1.カインは町を築き
(1)創世記4章のカインとアベルの物語は人類最初の家族の物語です。しかし、その家族に亀裂が生じ、兄弟殺しが起こりました。それ以来、家族の物語はいつも中心的な問題となっています。弟アベルを殺したカインに向かって主は問われました。「あなたの弟アベルは、どこにいるのか」(4・9)。言い換えれば、「あなたの隣人はどこにいるのか」。家族、兄弟は最も近しい隣人です。主が、「人は独りで生きるのは良くない。ふさわしい助け手を造ろう」(2・18)と言われた隣人です。しかし、最も近しい隣人との間に破れが生じる。そこに人間の罪の問題、今日的課題があります。
カインは土を耕す農耕業に励み、アベルは羊を飼う牧畜業に励みました。二人は日々誠実に働き、初物を主に献げました。ところがここで問題が生じました。「主はアベルとその供え物に目を留められたが、カインとその供え物には目を留められなかった」。その理由は一切記されていません。カインが献げた供え物に傷物があったとか、カインの献げる姿勢に問題があった、献げる側に問題があったということは一切記されていません。にもかかわらず、神が創造されたこの世界には、神に顧みられない現実と顧みられる現実が存在する。不公平、不平等、不条理が存在する。それはヨブ記の問題でもあります。その理由は分かりません。
しかし、激しく顔を伏せたカインに向かって、主は語りかけます。「どうして怒るのか。どうして顔を伏せるのか。もしあなたが正しいことをしているのなら、顔を上げられるではないか」。あなたが正しいことをしているのなら、顔を上げて生きよと、主はカインに語りかけます。しかし、カインにはこの主の言葉を聴く耳を持たなかった。カインは激しく怒って顔を伏せて、自分と弟アベルを比べました。不公平、不平等に目を留め、耐えられなくなります。ある方は語ります。神は人間に「比較級思考法」を与えられた。「これとこれを比べたら、どちらの方がより良いか」と考えることの出来る思考です。「人間がこの世界でよりよく他者と生きるためにはどうしたらよいか」。「人と自分とが共に暮らす上で、どちらがベターか」を考える思考です。「いかに隣人とより良く生きることが出来るか」を考えることです。しかし、カインは自分と弟を比べて、優劣を計りました。それが隣人との破れという悲劇を生みました。今日の私どもの問題です。
(2)弟アベルを殺したカインは、エデンの東、ノドに追放されました。「故郷を喪失した人間」となりました。故郷を喪失した人間はどこへ向かうのか。東京神学大学の大木英夫先生が『現代人のユダヤ人化』(白水社)で問うた現代の問題です。しかし、主はカインが復讐を受けないように、しるしを付けられました。「いや、カインを殺す者は誰であれ、七倍の復讐を受けるであろう」。
4章17節以下は、エデンの東に追放されたカインの家族の物語です。「カインは妻を知った。彼女は身ごもってエノクを産んだ。カインは町を築き、息子の名前にちなんで、その町をエノクと名付けた」。カインは町、都市を築きます。土を耕す仕事、農耕業を離れ、都市建設者になります。そのカインの子孫の名が記されます。「エノクにはイラドが生まれた。イラドにはメフヤエルをもうけ、メフヤエルメシャエルをもうけ、メシャエルはレメクをもうけた」。世代を越えたたゆまない都市建設の物語が始まります。
19節「レメクは二人の妻をめとった」。2章24節で、「男は父母を離れて妻と結ばれ、二人は一体となる」。一夫一婦制の基となり、結婚式で朗読される御言葉です。しかし、レメクは二人の妻をめとりました。「レメクは二人の妻をめとった。一人はアダ、もう一人の名はツィラと言った。アダはヤバルを産んだ。彼は家畜を飼って天幕に住む者の先祖となった」。ヤバルは遊牧民の先祖となります。ラクダを使って、物資を町へ運ぶ運送業となります。都市は様々な物資が集まる町です。そこに富と権力が集中します。21節「その弟の名はユバルと言った。彼は琴や笛を奏でるすべての者の先祖となった」。ユバルは音楽奏者の先祖となります。都市は人が集まり、音楽が奏でられる演奏会が行われます。文化、芸術が生まれます。22節「ツィラもまた、トバル・カインを産んだ。彼は聖堂や鉄のあらゆる道具を作る者となった。トバル・カインの妹はナアマと言った」。トバル・カインは鍛冶屋の先祖となりました。農耕具という命を生み出す道具を作ります。また、武器という命を殺す道具をも作ることになります。
2.カインのための復讐が七倍なら、レメクのためには七十七倍
(1)23節「レメクは妻たちに言った。『アダとツィラよ、私の声を聞きなさい。私は受ける傷のために人を殺し、打ち傷のために若者を殺す。カインのための復讐が七倍なら、レメクのためには七十七倍』」。「レメクの歌」は「復讐の歌」です。流行歌となりました。弟アベルを殺したカインに向かって、主は語られました。「いや、カインを殺す者は誰であれ、七倍の復讐を受けるであろう」。主はカインが打ち殺されないよう「しるし」を付けられました。主の言葉は復讐の連鎖を生まないための「歯止めの言葉」です。カインのしるしは「歯止めのしるし」です。主は誰よりも復讐の連鎖が悲惨な状況を生むことを知っておられます。
しかし、レメクは主の「歯止め言葉」を逆手に取り、「復讐の歌」に変えました。「カインのための復讐が七倍なら、レメクのためには七十七倍」。やられたら七十七倍にして返せ。七は完全数です。相手を徹底的にやっつけろ。滅ぼすまでやっつけろという歌です。復讐の連鎖に歯止めがかからないと、雪だるま式に増えて行きます。双方が滅びるまで復讐を繰り返す。それは恐ろしいことです。私こそが絶対に善、相手は絶対に悪。「ベスト思考法」です。それは神のみが所有される神の知恵です。自分が神になることです。その後の人類の歴史において、繰り返し起こった世界の現実です。
(2)「レメクの復讐の歌」と全く反対の言葉があります。主イエスの言葉です。マタイ福音書18章21節以下。ペトロが主イエスに尋ねました。「主よ、きょうだいが私に対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか」。主イエスは答えられた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍まで赦しなさい」。赦すことにおいて歯止めをかけるな。無制限に赦しなさい。主イエスは譬えを語られた。主人に対して1万タラントン借金していた僕がいた。一生かかっても返せない借金です。しかし、主人は憐れに思って、僕の借金を帳消しにして下さった。「憐れに思い」は「自らの腸を引き裂く痛みが伴う憐れみ」です。神だけにしか用いられない言葉です。主イエスの十字架の出来事を現す言葉です。借金地獄から解放された僕は、喜び溢れて主人を家を飛び出した。しかしそこで、自分に対し百デナリオンの借金をしている仲間に会った。僅かな借金を返せない仲間を赦せず、牢に入れた。譬えの後、主イエスは言われた。「あなたがたもそれぞれ、心からきょうだいを赦さないなら、天の私の父もあなたがたに同じようになさるであろう」。
ヨハネの手紙一は、主イエスが語られた「隣人を自分のように愛しなさい」を歌った「愛の歌」です。3章7節「愛する人たち、互いに愛し合いましょう。愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれた者であり、神を知っているからです。愛さない者は神を知りません。神は愛だからです。神は独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、私たちが生きるようになるためです。ここに、神の愛が私たちの内に現されました」。
3.その頃、人々は主の名を呼び始めた
(1)25節「アダムは、さらに妻を知った。彼女は男の子を産み、セトと名付けて言った。『カインがアベルを殺したので、神がその代わりに一人の子授けられた』」。アダムと妻との間に、もう一人の男の子が誕生します。セトです。「授かった」という意味です。4章1節と響き合う言葉です。「さて、人は妻エバを知った。彼女は身ごもってカインを産み、『私は主によって男の子を得た』と言った」。カインは「得た」という意味です。命は私どもが得るもの、造るものではありません。神から授かるものです。今日、「子どもを造る」という言葉が蔓延しています。本来は「子どもを授かる」です。神が授けてくださるものです。
26節「セトにも男の子が生まれた。彼はその子をエノシュと名付けた。その頃、人々は主の名を呼び始めた」。ここで初めて、「人々は主の名を呼び始めた」という言葉が登場します。「主の名を呼び始める」。「主を礼拝する」ということです。神に造られた人間が本来の場所に立って、主の名を呼び、主を礼拝するのです。
(2)5章は「アダムの系図」です。私ども「人間の系図」です。アダムからカインの系図ではなく、アダムからセトの系図です。主の名を呼び、主を礼拝する者の系図です。アダム、セト、エノシュ、ケナン、マハラルエル、イエレド、エノク、メトシェラ、レメク、ノアに至る系図です。
4.御言葉から祈りへ
(1)ブルームハルト『ゆうべの祈り』(加藤常昭訳) 5月6日の祈り 黙示録21・3~4
「主よ、われらの神よ、われらはあなたを仰ぎのぞみます。あなたのところには、われらの主イエス・キリストがおられます。そしてわれらは祈り願います。み恵みとみ力を常に新たにわれらの生の中へお送りくださり、暗黒の時、苦しい艱難の名にあっても光を得、救い主によって打ち勝ち、誠実にみ国を待つことを得させてください。すべてのことをわが身に引き受け、身と魂と自分の身についているすべてのものによってあなたに仕えうるように、備えをさせてください。そして、あなたに向かってあゆみ、み国を待ちのぞむ群れに属するものとなり得ますように。み国は新しく来たり、この世を慰め、今日もなお多くの艱難の中にあるすべての人を慰めるでしょう。そうです、主なる神よ、われらの時代を、われらの世界をあわれんでください!すぐにもしるしを示して、あなたの約束してくださったことは、ついにはすべて成就するのだということを、感謝し、賛美させてください!アーメン」。
