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2026年5月27日

「天地創造物語を黙想する8~さあ、あなたと家族は皆、箱舟に入りなさい~」

創世記7章1~24節

井ノ川勝

1.箱舟を造りなさい

(1)「ノアの箱舟物語」「ノアの洪水物語」は過去の物語ではありません。現代の私たちの物語です。人間の罪が生み出す自然災害、人的災害が洪水のように押し寄せて、私どもの命を呑み込もうとしている。しかし、そのことを最も心痛めておられるのは、世界を創造し、人間を創造された神であられる。「ノアの箱舟物語」は「神の後悔」から始まる。6章5~7節「主は、地上に人の悪がはびこり、その心に計ることが常に悪に傾くのを見て、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。主は言われた。『私は、創造した人を地の面から消し去る。人をはじめとして、家畜、這うもの、空の鳥までも。私はこれらを造ったことを悔やむ』」。神が後悔される。それ程、ご自分が造られた世界、人間を愛しておられるからである。愛のないこところに後悔はない。神が後悔され、神がこの世界と人間を審かれる。それ故、ただ神こそが世界と人間を救うことが出来る。「ノアの箱舟物語」は神の物語である。

 

(2)神は世界と人を滅ぼし尽くすことはされない。人間の中で、「正しく」「全き人」、すなわち、神に対して真っ直ぐであり、神と共に歩んだノアに目を留められる。ノアを通して救いをもたらされる。神はノアに語られる。6章13~14節「すべての肉なるものの終わりが、私の前に来ている。彼らのゆえに地は暴虐で満ちているからである。今こそ、私は地と共に彼らを滅ぼす。あなたはゴフェルの木で箱舟を造りなさい」。

 神は審きを通して救いをもたらす。「箱舟を造りなさい」。神はノアに命じられた。しかもその箱舟の大きさたるや、長さ三百アンマ、幅五十アンマ、高さ三十アンマである。長さ135メートル、幅22.5メートル、高さ13.5メートルという大きな箱舟である。しかし、ノアはすべて神が命じられたとおりに行い、実行した。

 

2.箱舟に入りなさい

(1)7章はこういう言葉から始まる。「主はノアに言われた。『さあ、あなたと家族は皆、箱舟に入りなさい』」。主はただ一人の全き人に目を留められ、「箱舟に入りなさい」と招かれる。既に6章18、19節でも語られた。「あなたは、息子たち、妻、息子の妻たちと一緒に箱舟に入りなさい」。「また、あらゆる生き物、すべての肉なるものの中から、二匹ずつを箱舟に入れなさい」。「箱舟に入りなさい」。主の招きが強調される。箱舟の外に救いはないからである。箱舟の寸法は、バビロン捕囚時代、預言者エゼキエルが幻の中で見た新しいエルサレム神殿の寸法と重なり合う。箱舟は新しいエルサレム神殿を表す。ここから「教会の外に救いはない」という言葉が生まれた。主は「箱舟に入りなさい」「教会に入りなさい」と招いておられる。

 「箱舟に入りなさい」。主の招きを受けて、ノアは箱舟に入った。「箱舟に入った」という言葉が強調される。「入る」という言葉が7回繰り返される。7節「ノアは息子たち、妻、息子の妻たちと一緒に大洪水を避けて箱舟に入った」。8節「清い動物、清くない動物、鳥、そして地上を這うあらゆるものが、雄と雌二匹ずつノアのもとに来て、箱舟に入った」。

 箱舟の戸を閉じられたのも、主であった。16節「そこで主は、その後ろの戸を閉じられた」。

 

(2)さて、洪水が起こる。6節「ノアが六百歳の時、洪水が起こり、水が地上を襲った」。11節「ノアの生涯の第六百年、第二の月の十七日、その日、大いなる深淵の源がすべて避け、天の窓が開かれた」。「深淵の源が避け」。この言葉は創世記の冒頭の言葉と響き合っている。「初めに神は天と地を創造された。地は混沌として、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた」。神は混沌、深淵、水という無秩序を、「光あれ」と言葉によって天地を秩序あるものに創造された。第二日に、神は水を大空の下と大空の上に分けられた。その深淵の源が避け、天の窓が開かれ、洪水が起こり、水が地の上にみなぎった。創造の秩序の転倒が神によって引き起こされた。混沌、深淵、水という無秩序な創造以前への逆戻りである。それが神が起こされた審き、滅びであった。

 洪水の期間は「四十日四十夜」続いたことが強調される。4節「私は四十日四十夜、地上に雨を降らせる」。12節「雨は四十日四十夜、地上に降った」。17節「洪水は四十日間、地上で続いた」。「四十」という数字は象徴的な数字である。主イエスは宣教の始め、四十日四十夜、荒れ野で悪魔から誘惑を受けられた。神の民がエジプトを脱出して、荒れ野を40年旅をした。バビロン捕囚の期間も四十年という数え方もある。「四十」という数字は試練を表す数字である。水がみなぎった期間は150日間であった。24節「水は百五十日間地上にみなぎった」。水がみなぎった期間は5か月も続いた。

 「ノアの洪水物語」は伝承されて、二つの時代にまとめられた。一つは「主」を主語とする「ヤハウェ」資料であり、紀元前10世紀のソロモン王時代である。繁栄と豊かな時代である。もう一つは「神」を主語とする「エロヒーム」「祭司」資料であり、紀元前5世紀のバビロン捕囚時代である。滅びと試練の時代である。繁栄と豊かな時代も、滅びと試練の時代も、「ノアの洪水物語」を神からの警告として受け止めたのである。

 

3.ノアと箱舟にいたものだけが残った

(1)洪水はすべての命を呑み込んだ。21節「こうして、地上を動き回るすべての肉なるもの、鳥、家畜、獣、地上に群がるすべてのもの、そしてすべての人は息絶えた」。22節「乾いた地にいたすべてのものの中で、鼻に命の息のあるものはすべて死んだ」。23節「主は、地上のすべての生き物を、人をはじめ、家畜、這うもの、空の鳥に至るまで消し去られた。彼らは地から消し去られた」。「息絶えた」「死んだ」「消し去られた」という言葉が強調される。

 しかし、そのような中で、7章はこの言葉で結ばれる。23節「ただノアと、彼と一緒に箱舟にいたものだけが残った」。「残った」という言葉は、旧新約聖書を貫く重要な言葉である。「残りの者の信仰」と呼ばれる。神は人間の罪、不義を赦すことなく、徹底的に審かれる。神の審きを潜り抜けて、一握りの僅かな者だけが残る。残された僅かな者から、神は新しい救いの御業を行われる。ノアと箱舟にいたものだけが残った。バビロン捕囚という神の審きを潜り抜けて、僅かな神の民が残った。イザヤ6・12~14.パウロは教会に生きる神の民こそ、残りの者と捉えた。「しかし、神は彼に何と告げているか。『私は、バアルに膝をかがめなかった七千人を自分のために残しておいた』と告げておられます。同じように、現に今も、恵みによって選ばれた者が残っています」(ローマ11・5)。

 

(2)主イエスがただ一度、ノアに触れている御言葉がある。ルカ17章24~27節「稲妻がひらめいて、大空の端から端へと輝くように、人の子もその日に現れるからである。しかし、人の子はまず多くの苦しみを受け、今の時代から排斥されなければならない。ノアの時にあったようなことが、人の子の時にも起こるだろう。ノアが箱舟に入る日まで、人は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていたが、洪水が来て、一人残らず滅ぼしてしまった」。「人の子」が現れる時、ノアの時代にあった洪水が起こると、主イエスは語られた。十字架の出来事を指し示している。主イエスの十字架の出来事は、神の審きという大洪水の出来事であった。

 バビロン捕囚の時代に、預言者第二イザヤが語った御言葉がある。イザヤ書54章7~10節。「ほんの僅かな間、私はあなたを捨てたが、深い憐れみをもって、あなたを連れ戻す。怒りが溢れ、僅かな間、私は顔をあなたから隠したが、とこしえの慈しみをもってあなたを憐れむーあなたの贖い主、主は言われる。これは、私にとってノアの洪水の時のようだ。ノアの洪水を二度と地上に起こさないと、誓ったように、私は、あなたに対して怒らず、あなたを責めないと誓う。山々が移り、丘が揺らごうとも、私の慈しみはあなたから動かず、私の平和の契約は揺らぐことはないーあなたを憐れむ主は言われる」。

 預言者第二イザヤのこの預言は、主イエスの十字架の出来事を指し示している。「正しい者はいない、一人もいない」(ローマ3・10)只中で、十字架につけられた一人の義人、残りの者の執り成しにより、私ども罪人は神の審きの洪水に吞み込まれ、滅びることから免れたのである。「人は皆、罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっていますが、キリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより価なしに義とされるのです」(ローマ3・23~24)。神は今、私どもに向かって、キリストの体である教会・箱舟に入りなさいと、招かれているのである。

 

4.御言葉から祈りへ

(1)ブルームハルト『ゆうべの祈り』(加藤常昭訳) 4月27日の祈り 詩編138・3

「愛しまつる在天の父よ、われらはあなたの子です。あなたはまなざしをわれらに注ぎ、われらの心のうちにあるすべてのことをも見、われらが心にいだく、いかなる祈願をも知り、正しい時にわれらの祈りを聞き届けようとしていてくださるのです。弱く、時におしつぶされ、時に自分が何をしているかを知らず、どのようにしてあなたを見いだすべきかを知らないわれらの上に、み手を強くしてください。すべての困窮、多くの脆さ、多くの誤りの中にあって、あなたはわれらと共にいてくださるのです。あなたはすべてを貫いてわれらを導き、われらの人生が到達すべき正しい目標へと至らせてくださるのです。そしてわれらはだれもが、あなたがすべてを貫いて、父というみ名のために自分にしてくださったことをよろこぶことができるのです。アーメン」。

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