」。
エリシャにとって、エリヤは父のような師匠でした。戦車、騎兵のような力を主から与えられていた存在でした。エリヤは天に上げられる時、自分の外套をエリシャに投げました。エリシャはエリヤの外套を拾い上げました。そして引き返してヨルダン川の岸辺に立ちました。エリシャはエリヤの外套を手に取り、水を打ちながら、叫びました。
「エリヤの神、主はどこにおられますか」。
エリシャがエリヤの外套で水を打つと、水は左右に分かれました。エリヤの神、主は他のどこでもない、将に、ここにおられる。エリシャはエリヤの外套を受け継ぐことにより、信仰の衣鉢を受け継ぎました。霊の賜物を受け継ぎました。神の言葉を語る賜物、神の御業を行う賜物を受け継ぎました。
②それでは教会創立145周年を迎えた私どもが、受け継ぐべき信仰の衣鉢とは何でしょうか。信仰の先達から受け継ぐべき衣と器とは何でしょうか。
毎年、お正月に箱根駅伝が行われます。東京の大手町から箱根の山へ、そして箱根の山から再び東京の大手町へ、10人の駅伝ランナーが襷を受け取り、手渡します。しかし、この襷は10人の駅伝ランナーだけが受け取り、手渡す襷ではありません。各大学の駅伝部の創立以来、先輩から後輩へ受け継がれて来た襷です。創部以来の先輩たちの涙と汗が染み込んだ襷です。心血が注がれた命の襷です。その命の襷を受け取り、次のランナーへ手渡して行くのです。
伝道者パウロも、教会の信仰の衣鉢を受け継ぐことは、信仰の襷を受け継ぐことであると語っています。この朝、私どもが聴いたもう一つの御言葉です。コリントの信徒への手紙一15章の御言葉です。パウロは語ります。
「最も大切なこととして私があなたがたに伝えたのは、私も受けたものです」。
伝道者パウロが語る福音、喜びの知らせは、自分が考えたものではありません。この福音、喜びの知らせは、私も受けたもの。それをあなたがたにも伝える。主イエスから手渡されて来た信仰の襷を、私も手渡され、そしてあなたがたにも手渡す。教会の信仰は信仰の襷として、手渡され、受け継がれて来た。それでは教会の信仰とは何か。
「すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおり私たちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、ケファに現れ、それから12人に現れたことです」。
教会を生かす命の信仰の襷です。教会を生かす命の伝統とも呼ばれます。一つ一つの駅伝チームに、その大学の伝統があり、それが受け継がれています。教会を生かす命の伝統こそ、受け継がれて来た教会の信仰です。キリストが私たちのために十字架にとけられ、葬られ、甦られ、私どもにも現れた。
伝統は古びたものにならず、今を生かす命となるのです。それ故、伝道者パウロは、受け継がれて来た教会の信仰告白を語り、最後に、自らの信仰告白を加えるのです。
「そして最後に、月足らずに生まれたような私にまでキリストは現れました。私は、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中では最も小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です。神の恵みによって、今の私があるのです。そして、私に与えられた神の恵みは無駄にならず、私は他の使徒たちの誰よりも多く働きました。しかし、働いたのは、私ではなく、私と共にある神の恵みなのです」。
金沢教会145年の歩みを支え、生かして来た信仰の襷、教会の信仰、教会の伝統、教会の信仰告白こそ、キリストの十字架、葬り、甦り、私どもに現れた、という出来事、福音、喜びの知らせなのです。
3.①信仰の衣鉢を受け継ぐ。それは信仰の知識を受け継ぐことではありません。衣鉢は私どもの体を覆う衣です。私どもの体が問われるのです。すなわち、私どもの生活、生きる姿勢が問われることです。
145年前の教会建設式で、5名の洗礼式が行われました。これは象徴的なことです。教会が建設されることは、受洗者を生み出す伝道の教会であるということを、身をもって証ししたのです。
伝道者パウロが語った重要な言葉に、この言葉があります。
「キリストを着る」。しかも洗礼の出来事として語っています。
「あなたがたは皆、キリストの真実によって、キリスト・イエスにあって神の子なのです。キリストにあずかる洗礼を受けたあなたがたは皆、キリストを着たのです」(ガラテヤ3・26~27)。
私どもが洗礼を受けるということは、キリストを着せられることです。キリストを身に纏うのです。キリストが私どもの罪、破れ、欠点を覆う衣となって下さるのです。キリストという衣が私どもの信仰、姿勢、品格を形造るのです。金沢教会は145年間、この地に立ち続けて来たのは、受洗者が与えられて来たからです。キリストを着る者を、主が起こし続けて来られたからです。そこに生ける神の御業を見るのです。神の御業は途絶えることはないのです。教会はキリストを着る主の群れです。そして今、キリストはあなたをも着せたいと願っておられるのです。キリストを着ることにより、あなたが新しい人となって生きるためです。
キリストを着る。ここに受け継ぐべき信仰の衣鉢があります。
②衣鉢は、先達から受け継いだ衣と器です。それでは、私どもが受け継ぐべき信仰の器とは何でしょうか。伝道者パウロがこの言葉を語った、もう一つの言葉があります。
「私があなたがたに伝えたことは、私自身、主から受けたものです。すなわち、主イエスは引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りを献げてそれを裂き、言われました。『これは、あなたがたのための私の体である。私の記念としてこのように行いなさい』。食事の後、杯も同じようにして言われました。『この杯は、私の血による新しい契約である。野む度に、私の記念としてこれを行いなさい』」(コリント一11・23~25)。
主イエスが定められた聖餐です。それを私どもは信仰の衣鉢として受け継いでいます。私どもを死を超えて生かす命のパン、命の杯です。キリスト命を盛る器です。金沢教会が145年間、この地に立ち続けて来たのは、聖餐を通して、キリストの命に与って来たからです。今朝も、キリストの命・聖餐に与ります。ここでエリシャの信仰告白を受け継ぐのです。
「主は生きておられる。それ故、私どもは生きます。私はあなたから離れません」。
主イエスも同じ言葉を語られました。
「私が生きるので、あなたがたも生きる」(ヨハネ14・19)。
4.①本日は金沢教会創立145周年記念礼拝を捧げています。同時に、ウィン宣教師召天記念礼拝を捧げています。礼拝後、ウィン宣教師墓前祈祷会が野田山の墓地で行われます。ご復活の主イエス・キリストが北陸金沢の地に遣わされたウィン宣教師の信仰の志を受け継ぎ、新たにするためです。信仰の衣鉢を受け継ぐためです。
ウィン宣教師、イライザ夫人が北陸金沢の地に、第一歩を踏み出したのは、ウィン宣教師28歳、イライザ夫人26歳でした。北陸の地に、福音の種を蒔き続け、19年間、北陸伝道のために献身されました。その後、大阪に行って伝道され、更に、満州に赴き、伝道されました。そして隠退され、アメリカに帰国されました。しかし、ウィン宣教師の使命はそれで終わりませんでした。ご復活の主キリストから新たな伝道の幻を与えられました。ウィン宣教師はこう綴っています。
「しかし、私の心はやはり日本にあった。それでどうしても日本に来ねばならないと思い、青年の時におのが生涯を日本に捧げようと覚悟した通りに、生命のある限りは日本におらねばならぬと考えて、昨年6月また来朝した。この国にある間は、私は不肖ながら日本のために救いの道を宣伝したい。少数の者のためにでもよいから伝道したい。
この志は終始変わらないのである。私は日本を愛している。どうか私の宣べ伝えたことを研究し信じていただきたい。これが私の願いである」。
ウィン宣教師が再来日されたのは、78歳の時でした。翌年、金沢に30年ぶりに足を踏み入れました。日本の地に、北陸に、骨を埋めるために来られました。
1932年(昭和7年)2月8日の主の日、その日は吹雪の寒い朝でした。ウィン宣教師は礼拝説教者として、会堂の最前列の椅子に座っておられました。会衆と共に讃美歌を歌い、司式者が聖書を朗読し、祈りを捧げていた時に、ウィン宣教師は倒れました。そのまま息を引き取られました。手に握られていたのは、説教原稿でした。説教題は「イエスの奇跡」、ヨハネ福音書20章30~31節。ヨハネ福音書の結びの言葉でした。
「これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じて、イエスの名によって命を得るためである」。
ウィン宣教師の遺言説教となったこの説教は、このような言葉で結ばれていました。ウィン宣教師の祈りです。
「なにゆえ、私が今朝この説教をいたすか。それは私はこの説教を聴いて誰でもイエスを信じ、限りなき生命を受けなさるお方があるならば、どんなに嬉しかろうかと思うからである。私はここにイエスを救い主と信じなさるお方があると信ずる。そのお方にお勧めする。あなた方の今なすべきことはイエスにあなた御自身を捧げ、そして主に救いを祈ることである。しからばヨハネの言葉が真理であるとことを経験されるのである。私が経験しているように、あなた方も同じ経験をせられるように願ってやまぬ。主御自身が語られたお言葉の中に、『我に従う者は・・生命の光を得べし』ということがある。この光を受けた人の心は照らされる。そして限りなき生命に入るのである。
信じている人はこの肉眼で美しい景色を見るように、心眼で限りなき生命を見ることができる。『生命の光を得べし』とあるが、あなた方はこの生命の光を有しておられるかどうか。何とぞ、ヨハネの言葉をお受け下さい。そして主イエスをお信じなさい。これは私の衷心からの願いである」。
教会創立140周年の始まりに、ウィン宣教師のこの祈りと志がありました。伝道者魂がありました。私どももこの信仰の衣鉢を受け継ぐのです。
お祈りいたします。
「ご復活の主が遣わされ、立てられた宣教師、伝道者、長老、信徒、信仰の先達の心血を注ぐ信仰と祈りがあり、145年間、この地に金沢教会は立ち続けることが出来ました。どうか私どもも信仰の衣鉢を受け継がせて下さい。キリストを身に纏い、キリストの命に与り、主は生きておられる。それ故、私どもも生きる、という信仰の告白を新たにさせて下さい。生けるキリストを大胆に証しする主の群れとさせて下さい。
この祈り、私どもの主イエス・キリストの御名により、御前にお捧げいたします。アーメン」。
