1.二人はそこに長くとどまり、主に信頼し堂々と語った
(1)使徒言行録14章は、パウロとバルナバの第一回伝道旅行が記されています。巻末の聖書地図11でその旅程を確認しましょう。シリアのアンティオキア教会から送り出され、まず海路で地中海のキプロス島へ向かいました。バルナバの故郷です。そして大陸へ戻り、ベルゲからビシティア州のアンティオキアへ、更に14章の舞台であるイコニオン、リストラ、デルベへと向かいました。
1節「イコニオンでも同じように、パウロとバルナバはユダヤ人の会堂に入って話をしたが、その結果、大勢のユダヤ人やギリシア人が信仰に入った」。
パウロとバルナバには伝道戦略がありました。各地に離散したユダヤ人の会堂を拠点として説教をすることでした。そこにはユダヤ人だけでなくギリシア人もいました。御言葉により大勢のユダヤ人、ギリシア人が信仰へ導かれました。
2節「ところが、信じようとしないユダヤ人は、異邦人を唆して、兄弟たちに対して悪意を抱かせた。それでも、二人はそこに長くとどまり、主に信頼して堂々と語った」。
伝道は、全ての人が喜んで御言葉を聞くとは言えません。反発する方も必ずいます。パウロの説教に反発したユダヤ人は、異邦人を唆して、パウロとバルナバに対して悪意を抱かせました。しかし、パウロとバルナバはそこから退去せず、長く留まりました。数週間でしょうか。伝道はその地に長く留まり、腰を据えることが求められます。主に信頼し、堂々と御言葉を語りました。使徒言行録が愛用する言葉です。聖霊によって「大胆に」御言葉を語りました。「主に信頼し」て。御言葉はここに主イエス・キリストが生きてられることを信頼して、聖霊によって大胆にキリストを証しすることです。
(2)3b節「主は彼らの手を通してしるしと不思議な業を行い、その恵みの言葉を証しされたのである」。
説教の基となったのは旧約聖書です。旧約聖書は生けるキリストを証ししています。それこそが「恵みの言葉」です。
4節「町の人々は分裂し、ある者はユダヤ人の側に、ある者は使徒の側に付いた。異邦人とユダヤ人が、指導者と一緒になって二人を辱め、石を投げつけようとしたとき、二人はこれに気付いて、リカオニア州の町であるリストラとデルベ、またその近くの地方に難を避けた。そして、そこで福音を告げ知らせた」。
伝道するためにはその地に長く留まる必要があります。しかし、主イエスはもし受け入れられなければ、次の町へ行くことも認められました。
2.生ける神に立ち帰るように、私たちは福音を告げ知らせているのです
(1)8節「リストラに、足の不自由な男が座っていた。生まれつき足が悪く、まだ一度も歩いたことがなかった。この人が、パウロの話に耳を傾けていた。この人が、パウロの話に耳を傾けていた。パウロは彼を見つめ、癒されるのにふさわしい信仰があるのを認め、『自分の足でまっすぐに立ちなさい』と大声で言った。すると、その人は躍り上がって歩きだした」。
3章で、エルサレム神殿の美しの門に座っていた生まれつき足の不自由な男を、ペトロが「ナザレのイエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」と御言葉を語り、癒した出来事と響き合っています。エルサレム神殿の美しの門で起きたことが、リストラでも起きています。ペトロがしたことが、パウロにも起こりました。そこに聖霊が働いているからです。伝道はあらゆる場所で、あらゆる人物を用いてなされます。
パウロの説教に熱心に耳を傾けていた生まれつき足の不自由な男を、パウロは見つめました。癒されるのにふさわしい信仰があるのを認めました。男がまっすぐな心で御言葉を聴いていた。それ故、パウロは語りました。「自分の足でまっすぐに立ちなさい」。「御言葉によってまっすぐに立ちなさい」。ペトロの言葉で言えば、「イエス・キリストの名により立ち上がり、歩きなさい」。
(2)しかし、この出来事が波紋を呼び起こしました。11節「群衆はパウロの行ったことを見て声を張り上げ、リカオニアの方言で、『神々が人間の姿をとって、私たちのところに降りて来られた』と言った。そして、バルナバを『ゼウス』と呼び、また主に話す者であることから、パウロを『ヘルメス』と呼んだ」。
生まれつき足の不自由な男を癒したパウロとバルナバを、町の人々は「神々が人間の姿をとって、私たちのところへ降りて来られた」と受け留めました。ギリシア神話に生きていたからです。バルナバを「ゼウス」と呼んだ。ギリシア神話の最高神です。パウロを「ヘルメス」と呼んだ。ゼウスの意志を伝える使いです。神のメッセンジャーです。
13節「町の外にあったゼウスの神殿の祭司が、家の門の所まで雄牛数頭と花輪を運んで来て、群衆と一緒になって二人にいけにえを献げようとした」。
町の人々はパウロとバルナバを神として崇めようとしました。
14節「使徒たち、すなわちバルナバとパウロはこのことを聞くと、衣を引き裂いて、群衆の中に飛び込んで行き、叫んで、言った。『皆さん、なぜ、こんなことをするのですか。私たちも、あなたがたと同じ人間にすぎません。あなたがたが、このような偶像を離れて、生ける神に立ち帰るように、私たちは福音を告げ知らせているのです』」。
ここに福音伝道の核心があります。人間や被造物を神として祀る偶像から解き放ち、生ける神に立ち帰らせることです。「立ち帰る」。悔い改めて、方向転換することです。私どもには立ち帰るところがあります。魂の故郷があります。御言葉によって生ける神に立ち帰るのです。そのために私たちは福音を告げ知らせているのです。それこそが教会に与えられた使命です。
3.この神こそ、天と地と海と、そこにあるすべてのものを造られた方です
(1)15b節「『この神こそ、天と地と海と、そこにあるすべてのものを造られた方です。神は過ぎ去った時代には、すべての民族が思い思いの道を行くままにしておかれました。しかし、神はご自分のことを証ししないでおかれたわけではありません。恵みをくださり、天から雨を降らせて実りの季節を与え、あなたがたの心を食物と喜びで満たしてくださっているのです』。こう言って、二人は、群衆が自分たちにいけにえを献げようとするのを、やっとやめさせることができた」。
パウロの伝道説教です。神は天地万物の造り主であられる。それ故、私ども人間や造られたものが神ではない。神はこの世界に、ご自分のことを証ししないではおかれない。恵みを与えずにはおかれない。天から雨を降らせ、実りの季節を与え、私たちの心を食物と喜びで満たして下さる。
19節「ところが、ユダヤ人たちがアンティオキアとイコニオンからやって来て、群衆を抱き込み、パウロに石を投げつけ、死んでしまったものと思って、町の外へ引きずり出した。しかし、弟子たちが周りを取り囲むと、パウロは起き上がって町に入って行った。そして翌日、バルナバと一緒にデルベへ向かった」。
伝道はいつも反発を呼び起こします。しかし、聖霊は新たな町へとパウロとバルナバを導きます。
(2)パウロはテモテへの手紙二3章10節で語ります。「しかしあなたは、私の教え、生き方、計画、信仰、寛容、愛、忍耐に倣い、また、アンティオキアやイコニオン、リストラで私に降りかかった迫害や苦難をもいといませんでした。このような迫害に私は耐え、そのすべてから主は私を助け出してくださったのです。キリスト・イエスにあって敬虔に生きようとする者は皆、迫害を受けます」。
4章1節「神の前で、そして生きている者と死んだ者とを裁かれるキリスト・イエスの前で、その出現と御国とを思い、私は厳かに命じます。御言葉を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを続けなさい。忍耐と教えを尽くして、とがめ、戒め、勧めなさい」。
4.御言葉から祈りへ
(1)ブルームハルト『ゆうべの祈り』(加藤常昭訳) 10月1日の祈り ローマ12・12、15
「主よ、われらの神よ、われらはあなたの大いなる福音を感謝します。多くの苦難がわれらをかこみ、多くの人間が大いなる苦難におちこむような時でさえも、自分の日々の生活にあってさいわいとなりうるために、われらはこの大いなる福音を心に抱くことがゆるされているのです。そしてわれらの心は同情を抱き、人間の苦しみをともにになうことができるのです。貧しさをもたらしてください。貧しさの中であなたは助け手くださるのです。いっさいの苦難、いっさいの悲しみと艱難の中を先だちゆかねばならない時にも、変わらぬよろこびを抱かせてください。われらはいっさいの苦痛のただなかにあって祝されるとの約束が、われらと共にあるからです。み国が告げられているゆえに、救い主イエス・キリストによってなおよくなっていくにちがいないということが告げられているゆえに、われらによって永遠にみ名を崇めさせてください。アーメン」。
