1.パウロ、ローマに到着
(1)教会の伝道物語である使徒言行録を共に黙想し、最後の場面になりました。ローマでのパウロの伝道です。ローマは当時、世界の中心であるローマ帝国の都、中心都市です。パウロにとっては、地の果てでした。しかし、地の果てであるローマで伝道することは、伝道者パウロの願いであり祈りでした。「われ必ずやローマをも見るべし」(19・21)。しかし、それは同時に、主のご計画でもありました。「勇気を出せ。エルサレムで私のことを力強く証しをしたように、ローマでも証しをしなければならない」(23・11)。パウロのローマ行きは、思い掛けない仕方で実現しました。パウロは捕らえられ、ローマで裁判を受けるために護送されました。ローマの市民権を有するパウロは、ローマ皇帝の下で自ら弁明をし、正当に裁判を受ける権利がありました。しかし、パウロの目的は自らの弁明よりも、ローマ皇帝、市民に、生けるキリストを伝道することでした。
(2)ローマは既に、パウロ以外の伝道者によって伝道されていました。パウロも第三回伝道旅行中、コリントからローマの教会の信徒へ宛てて手紙を書いています。長い航海を終えて、パウロはローマに到着しました。その様子が28章11節以下に記されています。16節「私たちがローマに入ったとき、パウロは番兵を一人付けられたが、自分だけで住むこと許された」。
パウロは番兵付きの一軒の家を与えられました。自由に外出して伝道できませんが、訪ねて来る人に伝道する自由は与えられていました。
17節「三日の後、パウロはおもだったユダヤ人たちを招いた。彼らが集まって来たとき、こう言った」。
ローマにも離散したユダヤ人がいました。他の町でもそうであったように、離散したユダヤ人への伝道から、伝道の突破口を見出そうとしました。パウロはユダヤ人に、何故ローマに来たのか、ローマ到着への目的を話しました。
「兄弟たち、私は、民に対しても先祖の慣習に対しても、背くようなことは何一つしていないのに、エルサレムで囚人としてローマ人の手に渡されてしまいました。ローマ人は私を取り調べたのですが、死刑に相当する理由が何もなかったので、釈放しようとしました。しかし、ユダヤ人たちが反対したので、私はやむなく皇帝に上訴しました。これは決して同胞を告発するためではありません。だからこそ、お会いして話し合いたいと、あなたがたにお願いしたのです。イスラエルが希望していることのために、私はこのように鎖につながれているのです」。
最後の言葉が印象深い言葉です。「私がこのように鎖に繋がれているのは、イスラエルの希望なのだ」という意味です。言い換えれば、私が鎖に繋がれてローマに送られたのは、神が選んだイスラエルの希望であった。イスラエルの民に生けるキリストを伝えるためでありました。
パウロが同胞の民ユダヤ人伝道を語った言葉が、ローマの信徒への手紙9章1節以下にあります。
「私はキリストにあって真実を語り、偽りは言いません。私の良心も聖霊によって証ししているとおり、私には深い悲しみがあり、心には絶え間ない痛みがあります。私自身、きょうだいたち、つまり肉による同胞のためなら、キリストから離され、呪われた者となってもよいとさえ思っています」。
2.イエスについて説得しようとした
(1)21節「すると、ユダヤ人たちが言った。『私どもは、あなたのことにユダヤから何の書面も受け取ってはおりませんし、また、ここに来た兄弟の誰一人として、あなたについて何か悪いことを報告したことも、話したこともありません。あなたの考えておられることを、直接お聞きしたい。この分派については、至るところで反対があることを耳にしているのです』」。
注目すべきは、最後の言葉です。「この分派」。キリスト教信仰はユダヤ教から別れて誕生しました。当時はユダヤ教の会堂で、礼拝していました。それ故、キリスト教信仰はユダヤ教の一分派と見なされていました。
23節「そこで、彼は日を決めて、大勢でパウロの宿舎にやって来た。パウロは、朝から晩まで説明を続けた。神の国について力強く証しし、モーセの律法や預言者の書を引用して、イエスについて説得しようとしたのである」。
何故、パウロは行く先々、真っ先に離散したユダヤ人への伝道から伝道の突破口を見出そうとしたのか。旧約聖書は共通の土台であったからです。朝から晩まで、聖書を説き明かしました。神の国について力強く証しし、モーセの律法や預言者の書を引用し、イエスについて説得しました。同じルカが記したルカ福音書24章27節の御言葉と響き合っています。甦られた主イエスがエマオへ向かう二人の弟子にお会いし、歩きながら聖書を説き明かした場面です。「そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、ご自分について書いてあることを解き明かされた」。大切なことは、旧約聖書は生ける主イエス・キリストを証ししていることです。パウロは同胞のユダヤ人に、生けるイエスを説得しようとしました。伝道、説教は説得することです。
24節「ある者は話を聞いて納得したが、他の者は信じようとはしなかった」。説教を聴いた時、二通りの反応が生まれます。ある者は納得し、ある者は信じようとしなかった。全ての人に生ける主イエス・キリストが伝わらない。そこに伝道者の苦しみがあります。
(2)25節「互いの意見が一致しないまま、彼らが立ち去ろうとしたとき、パウロは一言、次のように言った。『聖霊が預言者イザヤを通してあなたがたの先祖に語られたことは、まさにそのとおりでした』」。この時、パウロが預言者イザヤの召命の時に語られた主の言葉を引用していることは、興味深いことです。
「この民のところへ行って告げなさい。あなたがたは聞くには聞くが、決して悟らず、見るには見るが、決して認めない。この民の心は鈍り、耳は遠くなり、目は閉じている。目で見ず、耳で聞かず、心で悟らず、立ち帰って、私に癒されることのないためである」。
エルサレム神殿で、神は祭司イザヤを神の御言葉を語る預言者に召しました。神はイザヤをイスラエルの民へ遣わされます。しかし、神は同時に、イスラエルの民の心を鈍くし、耳を遠くし、目を閉ざす。それ故、彼らは主に立ち帰って癒されないと語られます。神の御言葉に心開かない頑なな民の現実に直面し、預言者は御言葉を語ることで試練に直面する。伝道者の戦いがそこにあります。
28節「だから、このことを知っていただきたい。この神の救いは異邦人に向けられました。彼らこそ、これに聞き従うのです」。
神の民イスラエルの頑なさ故に、神の御言葉を聴いても、生けるキリストを受け入れない。それ故、福音は異邦人へと向けられた。パウロは異邦人伝道のために、甦られたキリストに捕らえられ、立てられました。パウロの回心の場面の甦られたキリストの言葉です。9章15節「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らの前に私の名を運ぶために、私が選んだ器である。私の名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、彼に知らせよう」。
3.全く自由に何の妨げもなく
(1)30節「パウロは、自費で借りた家に丸二年住んで、訪問する者は誰彼となく歓迎し、全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた」。
伝道者パウロの伝道物語の結びです。不思議です。ローマ皇帝の前で裁判を受け、キリストを伝えたことも記されていません。61年後頃、パウロがローマで殉教したことも記されていません。劇的な終わり方をしていません。「全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた」。日常の伝道が結びの言葉です。伝道は劇的なものではなく、日常生活で生けるキリストを伝え続けることにあります。それを使徒言行録は協調したいのです。
「全く自由に何の妨げもなく」。これが結びの言葉です。パウロは鎖に繋がれ、様々な制約を受けながらも、全く自由に何の妨げもなく、生けるキリストを伝えました。「全く自由に」とは、「全ての点で大胆に」という意味です。使徒言行録が大切にしている言葉です。4章29節。ペトロとヨハネが捕らえられた時、教会では祈祷会が開かれ、二人のために祈りが捧げられました。
「主よ、今こそ彼らの脅しに目を留め、あなたの僕たちが、堂々と御言葉を語れるようにしてください」。
「堂々と」。「全く自由に」という意味です。聖霊によって「大胆に」という意味です。聖霊によって大胆に、生けるキリストを証しする。それは伝道者だけでなく、教会に連なる信徒一人一人の伝道の業です。聖霊の働きの内には、何の妨げもないのです。聖霊に逆らって、私どもが妨げを造り出しているのです。
(2)教会の伝道物語である使徒言行録は、28章で結ばれています。しかし、教会の伝道物語はここで終わりません。新しく29章が綴られることを願っています。それこそが、日本伝道物語、北陸伝道物語、金沢教会伝道物語です。
4.御言葉から祈りへ
(1)ブルームハルト『ゆうべの祈り』(加藤常昭訳) 3月25日の祈り 詩編103・13~14
「主よ、われらの神よ、在天の全能の父よ、あわれみの神よ、われらは祈り願います。あなたの子であるわれらをかえりみてください!まことにわれらは皆とともにあなたの子であることをゆるされ、あなたがわれらにしてくださり、しようとしておられることのゆえに、賛美の歌をうたうことがゆるされております。われらひとりびとりがみまえに出て願うとき、われらの願いを聞いてください。み心がわれらに行なわれ、すべてのことがあなたのよき計画に従って整えられ、きびしく、悲しい時にあってもわれらはよろこび、あなたの約束してくださったことにふみとどまって、動かされることのありませんように。アーメン「。
