1.御言葉を語ることを聖霊から禁じられた
(1)使徒言行録15章36節から、第二回伝道旅行が始まりました。しかし、波乱の幕開けでした。第一回伝道旅行に行ったパウロとバルナバが意見の違いから、決裂してしまいました。第一回伝道旅行に同行した若き伝道者マルコが途中で帰ってしまった。伝道の厳しさに耐えられずに、挫折したのです。このマルコを第二回伝道旅行にも同行させるかどうかで、パウロとバルナバは意見が対立しました。バルナバにとってマルコは甥、年下のいとこです。もう一度、チャンスを与えてほしいと願いました。しかし、パウロは途中で挫折して帰ってしまうような伝道者はもう連れて行けないと断固と拒否しました。二人の意見は対立したままでした。そこでバルナバはマルコを連れて、海路で故郷であるキプロス島に向かいました。
パウロはシラスを連れて、第一回伝道旅行で回った町々を訪ね、主の群れを励ますため、陸路でキリキア州に向かいました。デルベ、リストラを訪ねました。リストラで青年テモテに出会いました。母方はユダヤ人、父方はギリシア人でした。祖母ロイス、母エウニケに宿った信仰が、テモテにも宿った。三代目のキリスト者でした。パウロは若き伝道者テモテを連れて、第二回伝道旅行を続けました。
(2)さて、16章6節以下は、パウロの第二回伝道旅行にとって大きな転換点となった場面です。12年前、私が金沢教会に遣わされ、最初の主の日の礼拝で説き明かした御言葉です。説教題は「幻を見つつ出発しよう」。ここで記されている伝道の幻を見るから、共に北陸伝道の歩みを始めたいと祈り願ったからです。
パウロたちは第二回伝道旅行において、伝道計画を立てて出発しました。第一回伝道旅行で誕生した主の群れ・教会を励まし、更に、新たな町々にも伝道したいと計画を立てました。ところが、その伝道計画がことごとく閉ざされるという経験をしました。6節「さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった」。
ここに注目すべき言葉があります。「御言葉を語ることを聖霊から禁じられた」。「イエスの霊がそれを許さなかった」。一体どういう意味でしょうか。自分たちが立てた伝道の道がことごとく閉ざされた。伝道計画通りには行かなかった。伝道に挫折したということです。それを「聖霊が禁じられた」。「イエスの霊が許さなかった」と語るのです。
8節「それで、ミシア地方を通ってトロアスに下った」。トロアスはアジア州の西の果てです。エーゲ海に面した港町です。道はそこで行き止まりです。目の前は海です。自分たちが立てた伝道計画は行き止まりに直面し、閉ざされてしまいました。
2.その夜、パウロは幻を見た
(1)パウロたちは頭を抱え込みました。伝道に挫折し、意気消沈しました。一体これからどうしたらよいのか、途方に暮れました。自分たちの伝道計画はことごとく尽きてしまった。9節「その夜、パウロは幻を見ました」。自分たちから生まれる幻は幻想として、儚く消えて行きます。しかし、パウロは祈りの中で、幻を見ました。主が与えて下さった幻です。聖霊が与えて下さる幻です。使徒言行録が繰り返し語る大切な言葉です。聖霊降臨の日、教会が誕生した日、若者は幻を見、老人は夢を見ました。主イエスの幻を自分たちの幻として見ました。1章8節「ただ、あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレム、ユダとサマリアの全土、さらに地の果てまで、私の証人となる」。
9節「一人のマケドニア人が立って、『マケドニア州に渡って来て、私たちを助けてください』とパウロに懇願するのであった」。幻の中で、一人のマケドニア人が立って懇願しました。「マケドニア州に渡って、私たちを助けてほしい。私たちの町にもキリストの福音を運んでほしい。伝道してほしい」。
10節「パウロがこの幻を見たとき、私たちはすぐにマケドニアに向けて出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神が私たちを招いておられるのだと確信したからである」。聖霊によって新たな伝道の道が拓かれました。パウロたちは幻を見ながら、新たな伝道の地へ出発しました。エーゲ海を越えて、初めてキリストの福音がヨーロッパ大陸に運ばれました。聖霊が新たな伝道の道を開拓しました。使徒言行録は聖霊行伝と呼ばれ、伝道の主体が私どもにあるのではなく、聖霊であることを強調します。伝道は聖霊が主語です。私どもは「聖霊に道具」「聖霊の器」として用いられるのです。
(2)ここで注目したいことがあります。4節「彼らは方々の町を巡回して」とありました。ところが、10節「パウロがこの幻を見たとき、私たちはすぐにマケドニアに向けて出発することにした」。人称代名詞が「彼ら」から「私たち」に転換しています。ここから「われら文章」になっています。一体何が起こったのでしょうか。使徒言行録を記したのはルカです。ルカによる福音書を書いたルカです。幻の中で現れたマケドニア人とは、ルカであったと考えられます。ルカもパウロの一向に加わって伝道旅行に参加した。マケドニア州の伝道の道先案内人の役割を果たしたと言えます。今まで「彼ら」と外から教会の伝道を綴って来たルカが、自らも伝道に加わることにより、「われら」となったのです。教会の伝道は伝道者、長老だけでなく、信徒一人一人も「聖霊に道具」「聖霊に器」となって参加するのです。「彼ら」と外から眺めるのではなく、「われら」と自らも加わり、共に伝道して行くのです。
「神が私たちを招いておられるのだと確信した」。神は新しい町に、新しい人に、私たちを招いておられる。「この町には、私の民が大勢いる」(18・10)と語られるのです。
3.主が彼女の心を開かれた
(1)11節「私たちはトロアスから船出してサモトラケ島に直行し、翌日ネアポリスに着き、そこから、マケドニア州第一区の都市で、ローマの植民地であるフィリピに行った。そして、この町に数日間滞在した」。ヨーロッパ伝道の最初の町は、マケドニア州の中心都市フィリピでした。
13節「安息日に、私たちは町の門を出て、祈り場があると思われる川岸に行った。そして、そこに座って、集まっていた女たちに話をした」。パウロの伝道旅行は開拓伝道です。まだ誰もキリストの福音が運ばれていない町に、福音を運びます。何もないところから伝道を始めます。至難の業です。しかし、パウロが伝道する時、伝道の突破口としたものがありました。各地に離散していたユダヤ人がいたことです。旧約聖書の御言葉に生きていた。同じ土俵に立って御言葉を語ることが出来ます。フィリピにはユダヤ人の会堂がなかった。少人数だったのでしょう。しかし、安息日、川岸の祈り場で礼拝を捧げていました。パウロはそこに行って、御言葉を語りました。そこに集まっていたのは、女たちでした。
(2)14節「ティアティラ市出身の紫布を扱う商人で、神を崇めるリディアと言う女も話を聞いていたが、主が彼女の心を開かれたので、彼女はパウロの話を注意深く聞いた」。女たちの中に、紫布を扱う商人で、神を崇めるリディアという女がいました。パウロの説教を注意深く聴いていました。「主が彼女の心を開かれた」。心を開くのは私どもの力ではなく、主です。聖霊です。ここにも伝道の主体が、主、聖霊であることが強調されています。
15節「そして、彼女も家族の者も洗礼を受けたが、その時、『私が主を信じる者だとお思いでしたら、どうぞ、私の家に来てお泊まりください』と言って、無理やり招き入れた」。リディアの家は紫布を扱う商いをしていました。夫は既に先だっており、リディアが店の主人であったのかもしれません。パウロの説教を通して、キリストと出会ったリディアは、家族の者と共に洗礼を受けました。自分の子ども、親、店で働いていた従業員もいたかもしれません。幼児もいたかもしれません。洗礼が家族の者にも及んでいます。伝道は個人の伝道のみならず、家族伝道を目指していたということです。リディアがヨーロッパ伝道の最初の受洗者です。ヨーロッパ伝道の受洗第一号は女性でした。
更に注目すべきはリディアの言葉です。「私が主を信じる者だとお思いでしたら、どうぞ、私の家に来てお泊まりください。リディアの家がヨーロッパ伝道の拠点となりました。そしてリディアの家が教会となりました。フィリピの教会となりました。聖霊は新たな道を拓かれます。洗礼の幻を見ながら、私どもは新たな伝道へと出発するのです。
4.御言葉から祈りへ
(1)ブルームハルト『ゆうべの祈り』(加藤常昭訳) 11月12日の祈りテサロニケ一5・2,4
「主よ、われらの神よ、われらはあなたの約束によってあなたと結びつくのです。われらに多くのものが隠されている時にも、ひとつのことはわれらに与えられています。それはあなたがみ声をわれらの間に大きくひびかせてくださるということです。目をさまし、祈りなさい。あなたがたはあなたがたの主イエス・キリストの日を待つべきであり、すでに今戦いと争いの中にあり、多くの艱難、不安、困窮の中にあってもよろこぶことをゆるされているからである、と。われらはあなたの力強いみことばを感謝します。なお時が長くつづこうと、みことばは永遠に変わらず、成長しようとしています。み名はみことばによって崇められ、み国は来たり、み心は天に行なわれごとく、地にも行なわれるようになるのです。アーメン」。
